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麒麟将  作者: 花鏡
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序章「崩壊の序曲」

生暖かい目で見ていただけると幸いです。



 




 薄暗い空間、太古から続くかのような深い森の中にその男はいた。

 身体にまとうのは黒いキャソック、優しげな風貌でありながらも強い意志を秘めたその瞳は司祭のようであり、同時に騎士のものをも髣髴とさせるものである。


「……これは」


 何故自分がこのような場所にいるのかはわからないが、現在彼の前には数百メートルの巨大な怪物がいた。


 その身体は半ば白骨化し、あちこちが化石のようになってはいるが、青蓮華のような美しい碧眼に全身から放つ清らかな気運、さらには龍馬のような強靭な四肢はこのような姿になってもなお、かつての力を感じさせる。


 だが今やその身は朽ち果てんとしており、太古の昔から存在しながらも倒れた巨木か、あるいは大賢者の亡骸を前にしたかのような悲痛なものを青年に与えていた。


「貴方は一体、貴方が私をここへ……?」


 答えを期待したわけではなかったが、霊獣の青い瞳がこちらに向けられ、耳を通さずに直接青年の心に呼びかける。


「違う? 貴方はずっと深い眠りにいたのですか? ならば私は何故……」


 続いての青年の質問にも霊獣は言葉を発さず、テレパシーのようなものを送った。もしかしたら悠久の時間の中でこの霊獣は声帯が衰えてしまったのかもしれない。


「望まぬ覚醒、私と貴方を誰かが結びつけたと?」


 どうもこの霊獣は寝ていたところをいきなり起こされた上に、青年の意識と強引に繋げられたらしい。

 だが同時に霊獣の瞳は微かに揺れており、この出会いを歓迎しているかのようにも見受けられる。


「待っていた? 私を……?」


 次の瞬間、霊獣が瞳を閉じるとともにその身は粉塵と化し、青年の意識もまた光の中へと消えた。





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「……っ!」


 目が覚めると青年は暗闇の中にいた。身体は全く動かすことが出来ず、おまけに呼吸すらも厳しい。

 乱暴に身体を動かそうとすると、あちこちから耳障りな鎖の音がすることから、どうも何者かに捕らえられているらしいことがわかる。


 心を落ち着けるとともに意識を内側に向けて、自分が何故こんな場所にいるのかを考えてみた。

 現代日本で生まれ育ち、その日自宅で読書をしていた際、突然大きな揺れが襲い、倒れてきた本棚の下敷きになってそれから……。


「……っ!」


 思い出せない。なんとか思い出そうとしても頭の中によぎるのは不可思議な森の夢と、劣悪な環境の家畜小屋。


『……これが例の被験体です』


 どこからともなく聞こえる声。現在青年がいる部屋の外から聞こえているらしいが思いの外その声は空間内によく響いている。


『被験体009、新月の夜に捕獲したことから『冥月めいげつ』と呼んでいます』


『冥月、家畜民たる卑猩には過ぎた名前。けど並みのEMSイムス貴族すら上回る理力値は確かに驚異的か……』


 この二人が何を話しているかは不明だが、不思議なことに視界が塞がれているにもかかわらず、青年の目には二人の女性が向かいあって相談している姿がはっきりと見えていた。


『騸馬ではない個体を使ったのか?』


『はい、騸馬やあるいは実験用にロボトミー処置で自我を削った個体は『メイプル』と接触段階で拒絶反応を起こし、砕け散りました。そこで……』


『人間がなんの手も加えてない卑猩を使ったら成功した、なるほど……』

 

