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麒麟将  作者: 花鏡
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第十二話「麒麟将」

決戦







 凄まじい光の奔流に内側から湧き上がる強い憎しみや憤怒の感情。

 走馬灯のように見えてくるのはゲネシスソイミートタワーで見た生体子宮や傷ついた隷爬、卑猩の成れの果てたる被験体ネクロス、さらには利用された卑猩や隷爬の遺骸が融解させられ汎用タンパク質に還元されるイメージ。


「……っ!」


 EMSのもたらす歪んだ支配、さらにはそれがもたらすもの。

 自分たちの繁栄のためにただただ生命を使い潰し、支配者を否、神を気取る傲慢な姿。彼女らを滅ぼしたい、虐げてきた者達と同じ目にあわせてやりたい、そんな感情がさらなる負の感情を連鎖的に引き出していた。


 冥月の内側から発生したその怒りはすぐさま憎悪に変わり、身体を包み込む光を体内に吸収してその身を変えていく。


 あたかもそれはゲネシスソイミートタワーで見たネクロスのような変異そのものだったが、冥月の理気に応じてその細胞もまた成長、否進化を遂げており、腐敗することなくその身は変異していた。


 だが身体の変化に比例して冥月の内側は途方も無い負の思念に満たされており、身体が変異するたびにそれは強まり彼の理性を蝕んでいく。


 身体が変わりきれば自分は自分ではない別の何かに変わり果ててしまうことは十分に理解していながらも、湧き上がる憎悪とそれがもたらす強大な力を止めることはできなかった。


『……我が子よ、聞け、耳を傾けよ』


 そんな力の中で冥月に語りかける声、どこかで聞いたことのあるような深みのある厳かな声である。


『怒りに惑わされるな。その怒りの赴くままに目につくもの全てを破壊したとしても、結局汝は連中に代わる新たな生命の敵対者と成り果てるのみだ』


 EMSに代わる新たな生命の敵対者、だが強大な力を持つEMSは滅ぼすことが出来るならば、そうなるのも仕方ないことなのかもしれない。


『ならば我が子よ、汝は汝が守ろうとした者をも滅ぼし、汝を慕う者にその身を貫かせるつもりか?』


「……っ!」


 頭の中をよぎるイメージ、黄金の刀身を備えた巨大な剣を振り上げて冥月が切り裂いているのはEMSではなく卑猩や隷爬。

 雷鳴が轟く炎の中を逃げまどう彼らを冥月は嬉々として殺戮していたが、突如閃光が走りその胸を炎の刃が貫いた。


 反転する視界の端で捉えたのは炎を手にした莉乃。なんの感情も感じられない瞳でこちらを眺めているが冥月を仕留めたのは彼女なのだろう。

 仲間であったはずの存在を殺めた少女の目からは血の涙が流れていた。



『汝が理性なき殺戮兵器と化し、仮にことごとく敵対者を葬ったとしても汝はさらなる闘争を求め殺戮を続ける』


 その中には共に戦った仲間も、守ろうとした者も含まれる。そんな平和には意味などありはしない。

 力は所詮力でしかない。ならばその強大な力を自分の理性でもって制御し闇雲に破壊をもたらすのではなく、生命を救うために振るうのだ。


「……(感謝します。どうやら私は本当に大切な存在を切り捨てるところだったようです)」


 切り捨ててはならぬものを切り捨ててしまえば、それはもはやEMSと否、畜生と同じ行いであろう。

 敵対者に抗うためにその敵対者の同類となる必要などどこにもありはしない。



『だが、今抱いた感情を決して忘れるな。汝と敵対する者はみな汝にその感情を向けるであろう』


 その時いかなる感情をもって報いるのか、怒りに対して怒りで迎え撃つのか、憎しみに対して憎しみを向けるのか、力の使い方を誤ってはならない。


『もう行け、汝の帰りを待ちわびる者がいる。激しくなる戦いの中にあっても、汝が本来持つ優しさを忘れるな』


 光の傍流はやがて一体の巨大な、有翼の龍馬の姿をとると、冥月を空間の果てへと弾き飛ばした。


『新たなる麒麟の将、『詠冥』よ……』






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 冥月のすぐ上で起爆した理力兵器から放出されたエネルギーは瞬時に地上に降り注ぎ、広範囲にわたってあらゆる生命体を蒸発させるのに十分な熱を帯びている。

