第百二十八話「内通者」
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アルルの正体。
予期せぬ人物、アルル・クウォーグの登場にさすがの莉乃も表情を険しくしていた。
「アルル、お前何のつもりだ!?」
パウリナをかばうようにして立つアルルに、莉乃は激しい感情をぶつける。
対するアルルのほうは普段から身につけているバイザーのにより、その表情を窺い知ることは出来なかった。
「……この状況を見れば私が何をしようとしているのかはわかるはずです」
普段通りの怜悧冷徹な声、しかし決定的に違うことはアルルが麒麟将の側ではなくEMSの側にいると言うことである。
「……極めて強い理気、どうやら来ましたね」
微かにアルルが装着していたバイザーが鈍い光を放った。どうやら強い理気を持つ者の接近を察知することができるらしく、微かにその表情が強張る。
「莉乃っ!」
現れたのは黒いキャソックを身につけ、全身からは強い気配を放つ人物だ。
少年の姿をしてこそいるがその気配は間違いない、麒麟将冥月である。
「冥にい! それに清白!」
「莉乃、どうやら無事だったようじゃな。しかしこの状況……」
ちらっと清白は全裸のまま地面に膝をつくパウリナとその前に立つアルルの二人に視線を向けた。
「……アルル、何の真似だ?」
油断はせず、慎重な動作で冥月は麒麟剣の柄に手をかけつつ、アルルに問いかける。
「この者はEMSのアルル・クウォーグ、我々の命を受けてずっとあなた方を見張っていたわ」
「……何だと?」
パウリナの言葉に冥月と莉乃の二人は衝撃を受けたが、唯一清白のみ何の反応もせず目を伏せた。
「何となく隠し事をしておるとは思っておったが、これはさすがに予想外じゃったな……」
「EMSのスパイ、だったのか……?」
愕然とした様子の冥月に対して、何故かパウリナは得意そうに胸を張る。
「ふふ、どうやら驚いているようね」
「貴様には訊いていないっ!」
冥月の一喝は空間を一瞬にして震撼させ、その気迫にパウリナは仰け反り、危うく吹き飛ばされそうになった。
「ひっ……!」
「どうなんだ、アルル……?!」
恐怖に顔をしかめるパウリナとは対照的にバイザーで顔の大半が隠れているとは言え、アルルのほうは極めて冷静に見える。
静かな口調で口を開くと、彼女は極めて冷淡な声で冥月の問いに答えた。
「……ゲネシスソイミートタワーに始まり、私はずっとあなた方とともにいました。それはその力の正体を、成長を見守り、探るために……」
「正体、だと?」
冥月の言葉にアルルは微かに頷くのみに留めたが、パウリナは彼女の後ろから顔を出して得意気に口を開く。
「そう、アルルはずっとお前たちを監視し、同時にさりげなく次はどのように動くかを誘導していた。結局お前たちも私たちの掌の上だったということね」
もっとも、内偵を命じたのはクララだけど、とパウリナは続けるとワナワナと身体を震わせている冥月に向かって嘲笑を向けた。
「何故ショックを受けるの? まさか家畜風情が私たち人間と本気で友情を結べると思っていたのかしら?」
クスクスと笑うパウリナは無視して、冥月は鋭い瞳でアルルを見据える。その内面を探り、真意を読もうにも理気が荒れているこの空間ではそれも無理そうだ。
「お前は何度も俺たちを導き、助けてくれた。それすらも奴らの指示だったというのか!?」
莉乃の叫び声にアルルは口元を微かに歪める。その真意はわからないが、もしかしたら憐憫かもしれない。
「それはそうする必要があったからに過ぎません。現に私が魔螂虫の情報を明らかにしたことで冥月さんはEMS人を滅ぼすつもりはなくなったでしょう?」
アルルの言う通りだ。魔螂族に操られるEMS人を哀れむあまり、冥月は超越者としての絶大な力を振るうことはせず、彼女らを何とか救おうとしている。
逆に考えればそれは敵対者たるEMS人を滅ぼさないようにハンデを背負って戦っているようなもの、結果的にEMSは冥月によって魔螂族ごと瞬時に滅ぼされる運命を逃れたのだ。
「……本当だったのだな? EMS元老院と組んで我々を監視し、良いように操ろうとしていたことは……」
アルルは常に麒麟将側の参謀格として冥月に助言を与え導いてくれた人物。その全ての出来事がEMSから命じられたことだというのである。
「貴方が私に友情を感じているのだとすればそれは一方的なもの、この私アルル・クウォーグは貴方に友情を感じたことは一度もありません」
アルルがそう言い切った次の瞬間、周囲に満ちていた理気の流れに異様な変化が現れ始めた。
流れが逆流するかのような異質な流れがさらに強くなり始めたのである。
「あ、アルル……!?」
「……これは、中々興味深い現象ですね」
狼狽するパウリナに対してアルルは学問の徒らしく巻き起こる異常現象を見ても、興味深そうに目を細めていた。
「想像以上の反応ですが、これで一つ確信しましたね……」
「何をぶつぶつと言っておるっ!」
次の瞬間清白は怒りに身を任せて刀を引き抜き、アルルに斬りかかる。
その動きたるや理気が制限されているとは思えぬほどに洗練されたものであり、見切るのすら困難な一撃だ。
