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麒麟将  作者: 花鏡
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第百二十九話「月島教会の骸」

いつもお読みいただきありがとうございます。


励みになります。


記憶について。




 月島の庄のやや外れに位置する古びた駅。訪れる者も走ってくる電車もない廃線の終着駅のホームに二人の女性がいる。


 二人とも金髪だが、一人は全裸の上に白衣を羽織り、右手に宝剣を握るという格好、もう一人は顔の半分を隠すバイザーをはめた姿とどちらとも異様な風体だ。


「……あの卑猩ども、調子に乗って……!」


 白衣を羽織った方の女性パウリナ・イェンセンはバイザーの学者、アルル・クウォーグが差し出してきた予備の野戦服に着替えながらそう毒づく。


「この空間でもあれほどの動きが出来るとは予想外でした。データ以上の成長とも言えますが、いよいよ麒麟将側の実力は読めなくなりつつあります」


 激昂するパウリナに対してクララのほうは冷静な姿勢を崩してはいない。それなりの期間を仲間として過ごした冥月らに対する情はないのか、冷徹に勝てる手を考えているようだ。


「アルル! なんとか連中を八つ裂きにする方法を考えなさいっ! あの三人を始末出来れば戦況は変わるはずよ!」


 イライラをぶつけるかのようにそうアルルにがなりたてるパウリナ。実際のところ仮に冥月らを倒してもまだまだ麒麟将サイドの戦力は存在するため戦況はほとんど変わらない。

 むしろ平和主義者の冥月倒せば、麒麟将側の論調が停戦から一気に抗戦へと移りかねないのだが、そんなことはおくびも出さずにアルルは頷く。


「ならば、人質を取るのはいかがでしょうか?」


 現在理気の感知については大幅に弱体化している冥月。戦闘中に彼の隙を突いて人質をとり降伏を迫るというわけだ。


「戦うなら彼らが弱っている今しかありません。またいつ元に戻るかわかりませんからね」


 バイザーの奥で瞳を冷たく煌めかせながらアルルはそう告げる。


「……奴らに絡め手を使わなければならないのは癪だけど、この際仕方ないわね」


 どうやらパウリナも戦うならば今しかないと見たのか、宝剣を掴むと理気の流れに導かれるまま、冥月らがいる方角へ走り出していった。




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 月島教会はかつて冥月が勤めていた教会であり、月島の庄中心部のやや外れ、小高い丘の上にある。

 それなりの広さの敷地に加え、聖堂前の広場には修道士の手入れする素晴らしい庭園が広がっていた。


「……さすがに放置されると荒れるらしいな」


 アルルの助言に従う形で月島教会を訪れた冥月らだったが、錆びついた扉を開いて敷地内に足を踏み入れた瞬間、かつての司祭はそう漏らす。


 聖堂まで続く一本道に敷かれていた石のタイルは苔むし、高く積もった落ち葉やタイルの間からは複数種類の雑草が伸びていた。


 左右に広がる庭園もかつては多種多様な植物で飾られていたものだが、手入れするものがいなくなったためにほとんどが柏かあるいはそれに準ずる樹木から成る雑木林と化していた。


「冥月殿、ここまで来て言うのもどうかと思うがアルルはEMS側のスパイ、そのスパイに従う形で目標地点を定めると言うのはいささか危険じゃぞ?」


 心配そうに周囲に広がる雑木林を見渡す清白。彼女の言う通りアルルはEMSの人間、そんな人物からの勧めとなれば罠である可能性も否めないのである。


「ああ、冥にい、あいつが何のつもりであんなことを言ったのかはわからねぇけど、注意は必要だぜ?」


 莉乃も注意深く周辺に気を配っているようだが、理気の流れが通常とは異なる仕様上、普段よりも慎重にならざるを得ない。


「……二人の言いたいことはよくわかる。しかし月島教会に行って、不完全な記憶を補完することこそ、私がこの世界に来た理由のような気がしてならないのだ」


 慎重な足取りで太腿のあたりまで伸びる雑草をかき分けつつ莉乃と清白の二人を先導する冥月。

 この世界に跳ばされたのは何者かの意思によるものであることは間違いないが、その理由については依然不明なままだ。

 そこにいかなる理由があるのかはわからないものの、冥月に記憶を取り戻させたり、清白や清一の過去を知ることをも狙ったのではないかという節さえ存在する。


「……(完全にランダムで跳ばされたのならば比較的庄屋に近い場所に私と清白が跳ばさたことも、ここに来るを知っていたかのように清一が現れたこともあまりにも出来すぎている)」