 核部に複数人のネクロスを内包したこの大量破壊兵器は、彼らの持つ莫大な理気を着火源として利用、指定範囲内を一瞬にして焼き尽くす兵器だ。


 だがその凄まじいエネルギーは地上に降り注ぐことなく、どういうわけか飛行態の腕の中で力なく項垂れている冥月に取り込まれていく。


「ーーーーーーーーーー!!!」


 とても人間一人が耐えられるとは思えない熱に飛行態の腕が消し飛び、その中にいた冥月が地面に落下した。


 否、今や冥月の姿は理力兵器のエネルギーを吸収したことによるものか大きく変わり、人間離れしたものとなっている。


 全身からは黄金の理気が闘気のように立ち登り、その肌は青く輝く満月を思わせる色に変わっていた。

 日本人らしいものだった瞳は一面闇を思わせるどんよりとした黒いもの変じていたが、一瞬の後、黒い箇所は薄紫に、白い部分は濃紺に変わりまるで色素が反転したかのような色合いへと変わる。


 もっとも異質なのは腰から伸びる一対の翼と頭から生えた角、枝分かれこそしていないが鹿を思わせるそれはまさに麒角と呼ぶべきものであり、翼も角も実体はないのか光で構成された半透明なものだ。


 瞬時に両手を再生させて、飛行態は両手から電撃を放つ。先程までの冥月ならば防御したとしても重傷を負うのは間違いない攻撃だ。


 だが雷は確かに彼の身体に直撃したにもかかわらず、傷はおろか帯電した形跡すら残さない。

 無言のままゆっくりと冥月は刀を抜いたが、その刀も鞘も持ち主同様大きく変容している。陽炎のように揺らめく不可視の理気に黄金の刀身を備え、ツヴァイハンダーを思わせる幅広の直剣。

 かなりの重量があるにもかかわらず、今の冥月はこれを片手で軽々と握り、切っ先を飛行態へとまっすぐ向けた。


 瞬間ふわりと飛行態が宙に浮かび上がったかと思うと十メートルほどの位置で制止、即座に落下を始めた。


 理法念力によるテレキネシス、飛行態ほどの理気と巨体を持つ相手を一方的に拘束し浮遊させるには、精妙な精神集中と相応な理気の収束が必要なはずである。

 これを瞬時に行い、飛行態を無防備なままに落下させるというのは驚異的な能力だ。


 続けざまに瞬間移動でもしたかのように瞬時に落下地点に移動すると、冥月は理気を刀身に収束させ剣を高く掲げる。


「ーーーーーーー!!!」


 落下してきた飛行態の身体は冥月が持つ剣に易々と貫かれ、鍔の位置で落下が止まった。

 飛行態のあまりの重量に彼が立つ周りの地面はひび割れ、小さなクレーターのような様相を晒したが、当の本人は全く意に介しておらず腰をいれて地面を踏みしめる様子すら見せていない。


