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麒麟将  作者: 花鏡
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第百四話「平和の使者」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。


急転直下。




 エレナとの対談を終え、時空捻転現象じくうねんてんげんしょうを活かした瞬間移動によりヴァスタ大陸からラクィア大陸の首都エルリクムに冥月が戻る頃にはすでに夜になっていた。


「……時空捻転現象じくうねんてんげんしょうを扱えても各地の巡行には時間がかかるらしいな」


「無理を言ってはなりません冥月さま」


 すぐ後ろにいたフォルネスは、メガネを直しつつそう呟く。


「ラクィア大陸とヴァスタ大陸、二つの大陸を股にかけて仕事するなど、本来ならば何週間もかけるべきこと、丸一日で済ませられたことはむしろ胸を張るべきです」


 確かに午前中にアラドラキアスでスサノオと会い、午後からはヴァスティーユでエレナと会話するなど本来ならばありえないようなスケジュールだ。

 それを可能にすることが出来たというだけでも、時空捻転現象じくうねんてんげんしょうを扱えるようになった意義はあったと言えよう。


「……そうだな。だがさすがにこの短期間で連発するとなると、私もいささか疲れてしまうな」


 本来ならば時空捻転現象じくうねんてんげんしょう変異体ネクロス百体分の理気でどうにか起こすような現象。

 そんなことを一人で、しかも日に何度もしておいて「いささか疲れた」だけで済ます冥月の力に、フォルネスは舌を巻いた。


「少し休みたい、フリューゲルの仮眠室にでもいるから、何かあったら読んでくれ」


「わかりました。何かありましたらすぐさまお呼びいたします」


 その場でフォルネスと挨拶をかわすと、エルリクム中央部に停泊しているフリューゲルの方向に向かう。




「……お!」


 何となく覗いてみただけだが、エルリクム中央部に位置するエル・エリクシア城の練兵場に見知った顔があったため、冥月は足を止めた。


「……はっ!」


 闇の中できらめく真紅の刀身に、虚空を裂くような一撃、『十識けんりつだやしき』の領域にいる冥月だからこそ見切れる動きであり、『九識あまらしき』にある者にすら見切るのは困難な動きである。


「冥にい、か?」


 どうやら冥月の気配に気づいたらしい。一人練兵場にいた少女莉乃は一旦動きを止め、冥月に視線を向けた。


「……随分と熱心にしていたな」


 莉乃の動きは最早『九識あまらしき』の域を越えつつあるが、これもひとえに彼女の努力によるものである。


「冥にいほどじゃねーよ。冥いには、いつも自分から危険なところに行ってたからな」


 アルディス砂漠でもラクィア大陸でも冥月は常に一番危険な任務を担ってきた。それ故に何度も命の危機にあったが、その度に強くなり生き延びてきたのである。


「なに、私の力はみなのためにある。気にすることはない」


「……冥にいは、それで良いかもしれねーけど、やっぱ俺は心配なんだよ」


 何やら不満げに唇を尖らせる莉乃。何やら機嫌が悪そうだ。


「そりゃ冥にいは俺たちの誰より強いから俺じゃどうにも出来ねーけど、やっぱ俺は冥にいを……」


「おお、お主らこんなとこにおったのかっ!?」


 莉乃が何やら話そうとしたその刹那響き渡る声。見れば城のある方向から、急ぎ足で清白が近づいてくるところである。


「清白、どうかしたのか?」


「いやはや冥月殿、一大事じゃ」


 慌てた様子でそう告げると、清白は息を整え、エル・エリクシア城の方向を見つめた。


「EMSから使者が来ておる。しかも間違いなくかなりの身分じゃ」




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 エル・エリクシア城の一室、会議などを行うための部屋にはすでにヴィルヘルミナとマスティマがおり、その前には一人のEMS人が立っていた。


 美しい金髪に碧眼、金糸に飾られた軍服を身につけてはいるが線の細い中性的な顔立ちのためか、軍服に着られているような印象すら受けるようなそんな美少年である。


 とにかくまずは挨拶をしようと冥月は一礼したが、少年の方もそれに倣い頭を下げた。


「……え?」


 驚いたように目を見開くのはマスティマ。まさかEMSでもかなりの地位にあるであろう使者が和人たる冥月に頭を下げるとは思わなかったのである。


「冥月と言う。遠いところからはるばると痛み入る」


「ガリアス大陸補佐官セシル・デルフィアと言います。今日はよろしくお願いします」


 デルフィア、としばらく反芻していた冥月だったが、すぐに思いつく名前に当たったらしく何度か頷いた。


「すると、EMS軍元帥のメアリ・デルフィア卿は……?」


「僕、あいや、私の姉です」


 大陸に二人しかいない補佐官であり、しかもEMS内でもかなりの地位である元帥の弟、よほど大事な用事でなければ派遣されまい。


「してセシル卿、わざわざ来てくれたのはいかなる用かな?」


「……我が姉メアリ・デルフィアと帝国宰相クララ・ガドウィンはあなた方との停戦を望んでいます」


 停戦、意外な申し出に冥月は唇を引き結ぶ。EMSにおける権力者二人が停戦を願うと言うのもそうだが、まさか家畜と見下すEMS人が対等なテーブルでの停戦交渉をするとは思わなかったのだ。


