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麒麟将  作者: 花鏡
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第十三話「五つの丸と三日月」

閑話休題?






 狭く古びた地下通路、明かりと言えば出入り口から差し込む光と壁に埋め込まれている鉱石から放たれている弱々しい光のみという薄暗い空間だ。


「かなり長いな」


 ひとりごちる冥月。目の前には直径二メートルほどの円形の通路が長々と続いており、冥月らがいたエリアばかりか他の区域をもまたいでいるのではないかというながさである。


「……(この大きさだと、莉乃や屈強な隷爬たちは通るのに難儀したかもしれないな)」


 清白ほどではないが、比較的小柄な冥月はこの程度の狭さでも問題なく通れるが、屈強な身体つきをしている莉乃や隷爬たちは狭い中身体をかがめるようにして進まねばならなかったかもしれない。


「……(ともあれ、進むか)」


 丸い壁に手を添えながら慎重に先へと進んでいく冥月。壁も何時頃から手入れされていないのかはわからないがゴツゴツした古めかしいもので、崩落していないのが奇跡と思えるようなものだ。


 誰が何のためにこのような地下通路を作ったのかはわからないが、相当古いものであることは間違いない。


 緊急避難用の通路か、あるいは防空壕かは不明だが、何十年も使われていなさそうな雰囲気である。


 三十分ほどは歩いただろうか? ようやく冥月の前に壁と登り梯子、さらには出入り口から差し込む光が現れた。


「……(ようやくついたか)」


 出口の梯子もまた、入り口のところにあった梯子同様錆び付いており、掴んでみると微かに軋むほどに不安定なものだったがここから出られるならば贅沢も言っていられないだろう。


 少なくとも莉乃たち多数の者たちがこの梯子を登っていったのだから、多少安心できるのがまだ救いだ。

 慎重な動作で梯子を掴むとゆっくり一段一段足を掛け、丁重に登っていく。意外なことに梯子は軋みこそしたが途中で壊れたりすることもなく、最後まで登り切ることができた。


「……ふう」


 梯子を登り切るとそこは荒れ放題ながらどこかの庭園のような場所。たくさんの若木や伸び放題の草と手入れはされなくなって久しいようだが、かつてはかなり豪華な庭だったのだろう。


「あれが、そうか?」


 雑木林を抜けるとそこにあったのは煉瓦造りの邸宅。二階建てでかなりの広さを誇るその邸宅、元は立派なつくりだったのだろうが今では荒れるに任せており長く伸びた蔦があちこちに絡まっていた。


「入り口はどこだ?」


 邸宅の壁伝いに歩いて玄関らしき場所まで回ってみたが、扉の部分に板が打ち付けてあり侵入出来そうにない。

 そこでそのまま玄関を過ぎてまた壁伝いに裏へと回ってみる。すると板を打ちつけられていなければ錆び付いてもいない扉に行き着いた。


「……ここから入れそうだな」


 おそらくかつては勝手口として使われていたであろう扉から邸宅内に侵入してみる。すると、どうやら想像していたよりかは原型をとどめているらしいことがわかった。


 勝手口の先には広々とした厨房があったが、食器棚にはうず高く埃がつもり調理器具もずっと使われていないらしくあちこち錆び付いているものがほとんどである。

 だが床にはつい最近大人数で歩いたような無数の足跡がついており、ここに莉乃たちがいるであろうことがわかった。


 とにかく先へ進もうと厨房の扉を開いたその刹那、左右から剣呑な気配を感じて微かに頭を下げる。


「……随分と手荒な歓迎だな」


「め、冥にいっ!」


 厨房の扉を開いた先は大広間、冥月の首筋に武器を突きつけていたのは莉乃と清白の二人だった。


「お主か、すまなかったな」


 静かに頭を下げると清白は刀を腰に納めたが、最後に別れた時とは随分と服装が変わっている冥月をしげしげと眺める。


「いめちぇん、とやらか?」


「……そんなところだ。他のみんなは?」


 見たところ大広間には休息する隷爬たちの姿もあるが明らかに数が少なくアルルの姿も見えない。


「アルルの奴ならなんか調べたいことがあるとか言ってEMSに帰っちまったぜ」


 石斧を下ろして大広間に冥月を招き入れながら莉乃はそうこぼした。


「あんな目に遭ってEMSに帰る神経がわからないぜ」


 何やら苛立ったように莉乃は呟いたが、そもそもアルルはゲネシスソイミートタワーから脱出するまでの契約。

 それが集結態やら理力兵器のせいでなし崩し的に行動を共にしていただけであり今となってはどう行動しようが勝手というものであろう。


「そう言うな、EMSは彼女の故郷、帰るのは彼女の自由だ。それに単に帰国しただけならばそうそう我々の敵に回るわけではないだろう」


 実際EMS側の知識を持つ彼女には随分と助けられたためいなくなるとなれば手痛いのだが、いないのならば仕方ない。

 それになんとなくだが冥月はアルルとはすぐに再会できる、そんな気がしていた。


「わかってるけどよ。俺たちよりEMSのがいいのかって思うと……」


 何やらブツブツとこぼす莉乃に肩をすくめると、清白に説明をして貰おうと彼女に視線を向ける。


「隷爬が随分と少ないな」


 人数が少ないのは何らかの仕事をしているかあるいは散策をしているからだろうとあたりをつけた。


「他の者らは屋敷内を探索しておる。何か役に立つものが見つかるやもしれんからな」


 逃げたはずの隷爬よりも大広間にいる人員が明らかに少ないのは屋敷の中を調べるためだったらしい。

 