 偶然でないならばあるのは必然でしかない。全てが何者かの掌の上での出来事と言えるならば、その人物が敵か味方かによって現在の状況は大きく変わるはずだ。


 とにかくまずは自分の記憶を探ることから、冥月はそう自分に言い聞かせると聖堂に続く石段を登り、その先にある観音開きの扉に手をかける。


「……注意したほうが良いかもしれんな」


 清白の言葉に頷くと、冥月は麒麟剣を引き抜き慎重な動作で扉を押し開いた。





 聖堂は冥月が想像したほどには荒れていなかったが、やはり長い期間人の手が入っていなかったため随分と変わり果てた姿をさらしている。


 壁に並んだ窓ガラスは軒並み割れており、ステンドグラスこそ割れてはいなかったが分厚い埃と蜘蛛の巣によって鈍い光をジメジメとする床に投影していた。


「……ここも随分と長い間放置されていたらしいな……」


 規則的に並ぶ机を指でなぞる冥月。どれほどの期間放置されていたのかはわからないが、見てみると指先に分厚い砂のような塵が付着している。


「この教会にせよ月島の庄にせよ、一体どれくらいの時間放置されていたのじゃろうか……?」


 清白の言葉に冥月は腕を組んだ。当たり前だが彼がこの村に住んでいた頃は村にせよ聖堂にせよここまで荒れ果ててはおらず、それなりの清潔さを保っていた。

 つまり冥月がEMSの世界に転生して以降、EMSによる和人の乱獲があってからかなりの時間が経過していると考えられる。


「……詳しいことはわからないが、この荒れ具合から考えて数年は経っていることは確実だな」


 確定的なことは何もわからないが、数週間でこれほど荒れるなど考えられないため、そう冥月は結論づけた。さらに冥月の推論は続く。


「これはあくまで私の仮説だが、少なくともこの村を襲撃したEMS人たち、パウリナ一行は村の外には手を出していないのではないかと思う」


 根拠は清一、留学先で彼と遭遇したパウリナはEMSの情報が漏れることを危惧していたにもかかわらず、現地の人間、しかもEMS人そっくりな西洋人たるクララ・ガドウィンを口封じすることなく連れ去った。


 仮に清一一人だった場合は殺されていたかもしれないが、クララに関してはそうしなかったのは、さすがにパウリナも同族にしか見えない人間の命を奪うことは良心が咎めたのだろう。


 同様に村にはともかく、他の場所、特に都会には和人たる日本人だけでなく西洋人もいるのは間違いない。

 パウリナはそれを知っていたため、自分たちに似た人種たる西洋人を口封じせねばならないと言うリスクを冒さないように山狩りを最小限に留めた、と考えるのが自然だ。


「清一や清白のように単発で拉致される者は失踪扱いになっているかもしれないが、月島の庄に関しては集団神隠しか何かと思われているかもしれぬな」


 そこまで話し終えると冥月は奥まった場所にある勝手口の扉を開く。


 ここも背が高い雑草に覆われていたが、かろうじて道としての原形はとどめており、道の先には二階建ての家屋が見えた。


「あんなとこに家があるんだな」


 冥月の肩越しに道の先を見ながらそう莉乃は呟く。


「司祭館、この教会に詰める司祭が暮らす住居だ」


 かつては冥月もあそこに住み暮らしていたものだが、司祭館に意識を向けようとしたその刹那、突如彼の頭に鋭い痛みが走った。


「っ! な、なんだ……?」


 これまで感じたことのないような未知の痛みに戸惑いながらも、何かがあの司祭館にることを冥月は察する。


「……あそこに、行けというのか……?」


 司祭館に何があるのか確証は一切ないが今は直感を信じるべきだと、彼の全ての感覚が叫んでいた。

 微かに頭を振ると、冥月は未だに頭を苛む鈍い痛みをこらえながら司祭館に至る道を歩き始める。


 聖堂の勝手口から出た際には司祭館の全貌が見えなかったため、どのような状態なのかは分からなかったが、すぐ近くにまで至るとその姿がどうなっているのかよく見えた。


「……屋根が、ない?」


 戸惑うようにそう呟く冥月。そう、どういうわけだか不明だが見慣れた司祭館の屋根が、全体の半分ほど消し飛んでいるのである。


「まるで属性攻撃でも受けたような状況じゃな」


 微かに歪む玄関扉を開いて冥月が入り口を確保すると、後ろに付いてきていた清白がそう述べた。


「属性攻撃?」


 司祭館の中は屋根が半分ないにもかかわらず、ある程度の原型は留めている。ギシギシと音が鳴る廊下を歩きながら、冥月は清白にそう問い返した。


「うむ、高出力のエネルギーによる攻撃、雷属性かもしれぬな」


 清白の言葉に冥月はなるほどと頷く。彼女の言う通りならばパウリナらが山狩りに来た際に何者かが攻撃したのかもしれない。


「……さて、ここだな」


 司祭館の奥まった場所に至ると、冥月は深く深呼吸をしてから扉に手をかけた。ここが彼の最後の記憶に残る場所、すなわち死の直前にいた部屋である。


 部屋の中は屋根が吹き飛んだ部分も絡むため他の場所に比べて損壊が激しかった。


 倒れた本棚やそのままにされていたベッドには落ち葉が積もり、風雨に晒されたために床も腐朽が進んでいるらしい。


 ベッド脇の窓は開け放たれており、落ち葉は屋根に穿たれた穴からだけではなくこちらからも吹き飛んでいる。


「……痛みも苦しみもなかったが、ただ『何故?』という感覚はあった」


 入り口側に設置された机の上にはいくつもの本が置かれていたが、その内の一冊に冥月は目をとめた。


「神学書だな……ん?」


 なんとなく一ページ目を開いてみて、そこに記されている文字を冥月は食い入るように眺める。


「『月島詠冥つきしまよみくら』……そうか、私の名前は……」


 次の瞬間、冥月中心として白い光のドームが発生した。かなり小規模なものだが、理気の弱った現状この場の誰にも解除出来ない程度には強力な時空捻転現象じくうねんてんげんしょうである。


「何っ!?」


 冥月がなんらかの反応を見せる前に、彼の姿は司祭館から消え失せた。


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