第十一話「予兆」
スタミナの怪物
「……どうやら、なんとかなったらしいな」
大地に倒れ伏した集結態を眺めながら、冥月はそう呟く。頭を吹き飛ばされた以上そうそう回復することは出来ないはずだ。
「EMSも、とんでもない化け物を用意したもの、ね」
莉乃もまたようやく勝てたことに安堵したのか斧を杖にしたまま長い息を吐いた。
「……じゃが脅威は去っておらぬ、早くせねば……」
「ああ、二発目の理力兵器はすでに発射されたらしいからな」
清白の言葉に相槌を打つと、冥月は物陰に隠れて推移を見守っていたアルルのほうに視線を向ける。ここまで来て彼女が慌てていないということは必ずどこかに生き延びる手立てが残っているということだ。
「このすぐ近くに、いまは使われていない地下通路があります」
やはり脱出経路は残されていた。アルルによるとその通路はエリアAを抜けた先、この辺りにゲネシスソイミートタワーが出来る前に使われていた古い時代の邸宅に繋がっているらしい。
「安全なのか?」
理力兵器が刻一刻と迫っていることもあってか、微かに不安げな莉乃に対してアルルは頷いてみせる。
「もちろんです。そこに建物があることすらほとんど知られていないような山の中です」
「迷っている時間はなさそうだな、すぐに案内してくれ」
他に手段がない以上アルルの話しに乗るしかない。それにしても反乱があっただけでここまで破壊を徹底するとは、ノリスは何を考えいるのだろうか?
「おーい! みんなーーー!」
遠くから聞こえる野太い声、見るとゲネシスソイミートタワーから逃げ出した隷爬達が数人こちらに近づいてくるところだった。
「ようやく会えた、探してましたよ」
すでに別エリアに逃げていたと思っていたが、何人か残っていたことに冥月は少なからず驚く。
「お主らも早く逃げた方が良い、すぐにここに……」
「大量破壊兵器ですよね? もちろんわかってます。あいつらのやりそうなことだ」
どうやら彼らにもロベルトの宣言は聞こえていたらしい、清白の言葉を遮り隷爬は緊迫した表情で明眼に視線を向けた。
「旦那、実は古い地下通路を見つけましてね。俺の仲間たちはみんなそこから逃げたところです」
なるほど、冥月らに逃げる手段がないと思っていたからこそ隷爬たちは危険を冒してまでここに残っていたのか。
「気を遣わせてすまなかったな。だが我々もそこから逃げようとしていたところだ」
説明を促すために冥月がアルルに目を向けると彼女は嬉しそうに頷いてみせた。
「はい、おそらくみなさんの言っている地下通路と、私の知る地下通路は同じと思います」
行くべき場所は決まったらしい。とにかくまずはここを離れて地下通路に向かうことが先決だろう。
「こっちです」
アルルが案内した場所は先程隷爬たちが走ってきた方向、ゲネシスソイミートタワーのあった場所とは反対に位置する場所だった。
「まるでマンホールだな」
冥月の言葉通り、地下通路への入り口は半径二メートルほどの穴であり、錆び付いたはしごが備え付けられている。
本来ならば頑丈な蓋をして土の中に埋まっていたのかもしれないが、すでに入口は屈強な隷爬たちにより掘り返され、蓋をしていたであろう錆び付いた金属の蓋もすぐ近くに放り投げられていた。
「さ、旦那、お早く」
隷爬たちが急かしてくるが、冥月は微かに頭を振り、腰に納めていた軍刀を引き抜く。
「いや、私は最後で良い、何が起こるかわからないからな」
実際確かに集結態は倒したはずだが、何故か奇妙な不安を感じており、いの一番で離脱するつもりにはなれなかったのだ。
「そうですか? じゃあ、俺たちから」
隷爬たちは冥月に一礼すると、手慣れた動作でマンホールに身体を滑り込ませる。
「……よし莉乃、清白、アルル、君たちも早く」
とりあえず非戦闘員のアルル、年少の清白といった順番でマンホールの中に入っていったが、どういうわけからか最後の莉乃は中々入らずに冥月をじっと見つめた。
「どうした莉乃、時間はあまりないぞ?」
急かすように言う冥月、莉乃は不安そうに彼を見つめていたが、やがて意を決したようで静かに口を開く。
「気をつけて冥にい、なんだか嫌な予感がする」
「……心配はいらぬよ莉乃、君が地下に入ったら私もすぐに追いつく、なんの問題もない」
莉乃を安心させるように笑みを浮かべると、冥月は刀を納め彼女のすぐ近くにまで近寄った。