 一瞬だけ飛行態の身体に葉脈のような光の筋が走ったかと思うと、冥月の剣から雷の柱、否塔のような力が溢れだす。


「ーーーーーーー!!!!!」


 凄まじい絶叫、冥月の放った理力剣はあまりにも火力が高く、飛行態を内側から大爆発させて今度こそその巨体をチリ一つ残さずこの世から消滅させた。




 凄まじい戦いを終えた冥月の身体は元の人間のものに戻りはしたが、身体に負担がかかり過ぎていたのかその身は大地に横たわり、瞳もまた死人のように固く閉ざされている。


 一瞬ののちに目覚めた冥月は身体を起こしてみて奇妙な感覚に戸惑った。


 戦闘前まで握っていたのは確かに軍刀だった筈だが、いつの間にやら月のように青い刀身を持つシンプルな拵えの直剣に変わっていたのである。


「……麒麟、剣?」


 一瞬だけ刀身に『麒』『麟』『剣』の三文字が浮かび上がったが、すぐに消え二度と現れることはなかった。

 柄もまたシンプルなものだが、目貫は五つの丸と三日月を組み合わせた不思議な紋様の彫られたものとなっている。


「……変わった、否私が変化させたのか?」


 身につけている装束もまたEMS兵士から奪った野戦服ではなく龍の鱗のような意匠が入った黒衣の上から、丈の長い漆黒のキャソックを纏っていた。


「……(理気が原子にすら影響を及ぼし、所持品を私にとってもっとも都合の良い構造のものに変えたということ、か?)」


 考えてみれば人間がどうにも出来ないような自然現象、雷や風を操るような力なのだから服の形状を変えることくらい造作もないような気もする。


 身体を起こして鞘に剣を納めていると、ふと何者かの視線を感じて柄を握る手に力を込めた。


「……誰だ!?」


 ようやく空が晴れ始め、太陽が姿を見せ始めてはいたが、冥月がいるのは癒されぬ戦いの爪痕残る大地。生命の痕跡すら見出せない荒れ果てた場所である。

 そんな大地の中に、その人物はいた。破壊されたゲネシスソイミートタワーの残骸に腰掛け、太陽を背負うようにしてこちらに冷たい視線を向けている。


 太陽を思わせるような金色の長髪にサファイアのごとき美しい碧眼、その身に纏うのは王侯貴族の着るような豪奢なマント、右手には白い宝玉が鍔にはめられた剣を握っており、尚武の性を備えた女王を思わせるような人物だ。

 全身にみなぎるカリスマも本物であり、一国はおろか世界を支配することすら可能な、そんな力に満ちている。


 だが果たしてその眼光にはEMS人特有の他者を見下すようなものがあり、その口元を形作るのも嘲笑だった。


 しかし同時に瞳の奥には信じられないものを見たと言わんばかりの驚愕の色、あるいは未知なるものを前にしたときのような好奇の色が浮かんでいる。


「……伝説にある麒麟の将、よもやメイプルがその鍵だったとは、うかつだったかもしれぬな」


「何者だ?」


 冥月の問いかけに応えることはせずその女性は静かに立ち上がると腰掛けていたゲネシスソイミートタワーの残骸から飛び降り、手に持っていた剣を地面に突き立てた。


「貴様ら古き民は滅びることこそが自然な姿。今更その醜い姿を余の前に出すなぞ万死に値する」


「……何を言っているか知らんが一方的に他人の価値を判別するべきではないぞ」


 即座に反論する冥月に驚いたらしくしばらくその女性は目を見開いていたが、やがて口元を歪め、うっすらと嘲笑の笑みを浮かべてみせる。


「余にそのような不躾な言葉遣いをするとは、やはり麒麟族という種族は根絶やしにされて然るべき種ということだな」


 しばらく二つの視線が交差し、ピリピリとした空気が辺りに立ち込めていたが一瞬、太陽が輝いたかと思うと、次の瞬間にはその女性の姿は消え失せていた。


『また会おうぞ、下等なる麒麟の一族よ』


 それが最後、女性の気配は完全に失せ、いずこかへと去ったらしく冥月はかすかに息を吐く。


「……(あの女、私のことを麒麟族と呼んでいた?)」


 謎は深まるばかりだったがとにかくまずは莉乃たちと合流すること、彼は一人頷くと地下通路に続くマンホールへと身体を滑らせた。


ひとまず一区切りです。

今年中にはノリスとの決戦まで行けると思います。

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