表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麒麟将  作者: 花鏡
110/170

第百九話「迫る終局」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


メアリ戦終了後。




「……なんとか、勝てたか……」


 EMS軍元帥メアリ・デルフィアとの一戦を終え、地面に着地したヴィルヘルミナは翼を消すとともにそのまま大の字で横たわった。


「……恐るべき相手じゃったな」


 地上で二人の戦いを見守っていた清白とマスティマは心身ともに疲労困憊といった面持ちのヴィルヘルミナに近づく。


「あれが、EMS元帥、最強の戦士、メアリ・デルフィア……」


「……想像以上の実力だった。しかもあれでまだ本気ですらないだろう……」


 『八識あらやしき』を越えて『九識あまらしき』に限りなく近づいているヴィルヘルミナですら、メアリから本気を引き出すことは出来なかった。

 その本来の実力は全くの異次元、想像すら出来ないような領域と言っても過言ではないだろう。


「だが、今はそれより何よりやるべきことがある」


 疲れ果てた身体に鞭打って立ち上がると、ヴィルヘルミナは冥月と莉乃の二人が向かった無人島がある方向に視線を向けた。


「冥月と莉乃のこと、元帥閣下は二人がセシルを殺めたなどと言っていたが……」


「そんなわけない。セシルは生きている」


 いきなりすぐ近くで聞こえた声にヴィルヘルミナは思わず飛び上がる。一体いつからいたのか、彼女のすぐ近くに冥月と莉乃、話題の二人が立っていた。


「冥月殿?! セシルは、如何いかがしたのじゃ?」


 怪訝そうな清白。どういうわけだか冥月は気絶して、目を閉じているセシルを背中におぶっているのである。


「……セシル・デルフィアの体内には特殊な働きをする超小型の理力兵器が仕込まれていた。小型とは言えセシルの肉体を理気に変えて炸裂させるのだ、小さな無人島の一つや二つ吹き飛ぶだろうな」


 しかしそんな少年士官がどこも吹き飛ぶことなく五体満足なのは、爆発した瞬間に冥月が理気を全て物質に変換してセシルの肉体を修復、余剰エネルギーも体内に取り込んで無力化したからだ。


「……また、危ない橋を渡ったらしいな」


 時空捻転現象じくうねんてんげんしょうを起こして安全地帯まで逃げることも出来たはずが、反射的に本来ならば敵であるはずのセシルを救うために力を振るったのである。

 そのお人好しぶりにヴィルヘルミナは身体の疲れも忘れて苦笑していた。


「ま、それが冥にいの良いとこの一つだからな」


 そう呟くと莉乃は未だにメアリとの交戦の傷跡が残る大地に目を向ける。


「……メアリ・デルフィア、どんな相手だった?」


 莉乃の問いかけにヴィルヘルミナはしばらく無言で思考をまとめていたが、考えをまとめると静かに口を開いた。


「恐ろしい相手だ。理気の扱いにしても属性攻撃の応用性にしても凄まじいものがある」


 メアリの戦術はノリス・イェンセンやキャサリン・フリューゲル、さらにはオリン・イェンセン、フィーア・イェンセンといったこれまでの強敵とは根本的に違い、基本的な理気の扱いを知り尽くした戦い方である。


 ノリスらが属性攻撃や外付けの武器に多少なりとも頼り、火力で押すような戦い方をしていたのとは対照的に、メアリは『理法念力りほうねんりき』や『理気変換りきへんかん』といった理気本来の技を最大限にまで活かす戦い方をしていた。


「……基本を極め、発展させたが故に隙がないというわけか……」


 険しい表情で口を開いた冥月にヴィルヘルミナは素早く頷く。


「加えて薙刀術や剣術に関しても侮れない。仮に理気が使えずとも並の相手ならば武術だけで圧倒しかねないほどだ」


 やはり一騎当千、EMSとの衝突が避けられないならばいずれ必ずこの女傑と戦わねばならない時が来るのは明白だ。


「……冥月、どうするつもり?」


 いつもと変わらぬ無表情ながらどことなく不安を感じさせるような声音で冥月に問いかけるマスティマ。


「……ひとまずはセシルの保護と各地域への注意勧告をしておく必要がある。しかし……」


 冥月がセシルから聞き出した情報によればEMS内部にて現在反乱の気運が高まっているのだとか。

 ならばEMS側が強引に攻めてくるということも当分なさそうである。


 しかしどうにも冥月は不安が拭いきれてはおらず楽観的に捉えることは出来なかった。


「……ヴィルヘルミナ、またメアリ・デルフィアはラクィア大陸に来ると思うか?」


「恐らく来るだろう。今回はたまたま斯様かような形になったが、あの方の本来の狙いは冥月、次はお前を倒しに来るはずだ」


 なるほど、とするならば冥月がラクィア大陸にいる限りメアリはこちらを狙い続けるということ。

 ならばメアリらEMS軍の狙いをラクィア大陸、というよりも冥月に向け続けることが出来れば、その間に彼女の本拠地たるガリアス大陸を落とし、降伏を呼びかけることも可能かもしれない。


