第百九話「迫る終局」
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メアリ戦終了後。
「……なんとか、勝てたか……」
EMS軍元帥メアリ・デルフィアとの一戦を終え、地面に着地したヴィルヘルミナは翼を消すとともにそのまま大の字で横たわった。
「……恐るべき相手じゃったな」
地上で二人の戦いを見守っていた清白とマスティマは心身ともに疲労困憊といった面持ちのヴィルヘルミナに近づく。
「あれが、EMS元帥、最強の戦士、メアリ・デルフィア……」
「……想像以上の実力だった。しかもあれでまだ本気ですらないだろう……」
『八識』を越えて『九識』に限りなく近づいているヴィルヘルミナですら、メアリから本気を引き出すことは出来なかった。
その本来の実力は全くの異次元、想像すら出来ないような領域と言っても過言ではないだろう。
「だが、今はそれより何よりやるべきことがある」
疲れ果てた身体に鞭打って立ち上がると、ヴィルヘルミナは冥月と莉乃の二人が向かった無人島がある方向に視線を向けた。
「冥月と莉乃のこと、元帥閣下は二人がセシルを殺めたなどと言っていたが……」
「そんなわけない。セシルは生きている」
いきなりすぐ近くで聞こえた声にヴィルヘルミナは思わず飛び上がる。一体いつからいたのか、彼女のすぐ近くに冥月と莉乃、話題の二人が立っていた。
「冥月殿?! セシルは、如何したのじゃ?」
怪訝そうな清白。どういうわけだか冥月は気絶して、目を閉じているセシルを背中におぶっているのである。
「……セシル・デルフィアの体内には特殊な働きをする超小型の理力兵器が仕込まれていた。小型とは言えセシルの肉体を理気に変えて炸裂させるのだ、小さな無人島の一つや二つ吹き飛ぶだろうな」
しかしそんな少年士官がどこも吹き飛ぶことなく五体満足なのは、爆発した瞬間に冥月が理気を全て物質に変換してセシルの肉体を修復、余剰エネルギーも体内に取り込んで無力化したからだ。
「……また、危ない橋を渡ったらしいな」
時空捻転現象を起こして安全地帯まで逃げることも出来たはずが、反射的に本来ならば敵であるはずのセシルを救うために力を振るったのである。
そのお人好しぶりにヴィルヘルミナは身体の疲れも忘れて苦笑していた。
「ま、それが冥にいの良いとこの一つだからな」
そう呟くと莉乃は未だにメアリとの交戦の傷跡が残る大地に目を向ける。
「……メアリ・デルフィア、どんな相手だった?」
莉乃の問いかけにヴィルヘルミナはしばらく無言で思考をまとめていたが、考えをまとめると静かに口を開いた。
「恐ろしい相手だ。理気の扱いにしても属性攻撃の応用性にしても凄まじいものがある」
メアリの戦術はノリス・イェンセンやキャサリン・フリューゲル、さらにはオリン・イェンセン、フィーア・イェンセンといったこれまでの強敵とは根本的に違い、基本的な理気の扱いを知り尽くした戦い方である。
ノリスらが属性攻撃や外付けの武器に多少なりとも頼り、火力で押すような戦い方をしていたのとは対照的に、メアリは『理法念力』や『理気変換』といった理気本来の技を最大限にまで活かす戦い方をしていた。
「……基本を極め、発展させたが故に隙がないというわけか……」
険しい表情で口を開いた冥月にヴィルヘルミナは素早く頷く。
「加えて薙刀術や剣術に関しても侮れない。仮に理気が使えずとも並の相手ならば武術だけで圧倒しかねないほどだ」
やはり一騎当千、EMSとの衝突が避けられないならばいずれ必ずこの女傑と戦わねばならない時が来るのは明白だ。
「……冥月、どうするつもり?」
いつもと変わらぬ無表情ながらどことなく不安を感じさせるような声音で冥月に問いかけるマスティマ。
「……ひとまずはセシルの保護と各地域への注意勧告をしておく必要がある。しかし……」
冥月がセシルから聞き出した情報によればEMS内部にて現在反乱の気運が高まっているのだとか。
ならばEMS側が強引に攻めてくるということも当分なさそうである。
しかしどうにも冥月は不安が拭いきれてはおらず楽観的に捉えることは出来なかった。
「……ヴィルヘルミナ、またメアリ・デルフィアはラクィア大陸に来ると思うか?」
「恐らく来るだろう。今回はたまたま斯様な形になったが、あの方の本来の狙いは冥月、次はお前を倒しに来るはずだ」
なるほど、とするならば冥月がラクィア大陸にいる限りメアリはこちらを狙い続けるということ。
ならばメアリらEMS軍の狙いをラクィア大陸、というよりも冥月に向け続けることが出来れば、その間に彼女の本拠地たるガリアス大陸を落とし、降伏を呼びかけることも可能かもしれない。
「……(だがそのためには攻略可能な人員をガリアス大陸の首都、工業都市ニムロドに放っておく必要がある)」
工業都市ニムロド、土地勘もなければどこを攻めれば良いのかもわからない未知の領域。
理気の加護を得てある程度指標を立てることは出来ても、やはり不安である。
「……冥月、一つ忘れて、ない?」
どうやら断片的ながら冥月の思考を読み取ったのか、マスティマは微かに頭を下げた。
「私は昔、ニムロドにいたことがある……」