「……そこです」
しかし完全な学者で戦いには不向きと思われていたアルルは見事な動きでサイコブラスターを操作、ロベルトや衛兵たちとは比べものにならないほど洗練された動きで清白の四肢を瞬時に撃ち抜く。
「っ!」
発射された理力弾は四発とも清白に命中したものの、血は一滴も流れない。しかし瞬時に身体を麻痺させるような作用が働き、清白はその場に倒れ伏した。
「清白っ!」
「あまり動かないでください莉乃」
酷薄な声音でそう告げると、アルルはサイコブラスターの銃口を莉乃に向ける。
「そうでないと、次は貴女に眠っていただくことになりますよ?」
どうやらアルルは本気で冥月らを撃つ覚悟があるらしい。学者であるアルルが、瞬時に清白の動きを見切ることが出来たのは、ずっとその戦い方を記録、分析してきたからだ。
すなわち最初に出会ったその時点でこうなることを予測し、備えてきたということである。
「アルル、お前本気で……!」
「莉乃、本気も何も私は最初からそのつもりでしたよ。先ほど冥月さんにも申し上げましたが……っ!」
そこまで言ってアルルの表情が凍りついた。いつの間にやらサイコブラスターの銃身が両断されていたからである。
「……えっ!?」
「データだけでは我々は測れない」
いつの間に移動したのか、冥月はアルルとパウリナの後方、数メートルの位置で麒麟剣を納刀していた。
その表情は一切の感情も込められてはいない、まさに無我とも言うべきものである。
「……(先ほどまでの理気の乱れがもう落ち着いている。信じられないほどの自制心ですね)」
内心驚嘆しながらもアルルは真二つになったサイコブラスターを投げ捨てると、腰に帯びていた衛兵用の武装、プラズマブレードを左手で引き抜いた。
「……さすがに実戦経験を経てきただけのことはありますね。瞬時に私の死角に潜り込み、武器を破壊するなど中々出来ることではありません。しかし……」
完全に学問一辺倒かと思いきやある程度は動けるらしくアルルはプラズマブレードを構えるとバイザーの奥で目を細める。
「まだまだ小手調べ、私をただの学者とは思わぬことですね」
「……アルル、どうしても戦わなければならないのか?」
よく見知った相手と干戈を交えることにはさすがに抵抗があるのか、冥月はそう尋ねた。
「愚問ですね冥月さん。先ほども言いましたがアルル・クウォーグと貴方の間で友情は成立しません」
地面を蹴るとともに冥月と切り結ぶアルル。学者らしからぬ洗練されたその動きは、理気をうまく使うことが出来ない今の冥月に見切ることは非常に難しい。
もしもラクィア大陸でアルルと戦えば苦戦することすらないのかもしれないが、ここは通常とは違う理気が支配する空間、冥月にとっては苦戦して然るべき場所である。
しかし理気を使わずともこれまでの戦いの中で会得してきた経験は確実に彼を強くしていた。
理気による先読みではなくアルルの一挙手一投足から動きを見極め、着実に剣戟をいなしては隙を伺う。
「……ほう、理気を使えずとも中々の動きではありませんか、それに麒麟剣に最低限の理気を流し、プラズマブレードと切り合えるようにするとは、さすがは麒麟将と言われるだけはありますね」
心底感心した声音でそう呟くと、冥月を突き飛ばして距離を開け、アルルはプラズマブレードを正眼に構え直した。
「実戦の中で鍛え抜かれた無駄のない技に、力強く同時にしなやかな太刀筋、そこに第一級の理気が備わるとなれば、まさしく『超越者』の名前に相応しい実力でしょう」
「……お褒めに預かり光栄、とでも言おうか、随分と弱っているがな……」
冥月もまた麒麟剣を脇構えに構えるとアルルの出方を伺う。これほど激しい剣戟戦を演じたにもかかわらずアルルの呼吸は全く乱れていない。
「……お前もただの学者とは思えない太刀筋だな。どこかで体系的な訓練を受けたことがあるのではないか?」
「さて、どうでしょうね……?」
長々と話しをするつもりはないらしく、またしてもアルルは冥月に肉薄すると、プラズマブレードを振り上げる。
しかし今度も冥月はその動きを見切ると、麒麟剣を振り上げてその初太刀を捌き、二撃目、三撃目もまた軽い調子で防御してみせた。
「何をグズグズとやってるのアルル!」
先ほど莉乃によって完敗し全裸に剥かれたことは棚に上げ、パウリナは冥月に苦戦するアルルを叱責する。
「貴女はずっとその卑猩の戦いを側で見てきたのだから、弱点くらいはわかるでしょう!」
「それとこれとは別問題ですよ、パウリナ様」
パウリナの言葉に対して、全く焦ることなくそう答えるアルル。
「それに冥月さんはさらに強くなっています。どうやらメアリ・デルフィア元帥との戦いでまた強くなったようですね」
クスクスと笑みをこぼしながら、嬉しそうにそう呟くと、アルルは冥月との距離を開けるとともに懐から拳大の球を取り出した。
「っ!」
すぐさま防御の型をとる冥月の前で玉は凄まじい閃光を放ち、その場にいた全員の目を眩ませる。
「冥月さん、貴方がご自身の過去を取り戻したいならば、貴方もよく知る月島教会を訪ねることです」
光が消えると、アルルはおろかパウリナの姿もそこにはなかった。