 かなり広い屋敷らしいため、もしかしたら今後の行動の指標となるものが見つかるかもしれない。

 だが同時に何もない可能性もあるため、もし何らかのものが見つかれば運が良いというべきだろう。


 清白がそう説明するのに前後して、冥月が入ってきたのとは反対側にある扉が開き、数人の隷爬たちが入ってきた。


「おお旦那、昨夜ぶりですね。ご無事でしたか」


 友好の笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる隷爬はゲネシスソイミートタワーから脱出する際に冥月に助けを求めていた男。

 屈強な身体つきにアクの強い顔つきではあるが、冥月に対しては命の恩義からか非常に腰が低い男である。


「何時間も帰ってきませんし、外では光の柱が見えるしで心配してたんですよ?」


「心配をかけて申し訳なかったな。ええっと……」


 ここにきてこの隷爬の名前を知らないことに気づいて冥月は微かに冷たい汗をかいた。

 何だかんだで知り合えたのだから名前くらいは知っておくべきだが、このタイミングで訊くのも気まずい気がする。


「ベルゼルトさん、こっちの道具はどうしますか?」


 非常にちょうど良いタイミングで燭台や食器などの道具がたくさん入った箱をかかえた若い隷爬がこちらに声をかけてきた。


「ボティスか、広間の隅にでも置いといてくれ」


 隷爬、ベルゼルトは指示を求めにきた若い隷爬ボティスにそう返すと、冥月に視線を戻す。


「すいません旦那話の最中に……」


 申し訳なさそうにベルゼルトは頭を下げたが、冥月としては話しかけてきた隷爬ボティスに頭を下げたい気分だった。


「いや、それより、ここから光の柱が見えたのか?」


 ベルゼルトが見たという光の柱は冥月が飛行態にとどめを刺したときに使用した理力剣の光で間違いないだろう。


「夜が明ける前なのでもう何時間も前ですが、エリアAの方から立ち上ってるのが見えましたね。あれなんだったんでしょう?」


 どうやらベルゼルトはあれが理力剣とは思わなかったらしいが、これほど離れた場所からでも観測出来たとなるとやはり尋常な力ではない。


「……(今後は注意せねばならんな)」


「あれ? 旦那の剣ってそんなんでしたっけ?」


 ジッと冥月の剣、というよりも柄の部分にある五つの丸と三日月を組み合わせた特徴的な図案が刻まれた目貫を見つめるベルゼルト。


「……まあ、色々あってな、どうかしたのか?」


「いや、大したことじゃないんですが、その紋章この屋敷のあちこちで見たんですよ」


 何気なしに彼はそんなことを言ったのかもしれないが、この剣がどういう経緯で自分の手元に来たのかよく知る冥月としては無視できない話題だった。


「どこで見た?」


 意外な食いつきにびっくりしたのかベルゼルトは少しばかり困ったように頬をかく。


「あちこちですよ。旦那も屋敷を散策してみればすぐ見つけると思いますが……」


 そこでベルゼルトは近くで道具を整理していたボティスに目を留めた。


「ボティス、適当な燭台を一つ頼む」


 ベルゼルトに言われボティスは手元にあった燭台を一つ冥月に差し出す。彼から受け取って調べてみると、確かにベルゼルトの言葉通り燭台の足の部分に麒麟剣の目貫と同じ印章が押されていた。


「屋敷のあちこちにあるので、旦那も探してみて下さい」


「わかった。時間を取らせてすまなかったな」


 カラカラと笑うベルゼルトと挨拶を交わすと、冥月は退屈そうに石斧を眺めていた莉乃に視線を向ける。


「莉乃もこの紋章を見たか?」


 柄の部分がよく見えるように麒麟剣を差し出すと、特に考えるそぶりも見せずにすぐさま莉乃は頷いてみせた。


「ああ、なんか紙がたくさん置いてある部屋の扉にもあったな」


「……莉乃、あれは本という品じゃよ。それにいくつかはノートも混じっておったぞ?」


 あっけらかんと言う莉乃の言葉を速やかに訂正する清白。彼女らの言葉を総合すると、どうやらこの屋敷には書斎があるらしい。


「……調べてみたいな」


 何故自分がここまでこの紋章に興味が湧いてくるのかはよくわからないが、どうにも気になる。


「本といったが、どのようなものだった? 清白は中身を調べてみたのか?」


 矢継ぎ早に飛んでくる冥月の質問に対して、清白はすぐさま頭を振ってみせた。


「い、いや、かなり古そうなのも混じっておったからほとんど触ってすらいない。じゃがかなりの量だったぞ?」


 この屋敷の主人が誰だったのかはわからないがあちこちにあの紋章を刻むような人物のため、何の意味もなく書斎の扉に刻むということもあり得る。

 場合によっては単なる偶然である可能性もあるが、冥月の中に芽生えた第六感とも言うべきものはそこに何かあると強く叫んでいた。


「……調べてみたいな。案内してくれるか?」


「う、む、案内したいのは山々なのじゃが……」


 何ごともハキハキ対応する清白にしては珍しく反応が良くない。だが莉乃のほうは特段問題もないらしく右手を上げてみせる。


「なら俺が冥にいを案内してやるよ。しばらく二人きりになれなかったし、良いだろ?」


「……私はなんでも良いが……」


 ちらっと清白のほうを見ると彼女は構わないと言わんばかりに首肯していたため、単に行きたくなかっただけらしい。


「……まあ良い、理由は訊かないでおこう」


「う、む、すまぬな冥月殿……」


 心底申し訳なさそうに頭を下げる清白。どうやら心底申し訳ないと思っているらしいが何故行きたくないのかは不明なままだ。


 だがその前にやらねばならないことが一つ存在する。


「……少しばかり休みたい、ずっと動き詰めだったからな」


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