そう言えばそんな話を聞いたような気もする。マスティマは幼い頃工業都市ニムロドの強制収容所におり、そこで出会った謎の爬人に指輪を渡され、脱出したのだった。
「……ふむ、しかしかなり危険な任務になるぞ?」
「ならば冥月、私も行こう。私もニムロドで暮らした時間はそれなりに長い」
即座に手を挙げたのはヴィルヘルミナ。ニムロドにある士官養成学校たる『士官大学校』にて彼女は学んでいたことがある。
周辺の軍用施設にも出入りしていた彼女はニムロド潜入に適任と言えるかもしれない。
「……現段階では二人しか動けそうにない、か」
EMS軍、そしてメアリ・デルフィアの脅威が去っていない以上これ以上の人員を潜入捜査に割くのはあまりにも危険だ。
「わかった。そちらはマスティマとヴィルヘルミナに任せようと思う」
とは言え危険なことには変わりない。ラクィア大陸攻略のためにほぼ全軍がこちらに投入されているとしても、ガリアス大陸はメアリの本拠地、なんらかの備えがしてあるのは間違いないだろう。
「……命の危機を察知した場合は可能な限りはバックアップをするつもりだが、それが出来ぬときは生命の保持を最優先に考えて離脱してくれ」
「わかった。冥月も、気をつけて……」
マスティマはヴィルヘルミナとの戦闘でメアリの底知れぬ実力を見ているためいささか心配そうだ。
「何かあったら、彼女に守ってもらって」
ちらっとマスティマは冥月の近くに立つ莉乃に視線を向ける。
「必ず、なんとかなる、から」
その言葉に冥月はキョトンとした顔を見せたが、莉乃の方はかなり乗り気なのか豊かな胸の下で腕を組み、ウィンクをしてみせた。
「ああ、夫を守るのも妻たる俺の役目だからな!」
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ラクィア大陸を包囲するEMS軍の旗艦『オフィルアスレギーナ』の艦長室、ヴィルヘルミナとの戦いを終えたメアリ・デルフィアは険しい表情で窓の外を眺めていた。
「入りますわよ」
ノックの後に入ってきた白衣の女性を見てメアリは心底嫌そうに顔をしかめる。
「……デモニア大陸を落とすための算段はついたのですか? ティーネ殿下」
友好的とは言えない声音でメアリは入室してきた女性、オットー=ティーネ・オフィルアスに話しかけたが、当の彼女の方は気にしていないらしく笑みを浮かべた。
「もちろん。あのような下等な卑猩隷爬が主力の大陸など、私の衛兵ならば一捻りですわ」
どうやらセシルが停戦交渉に行き、その後メアリがラクィア大陸を攻撃している間にアーカラ大陸から空輸で完成したばかりの衛兵を大量に輸送してきたらしい。
「……それは結構、胸が踊りますね」
言葉とは裏腹にメアリの声は重い。この戦いの勝敗など心底どうでも良いと言わんばかりである。
「おや、ようやく貴女の弟、セシル君の仇が取れるというのに随分と沈んでますわね」
「そんな真似をしたところでセシルが帰ってくることはありません。それに衛兵の力は認めますが、性能だけで冥月ら麒麟将を倒せるとは思えませんね」
ヴィルヘルミナと手を合わせることで、メアリは彼女がすでに『八識』を越え『九識』の領域に達しつつあることを見抜いていた。
軍属だった頃は、良くてもせいぜい『七識』程度だったヴィルヘルミナの急激な成長は間違いなく冥月が絡んでいるとメアリは見ている。
つまりそんなヴィルヘルミナを仲間としている以上冥月の実力はそれ以上、それこそ『太陽を喰らう者』ギラファと並ぶのではないかと危惧しているのだ。
「心配には及ばないわ元帥、衛兵は調整の結果全員が『八識』クラスの理気、冥月ら麒麟将の力に劣りはしませんわ」
「『八識』とは言えあくまでも制御できる理気の量に限った話では? それでは冥月に、少なくとも『九識』を越えた者には傷一つ負わせることは出来ないでしょう」
そう告げるとメアリは机の上に置かれていた研究レポートを手に取る。
そこにはヤーハンのゲネシスソイミートタワーやアルディス大陸、アレーナルベルス城、さらにはヴァスタ大陸での冥月のデータが記されていた。
「……奴の力は進化としか言いようがないほど急速に高まっています。いかなる相手でも勝利を収めるほどの強さがあるでしょう」
ましてや機械で人工的に『八識』並の理力値を引き出している量産兵では勝ち目はない、とメアリは断言する。
「……随分な言いようですわね。メアリ・デルフィア」
スッとティーネの放つ気配が強まり、異常に冷たい殺気のような気運が部屋中に充満した。
「何か勘違いしているみたいですけれど、現在EMS軍の統制権は王族たる私にありますわ。貴女はそんな私に従う一将校でしかありませんの」
すぐさま膝をついて頭を下げるメアリの顎に右手を添わせると、ティーネはニヤリと笑みを見せる。
「『衛兵を率いたEMS軍元帥逆賊を討伐』、なかなかに良い記事になりそうですわね」
「……お任せいただけるならば私が冥月を倒します。衛兵に頼るまでもありません」
メアリの言葉にティーネは面白くなさそうに顔をしかめたが、結局は考えを変えたらしくニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。
「ならばEMS元帥メアリ・デルフィア、可及的速やかに衛兵を率いてデモニア大陸を攻略しなさい。これは王族の勅命とします」