「……(だがそのためには攻略可能な人員をガリアス大陸の首都、工業都市ニムロドに放っておく必要がある)」


 工業都市ニムロド、土地勘もなければどこを攻めれば良いのかもわからない未知の領域。

 理気の加護を得てある程度指標を立てることは出来ても、やはり不安である。


「……冥月、一つ忘れて、ない?」


 どうやら断片的ながら冥月の思考を読み取ったのか、マスティマは微かに頭を下げた。


「私は昔、ニムロドにいたことがある……」


 そう言えばそんな話を聞いたような気もする。マスティマは幼い頃工業都市ニムロドの強制収容所におり、そこで出会った謎の爬人に指輪を渡され、脱出したのだった。


「……ふむ、しかしかなり危険な任務になるぞ?」


「ならば冥月、私も行こう。私もニムロドで暮らした時間はそれなりに長い」


 即座に手を挙げたのはヴィルヘルミナ。ニムロドにある士官養成学校たる『士官大学校ギムナジウム』にて彼女は学んでいたことがある。

 周辺の軍用施設にも出入りしていた彼女はニムロド潜入に適任と言えるかもしれない。


「……現段階では二人しか動けそうにない、か」


 EMS軍、そしてメアリ・デルフィアの脅威が去っていない以上これ以上の人員を潜入捜査に割くのはあまりにも危険だ。


「わかった。そちらはマスティマとヴィルヘルミナに任せようと思う」


 とは言え危険なことには変わりない。ラクィア大陸攻略のためにほぼ全軍がこちらに投入されているとしても、ガリアス大陸はメアリの本拠地、なんらかの備えがしてあるのは間違いないだろう。


「……命の危機を察知した場合は可能な限りはバックアップをするつもりだが、それが出来ぬときは生命の保持を最優先に考えて離脱してくれ」


「わかった。冥月も、気をつけて……」


 マスティマはヴィルヘルミナとの戦闘でメアリの底知れぬ実力を見ているためいささか心配そうだ。


「何かあったら、彼女に守ってもらって」


 ちらっとマスティマは冥月の近くに立つ莉乃に視線を向ける。


「必ず、なんとかなる、から」


 その言葉に冥月はキョトンとした顔を見せたが、莉乃の方はかなり乗り気なのか豊かな胸の下で腕を組み、ウィンクをしてみせた。


「ああ、夫を守るのも妻たる俺の役目だからな!」






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




 ラクィア大陸を包囲するEMS軍の旗艦『オフィルアスレギーナ』の艦長室、ヴィルヘルミナとの戦いを終えたメアリ・デルフィアは険しい表情で窓の外を眺めていた。


「入りますわよ」


 ノックの後に入ってきた白衣の女性を見てメアリは心底嫌そうに顔をしかめる。


「……デモニア大陸を落とすための算段はついたのですか? ティーネ殿下」


 友好的とは言えない声音でメアリは入室してきた女性、オットー=ティーネ・オフィルアスに話しかけたが、当の彼女の方は気にしていないらしく笑みを浮かべた。


「もちろん。あのような下等な卑猩隷爬が主力の大陸など、わたくし衛兵センチネルならば一捻りですわ」


 どうやらセシルが停戦交渉に行き、その後メアリがラクィア大陸を攻撃している間にアーカラ大陸から空輸で完成したばかりの衛兵センチネルを大量に輸送してきたらしい。


「……それは結構、胸が踊りますね」


 言葉とは裏腹にメアリの声は重い。この戦いの勝敗など心底どうでも良いと言わんばかりである。


「おや、ようやく貴女の弟、セシル君の仇が取れるというのに随分と沈んでますわね」


「そんな真似をしたところでセシルが帰ってくることはありません。それに衛兵センチネルの力は認めますが、性能だけで冥月ら麒麟将を倒せるとは思えませんね」


 ヴィルヘルミナと手を合わせることで、メアリは彼女がすでに『八識あらやしき』を越え『九識あまらしき』の領域に達しつつあることを見抜いていた。

 軍属だった頃は、良くてもせいぜい『七識まなしき』程度だったヴィルヘルミナの急激な成長は間違いなく冥月が絡んでいるとメアリは見ている。


 つまりそんなヴィルヘルミナを仲間としている以上冥月の実力はそれ以上、それこそ『太陽を喰らう者』ギラファと並ぶのではないかと危惧しているのだ。


「心配には及ばないわ元帥、衛兵センチネルは調整の結果全員が『八識あらやしき』クラスの理気、冥月ら麒麟将の力に劣りはしませんわ」


「『八識あらやしき』とは言えあくまでも制御できる理気の量に限った話では? それでは冥月に、少なくとも『九識あまらしき』を越えた者には傷一つ負わせることは出来ないでしょう」


 そう告げるとメアリは机の上に置かれていた研究レポートを手に取る。

 そこにはヤーハンのゲネシスソイミートタワーやアルディス大陸、アレーナルベルス城、さらにはヴァスタ大陸での冥月のデータが記されていた。


「……奴の力は進化としか言いようがないほど急速に高まっています。いかなる相手でも勝利を収めるほどの強さがあるでしょう」


 ましてや機械で人工的に『八識あらやしき』並の理力値を引き出している量産兵では勝ち目はない、とメアリは断言する。


「……随分な言いようですわね。メアリ・デルフィア」


 スッとティーネの放つ気配が強まり、異常に冷たい殺気のような気運が部屋中に充満した。


「何か勘違いしているみたいですけれど、現在EMS軍の統制権は王族たるわたくしにありますわ。貴女はそんな私に従う一将校でしかありませんの」


 すぐさま膝をついて頭を下げるメアリの顎に右手を添わせると、ティーネはニヤリと笑みを見せる。


「『衛兵センチネルを率いたEMS軍元帥逆賊を討伐』、なかなかに良い記事になりそうですわね」


「……お任せいただけるならば私が冥月を倒します。衛兵センチネルに頼るまでもありません」


 メアリの言葉にティーネは面白くなさそうに顔をしかめたが、結局は考えを変えたらしくニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。


「ならばEMS元帥メアリ・デルフィア、可及的速やかに衛兵センチネルを率いてデモニア大陸を攻略しなさい。これは王族の勅命とします」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