「なんだかんだで君とも色々な出来事を共有してきたな」
ノリスから逃れて莉乃と出会い、それから共に過ごしてきたが、ヴィルヘルミナとの戦いや卑猩との確執、さらにはゲネシスソイミートタワーと随分無茶をしてきたものである。
「さ、行こう、我々にはまだなすべきことが残っている」
莉乃がマンホールに身体を滑り込ませるのを確認すると、冥月もそれに倣おうと穴の淵に手をかけた。その刹那。
「っ!」
突如として上空から飛来した火炎弾に冥月は吹き飛ばされ、地面に転がる。
「な、に……?」
なんとかその場に起き上がり、軍刀を引き抜いた冥月の前で大地に着地したのは先程倒したはずの集結態だった。
否、最早その身は集結態と呼ぶべきものではないだろう。
背中からは巨大な一対の翼が生えており、身体の一部を覆っていた金属質な肌は全身にまで広がっていた。
空を飛ぶ能力を得たためか四肢も異常に発達しており、考えるまでもなく先程の姿とは比較にならない力を持っているだろう。
「……死の淵から再生し、強化復活を遂げたというのか……!」
「ーーーーーー!!!」
凄まじい雄叫びをあげながら集結態、否飛行態と呼ぶべき生体兵器は冥月めがけて口から火炎弾を放った。
「っ!」
すぐさま軍刀に理気を込めてこれを弾く冥月だったが、飛行態の放つ火炎は集結態のものよりも遥かに強く、あまりの熱に刀身が赤熱する。
「……とんでもない理気だな」
すぐさま右手をかざして電撃を放つ冥月、しかし飛行態は見かけに似合わぬ速度でこれを回避すると空高く舞い上がった。
「速度も数段上、これは……!」
集結態を遥かに上回る力、莉乃や清白と協力したとしても勝てるかどうかわからないそのスペックはまさに驚異の一言である。
だが仮に隙をついて地下通路に潜ったとしても、この怪物がおめおめと冥月を逃すとは思えず、仮に逃走に成功したとしても何もせず放置しておくにはあまりにも危険だった。
なんとかこの場で倒すか、あるいは何らかの対策を講じるか、いずれにせよ一戦は避けられないため、いよいよ冥月は覚悟を決め、刀を構え直す
「……行くぞっ!」
高速で空を飛び回る飛行態だが幸いなことに理気による補助で動きそのものは視認することが可能だ。
しかし集結態の頃から数段階強化されているその理気は驚異的であり、まともに戦えばまず勝ち目がないことは明らかである。
「ーーーーー!!」
雄叫びとともに空中から飛来する無数の火炎弾を地面を転がるようにしてかわしながら幾筋もの雷撃を放つ冥月。
いくつかは外れたがそのうちの一つは飛行態の足に命中したらしく、金属質な肌の一部から微かに煙が上がった。
しかしその程度ダメージにすらならないのか、特に怯むような動作も見せず飛行態は冥月に接近、その身に竜巻をまとって突撃を試みる。
「っ!」
「ーーーーー!!」
近づいてきた段階ですでに回避行動の準備に入っていた冥月ではあったが、あまりに強力な理気に一瞬怯んだため、風の刃が左肩を裂き、血が噴き出した。
「やって、くれるな……!」
大したダメージではないが先程の激闘で摩耗している今の状態では骨身に染みる一撃でもある。
痛みを振り切るように理気を収束させて落雷を落とす冥月だったが、飛行態は全身から雷を放つことでこれを打ち消してしまった。
「……(どうすれば勝てる?)」
莉乃と清白がいない今、自分を囮にして急所に一撃を加えることは不可能。おまけにこれほどの速度で飛行するような存在が相手では肉薄して斬りつけることすら困難である。
それに、接近して直接切り裂くことが出来たとしても、あれほどの理気を持つ以上よほど集中しなければ急所どころか肌にすら刃が通らないことは考えずともわかることだ。
「……(だが、しかし……)」
ここで退いてしまえば背後にいる仲間たちを危険に晒すことになる。そうなればここまで生き延びるために努力してきたことすら無意味になり兼ねない。
「……(かくなる上は……)」
完全に倒すことは不可能でも、先程やったように頭を吹き飛ばすことが出来ればしばらく行動することは出来ない。
なんとか行動不能にまで持っていくことさえ出来ればその後は理力兵器が飛行態にトドメを刺すはずだ。
問題はただでさえ理力兵器着弾まで時間がないのに、それまでに飛行態を倒し離脱することが出来るかどうかと言うこと。