 よくわからない単語を交えて話す二人の女性、断片的に理解できる情報を整理してみると、自分はなんらかの実験に巻き込まれ、現在拘束されているらしい。


『ノリス、EMSの未来は貴方と貴方の師ティーネにかかっていると言っても過言ではない、必ずや理力値を上昇させ、理気を制御する方法を確立させなさい』


『もちろんですクララお姉さま、手始めにこいつにもロボトミー処置を加え、実験しやすくしておきましょう』


 外の女性、ノリスとやらの言葉に底知れぬ悪意と同時に生命の危機を感じた青年は力一杯身体をひねり、鎖を引きちぎらんとする。

 だがよほど頑丈なのか全く切れる気配はなく、ただ身体を締め付ける力が強まるように感じただけだった。


「……(これ以上、好きにさせるわけにはいかない!)」


 覚悟を決めて身体に力を込めると、まるで電気のような強い力が全身から放たれ、鎖の留め具を帯電させる。


「……(まだまだ……!)」


 何故こんな力が宿っているのかは不明だが、どういうわけだかやり方はよくわかっていた。

 強い意識を持って空間に満ちるエネルギーに干渉し、束ねる。

 束ねられたエネルギーは凄まじい火力の雷となって全身から放出され、たやすく鎖を融解させた。


『……? 何やら音がしないか?』


 身体が自由になると手探りで口に咥えさられていた猿轡を外して、再び全身に力を集める。


「……(もう少し……!)」


 右手に意識を収束させれば、それは右手から放たれる電撃となり、闇の中にぶつけることで徐々に『境界』を赤熱、融解させ、ついには分厚いはずの壁を貫いた。


『っ! お、お姉さま、お下がりをっ!』


 異常に気づき、慌てふためくノリスとやらだが最早全ては遅い。すでに彼はこの雷をコントロールする術を身につけているのである。


 ゆっくりと雷の出力を上げると穴を広げていき、ついに彼は壁に開いた穴から外に飛び出した。



「……これは!」


 穴から外に飛び出した青年が最初に見たのは二人の女性の姿である。

 二人とも金髪に色素の薄い肌、青い瞳と青年が元いた場所における西洋人の特徴を備えていた。

 片方は白衣にスラリとした長い足、素晴らしい美貌の持ち主だ。

 一方の女性もまた容姿端麗の美女だったがこちらは勲章がいくつもつけられた軍服に帯剣されたサーベル、全体的に豪奢な、高級将校の姿をしている。

 だが彼が驚いたのは二人の美貌ではなく、二人から発せられる凄まじいまでの悪意の強さだった。

 自分を実験動物、あるいは単なる家畜、少なくとも人間とは見ていないような差別意識にまみれた気運だ。

 どうやら自分は今まで部屋の中央に設置された巨大な箱の中で拘束されていたらしく、ちょうど穴から出た位置、箱の上に立つ形で二人を見下ろす。

 周りを見渡して見ればタイル張りの壁に外科器具の並ぶ台、さらには様々な薬品が納められた棚などどことなく研究室か、あるいは実験室のような印象を受ける場所にいるらしいことがわかった。


「大人しくしなさい!」


 威圧的にそう怒鳴る白衣の女性、声の質から言ってノリスとやらはすぐ近くに備えられていた刺股を手にして青年にジリジリと近づいてくる。

 このまま捕まるわけにはいかない、視界の隅に小さな窓があるのを確認すると彼はそちらに意識を向けつつも、正面からノリスを睨み据えた。


「……する意味はない」


 吐き捨てるように告げると、彼は先ほどまで拘束されていたシェルターのような箱から飛び降り、膝をつく。


「私を実験に使うつもりだろうが、そうはさせない」


 異変に気付いた高級将校、クララは左手に持っていたペンを投げ捨て、サーベルを引き抜き前に出たが、すでに彼はエネルギーを束ね終えていた。


「卑猩ごときがっ!」


「く、クララお姉さまっ!」


 どういう理由かは不明だが、今の青年にはサーベルを抜いてこちらに斬りかかってくる女性の姿がスローモーションに見えている。


 たやすく見切るとともに前に出た将校、クララ目掛けて右手から電撃を放ち、同時に大きく飛び上がりすぐ近くの窓から外へ飛び出した。


「うぐあっ!」


 正面から雷を受けたクララは大きく吹き飛ばされて壁に頭をぶつけ、昏倒する。


「お、お姉さまっ!」


 慌てふためくノリスの声を背に受けながら、青年は雨が降りしきる中、深い森の中へと落ちていった。




_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/




「止まれっ!」



 雨が全身を濡らす中、青年は後ろから追いかけてくる兵士らから逃れようと全力で走っていた。


「……しつこいな」


 どうやら雨が降る中では火器が使えないらしく、兵士らは手に古めかしい形状の長銃を持ってこそいたが誰も発砲してはこない。

 だが、どうやら前もって部隊を二手に分けていたらしく、彼の進行方向にも複数人の女性兵士が現れる。


「っ!」


「卑猩ごときが我々の手を煩わせるなっ!」


 腰の剣を引き抜いてこちらに斬りかかってくる兵士らを前に、青年は迷いなく力を解放して、全身から雷を放った。


「がっ!」


「ば、ばかな、何故、卑猩ごときが理気を……」


 急所は外したつもりだが、兵士らは身体を内側から麻痺させる電流に呻き声を上げ、その場に倒れていく。


「……君らにはなんの恨みはないが、そちらから襲ってきたのだ、少しは役に立って貰おうか」


 短く呟くと痺れて動けない兵士らの服を脱がせて、濡れているのにも構わずに身体に纏った。


「……(これで少しは動きやすくなるだろう)」


 ついでに地面に落ちていた剣も拾うと、兵士から鞘を奪い取り、これに納める。


「か、家畜民の分際で、よ、よくも……」


 身体を震わせながら地面に倒れたまま動けない兵士が何やら言っていたが、彼は剣を腰に帯びると、何も言わずにその場を後にした。


「……(どうなっている、私の身体は……)」


 自分の身に何が起きたのかはわからないが、どうも身体は若返っておりその身にみなぎる力もおそらく十代のものであろう。


 とにかくまだあの二人から完全に逃げ切れたとは思えない、彼は足元がぬかるむのにも構わずに走り続けた。

 だがおそらく人間の足ではどれだけ必死に走ったとしてもいずれは追いつかれてしまうであろう。


 生きるために逃げ続けなければならない、いつしかその願いを受けてか青年の身体は大きく変貌を遂げていた。


 鹿を思わせる姿に白金の光をまとい、その背中には白鳥の翼の如き光の翼が生えている。

 身体も巨大化し、その数百メートルの巨体に反して軽やかに空を飛ぶ姿は、まさに驚異と言えるかもしれない。


「……(変わった?)」


 戸惑いながらも青年は本能の赴くまま霊獣の姿で滑空し、いずこかへと姿を消した。

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