「停戦、じゃと? 今なお各地で苦しんでおる和人や爬人を見捨てろと言うのかっ!?」


 激昂し声を荒げる清白。彼女はヤーハンのゲネシスソイミートタワーやラクィア大陸に残されていた施設で嫌というほどに和人の惨状を見ている。


 そのため全ての和人爬人が自由に生きれるようになるまでは、たとえ如何なる条件による停戦であっても敗北同然と捉えているのだ。


「……それにセシル。どんな条件であれ元老院が我々との和平を望むとは思えない」


 ヴィルヘルミナが言うようにEMS人は基本的に冥月らを家畜や奴隷、つまり人間とは見なしていない。

 そんな相手に対等な立場で和平を持ちかけるかと考えた場合、ヴィルヘルミナのなかでは違和感しかないのである。


「……まあ待て、ひとまず停戦の条件を聞こうではないか」


 まだ何か言いたそうな清白とヴィルヘルミナを右手を上げて制すると、冥月は緊張した表情のセシルに微笑みかけた。


「続けてくれ」


「は、はい。条件としてEMS側はラクィア大陸とヴァスタ大陸を含めた世界の半分を割譲、具体的にはアルディス大陸の東半分が今の支配領域に加算される形です」


 つまり現在冥月らが制圧している大陸が増えると言うことである。

 アルディス大陸東となると冥月らが最初にいた和人の養殖領ヤーハンとその周辺領域が割譲されるというわけだ。


「そして人質として僕……いえ、自分を差し出すとのことです」


 これまた大きく出たものである。セシルは補佐官であるだけでなく総督家たるデルフィア家の令息。

 そんな重要人物を差し出すとは、どれほど元老院が麒麟将と和平を結びたがっているのかわかる。本来ならば……。


「……条件はわかった。こちらに要求するのは停戦以外には何だ?」


 これだけの好条件なのだ、間違いなくEMS側からもなんらかの条件がつけられることは間違いない。


「はい、フリューゲル由来の発電技術の提供とEMS内政に関する不干渉、またヴィルヘルミナ・ガドウィンを含めた貴族階級のEMS人の引き渡しです」


 おずおずと全ての条件を言い切ったセシル。冥月はしばらく腕を組んで考えていたが、すぐさまその表情を引き締める。


「内政不干渉に戦犯の引き渡しというわけか。セシル卿、ヴィルヘルミナらはEMSに渡った後どうなる?」


「……国法に従い、反逆罪で起訴されるかと思われます」


 となるとヴィルヘルミナやエレナ、メルダにロベルトといった麒麟将側にいるEMS貴族を引き渡すことは、彼女らを見殺しにすることと同義ということだ。


「残念だが私はEMSの裁判に公平性は期待していない、無実であるヴィルヘルミナやロベルトを強引に罪人にしようとした前科がある。三権分立が出来ていないような裁判所は信用出来ない」


 ヴィルヘルミナは元老院議長パウリナの思惑で罪に問われそうになり、ロベルトに至っては危うく処刑されそうになったである。権力者の考え一つで判決が変わるのは、非常に危険なことだ。


「セシル、私は仲間を見捨ててまで停戦を結び生き延びようとは思わない。いかに戦況が不利であろうと、な?」


 現在は膠着状態だが、すでにEMS軍は戦力の整備を進めており本国からもかなりの兵士が動員されていることくらいはわかる。

 冥月の留守中に莉乃たちはEMS軍の先遣隊を蹴散らしたらしいが、それでもこの先どうなるかは不透明なことだらけだ。

 ただし、今後の戦況の推移はわからずとも長引けば長引くほどに地力に勝るEMSが優位に傾くことくらいはわかる。


 そんなことは百も承知だが、だからといって有利な条件で停戦し、ヴィルヘルミナたちを差し出すことなど馬鹿げた行為だ。


「ヴィルヘルミナもメルダも、ロベルトもそちらに引き渡すつもりはない。そちらにとっては戦犯でも我々にとっては仲間、仲間を売りさばくような真似はしない」


 冥月の言葉にセシルはハッとしたように口を開く。仲間を差し出すことを喜びとするようなヤーハンの和人たちとは根本的に違うことを察したからだ。

 否、そればかりではない、冥月はかつて自分たちの生命を狙った者たちすらも守ろうとしている。


「……やはり御身は、閣下の思われた通りの……」


 何やらセシルは呟いたが、あまりにも小さい声だったため、冥月らの耳には入らなかった。


「ですがメアリ閣下も宰相閣下も速やかな和平を望まれています。どうにかなりませんか?」


 セシルの言葉から溢れる平和を求める気持ちはおそらく本心からのものだろう。

 しかし冥月はヴィルヘルミナたち投降したEMS人も未だにEMS内部で虐げられ、死んでいく和人爬人も見捨てることは出来なかった。


 それにまだ魔螂族まろうぞくとの決着もついてはいない。このまま放置しておくのはあまりにも危険だろう。


「……わかりました」


 どうやら押し黙る冥月の気配から何かを察したらしいセシルは軽く頷いた。


「では、みなさんで話し合われて下さい、僕も冥月さんから聞いたことを姉、メアリ閣下に報告させてもらいます」


 ひとまず後日に結論を伸ばすということ。冥月としても一度仲間内で話し合いたいところだったため、渡りに船と言えよう。


「……わかった。ではセシル卿、次の会談は明後日の朝ということでよろしいかな?」


「はい、こちらも条件のほうを改めて整理させてもらいます」


 とりあえずはここまで。意外なことだがセシルは冥月に挨拶をすると頭を下げ、衛兵に付き添われる形でその場を後にした。



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