「……否、出来るかどうか、ではないな」
複眼からまるでレーザー光線のように高水圧の刃、ウォーターカッターを放つ飛行態。
すぐさま冥月も刀から理気による雷撃を放つとこれと打ち合い、霧散させる。
「やるしかない……!」
刀に雷の理気を込めると、すぐさま地面に軍刀を突き立て地面からの雷撃で飛行態を狙う冥月。
まるで地面から無数の蔓が生えるかのようにあちこちから雷の柱が伸び、空中を浮遊する怪物を攻撃する様は大地そのものが飛行態の着地を阻んでいるかのようだ。
範囲が広い上、地面から雷が出てくる分予想もつき辛く、流石の飛行態も翻弄されているのか避けるだけで精一杯なようである。
「ーーーーーーー!」
だがすぐにこれを見切ったらしく、雄叫びをあげるとともに冥月の雷が届かないほどの超高度にまで昇り、空気中に舞う微細な砂塵を手のひら大の大きさにまで収束、まるで隕石のように地上に落下させ始めた。
「まだこんな手を残していたのか……!」
すぐさま刀を地面から抜いて回避に専念する冥月。理気で強化されている上、超高度から降り注ぐ石に当たりでもしたらただでは済まない。
理気による先読みを最大限にまで生かして落石をかわしている冥月めがけて、トドメを刺そうと飛行態が降下を始める。
「っ!」
四方に降り注ぐ石に阻まれ、今の冥月には飛行態の一撃を回避する術は存在しない。
だが怪物の腕が冥月の頭を掴むその刹那、突如として地面から雷の柱が伸びて、飛行態を絡めとり、そのまま大地に縫い付けた。
「……上手くいったな」
微かに呟く冥月、飛行態の四肢は雷の縄のようなもので拘束され、仰向け状態のまま微動だにすることも出来なくなっている。
実は先程地面に理気を通して攻撃した際に、全ての雷を攻撃に回したのではなく、地面に浸透させたままにして罠を張っていたのだ。
飛行態が地表近くを滑空する際に作動させて、その動きを封じるための罠こそが本命であり油断を誘うためあれほど大規模な攻撃を仕掛けていたのである。
「……これで終わりだ」
声を出すことも出来ずにいる飛行態に素早く近寄ると、属性攻撃を放たれる前に頭部に足を掛け、その口腔には刀を突き立てた。
「……はっ!」
続けざまに炸裂する理力剣、外側からならばともかく身体の内側から攻撃された飛行態に防御手段はない。
断末魔の叫びをあげることすら出来ず、飛行態は内側から焼き尽くされ頭部はおろか翼を含めた腹部から上が融解、消失する。
「……ふう」
そこまでやって冥月はようやく刀を腰に納め、静かに嘆息した。
厳しい戦いだったがどうにか生き延びることができたことに安堵し、今度こそ地下通路に逃げ込もうと飛行態に背中を見せたその刹那。
万力のごとき力で身体を掴まれる感覚、疲弊し、理気を満足に読むことが出来なくなっていたが故に危険を察知できなかったことが冥月の失策であろう。
「な、何……!?」
さすがに慄く冥月、先程上半身を吹き飛ばしたはずの飛行態が下半身がない状態、胸部のみの状態で再生を果たしていた。
信じられないことに飛行態はこの短時間で新たな頭部を生やし、両手を再生させているではないか。
否、両手というのは違う、今冥月の胴体をを握っている右手は確かに腕だが、左のほうは明らかに足、それが彼の見ている前で膝を肘に、腰を肩にと変質させ、徐々に左手へと形を変えていく。
「……(信じられないが、足を腕に変異させたのか……)」
頭部のみ元の肉体における股間から新たに生やし、失われた両手を足で補完する、最早ここまでいくと生物ではない。
「……(いや、こやつは生体兵器、最初から生物ではなかったか)」
左足から変異した腕を交えてギリギリと両手で冥月を締め上げる飛行態。
「ぐ……うう……!」
すでに冥月の第六感は理力兵器と思われる飛来する飛翔体を捉えており、あと二分以内にはこの辺りに熱線が襲いかかることを察知していた。
だが二連戦で体力を消耗し、さらには完全に身体を拘束された状態では飛行態を倒すことはおろか、脱出することすら出来ない。
「……これまで、か。だが、あいつらだけは、許すわけには……!」
冥月が口から血を吐くのと彼のすぐ真上で理力兵器が起爆するのはほぼ同時のことである。
「……EMS、例えこの身が朽ちようとも、奴らを根絶やしにせねば、世界は……!」
凄まじい光が一瞬にして広がり、やがて全てが見えなくなった。