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9本目 2度目のマルシェにて

後半からセシル目線です。

 セシル様と約束してから一週間後。私は二度目のローゼブル侯爵領にやって来ました。


「お嬢様、今日はオレが付き人ってことでいいんスね?」

「ええ、お願いね」


 私の隣を歩くのはマックス。うちの御者の青年です。

 先週の帰り際にセシル様とちゃんと使用人を連れて来ることを約束したので、今回は前回と同じく私をローゼブル侯爵領まで連れて来てくれた彼に付き添ってもらうことにしました。

 私がこっそりここに来ていることは、あまり多くの人に知られてはいけませんから。


「今日はトランクケースパンパンにお菓子詰めてきたんスね」

「ええ、前回はセシル様が呼び込みして下さったからすぐに売り切れてしまって……」

「いい人ッスね、セシル様って」


「すっげーポンコツに見えましたけど」と失礼な発言をするマックスを「いけませんよ」と叱ります。

 マックスは元冒険者なので少し言葉遣いが荒いところがあるのです。悪い人ではないのですが少し注意が必要です。


「あーあ、業務外労働するんだったら別途給料支給して貰わなきゃいけないッスね〜」

「ふふ。私のわがままに付き合って貰う上に販売作業もさせてしまうんだもの、勿論その分きちんとお手当てをあげなくちゃね」

「やりぃ!ありがとうございま〜す」


「臨時収入〜」と機嫌良さげに歩く彼は右足を微かに引きずっていて、私は彼の右側に移動しました。


「……お嬢様」

「お嬢様じゃありませんよ。今日一日、私のことはコレットと呼んで頂戴ね」

「うわー……旦那様にバレたらしばき倒されるやつッスよ……」


 市場を抜けて、青薔薇マルシェへ。

 噴水の見える広場まではもうすぐです。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



 広場に着くと、何やらそわそわと落ち着かない様子でうちのテントの前をうろうろしている男性が居ました。離れた所からでも分かるあのスタイルの良さ、腰まである長い銀髪。間違いなくセシル様です。いったい何をしているのでしょう。


「もしかしなくてもあれ、お嬢様のこと待ってるんじゃないッスかねぇ」

「えっ。私を……?」

「いやどっからどう見てもそうじゃないッスか?明らかにうちのテントの前をうろうろしてるんスから」


 なんてことでしょう。わざわざ私が来るのを待っていて下さるだなんて。セシル様の優しさになんだか胸が熱くなってきます。


「よし、今からあの子が来るからスマートに朝の挨拶、そしてスマートにお菓子の販売を応援する言葉を掛けて颯爽と退場、めちゃくちゃスマートでかっこいい男という印象を与えた上で販売終了と共に現れてスマートにデートに誘う!最高にスマートな計画……完璧だ……!いざ!」

「セシル様、おはようございます」

「! おはよ……!……う……」


 振り向いたアメジストの瞳が私を捉えた後、ついと流れて私の隣に立っていたマックスを射抜きました。形のいい眉がきゅっと寄せられて皺を刻みます。


「……誰だよ、そいつ」

「えっ。あ、うちの御者のマックスです。一人だけで行動しないという約束をしたので、今日はマックスに販売をお手伝いして貰おうと思いまして……」

「あっそう。ふーん」

「うわっ!なんスか!?」


 セシル様はマックスの頭のてっぺんからつま先までをジロジロと音がするくらい眺めながら、マックスの周りをぐるぐると回り始めました。初対面の人間と会った犬がよくする行動と少し似ています。警戒心丸出しです。大丈夫、怖くないですよ。どうどう。


「あんた、今日はこいつとずっと一緒なのかよ」

「は、はい。そのつもりですが……」

「いけ好かない面した奴だね」


 セシル様にじろりと睨み付けられ、マックスが身体を強ばらせました。マックスの顔が気に食わなかったのでしょうか。セシル様には劣るとはいえ、マックスも結構若いメイドに人気のある顔立ちをしているのですが。


「あんた」

「はっ、はい!なんスか!?」

「その顎の剃り残したヒゲ。清潔感が欠けてるよ。これから接客をするっていう意識が足りてないんじゃない。それに貴族に仕える使用人としてもマイナスだね。出直して来な」

「げっほんとだ、剃り残しがある……。うっかりしてたッス、すみません」


 私はマックスの顔をまじまじと観察しました。言われてみれば、たしかに顎下や口の端に髭の剃り残しがあります。曲がりなりにもダンデリオン伯爵領の看板を背負って来ているのです。身だしなみは大切ですよね。


『見て見ぬふりをせずにきちんと指摘して下さるなんて、本当に親切なお方……』

「もう今日は仕方ないとして、次からは気を付けなよ」

「はい!ありがとうございます!」

「よし、じゃあ回れ右」

「は?」

「聞こえなかったの?回れ右。そこから三歩進んで気をつけ」


 マックスは訳が分からないという顔をしつつセシル様の言う通りに動きました。私の数歩後ろで立ち止まったマックスを鋭い目付きで見つめ、セシル様はしなやかな動作で腕を組みました。そしてふんぞり返ります。


「今日一日はコレット嬢とその距離を保つこと。いいね?」

「え、でも今日はお忍びだから別に主人の後ろを付いて歩かなくても良いんじゃ……」

「返事はハイか畏まりましたの二択だよ」


 マックスは納得がいかない顔をしながらも渋々頷き、「でも販売中は勘弁して欲しいッス」と私にだけ聞こえる声で言いました。私も少しやり過ぎではないかしらと思ったのですが、セシル様が言うのですから離れておいた方が良いのでしょう。私はにっこりと微笑みました。


「それでは、私達はお店の開店作業の方に移りますので……」

「ああ、もうそんな時間か。……もうちょっと話してたかったけど……まあ後でいいか」


 セシル様はポケットの中に手を突っ込むと、ふっと少し表情を和らげ、「じゃあボクは今日初出店の店の様子見に行ってくるから。また後で顔を出すよ」と手を振って行ってしまいました。


「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


 私は彼の背中に手を振りながら見送ってから、くるりとマックスの方を振り向きました。


「今日は朝から一緒に居たのに、あなたの剃り残しなんて私全然気付かなかったわ……。セシル様からとても親切に御指導頂けて良かったわね、マックス」

「はあ、最後の離れろってやつは多分使用人としてのうんたらとは関係ないと思うッスけどねぇ……」


 セシル様の後ろ姿を眺めながらマックスは何故か微妙な顔をしています。いったいどういう意味なのでしょう。私はぱちりと目を瞬かせ、首を傾げたのでした。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「ここからここまで、一種類ずつ」

「…………」


 マルシェ開始の鐘と共に初出店の店舗から帰って来たセシル様。彼が言い放った衝撃の大人買い発言に、お菓子を詰めようとしていた手が止まります。


「なんだよ、駄目なのかよ」

「い、いえ……」


 まさかこんなに買って下さるとは。

 今日はトランクケースパンパンに詰めて来ましたが、次来る時はトランクケースをもう一つ増やした方がいいかもしれません。

 隣のマックスが「うわー……」と若干引いています。こら、いけませんよ。


 お金を頂いてお釣りを渡すと、セシル様はちらりとマックスの方を横目で見て……キュッと目を吊り上げました。


「むっ……」

「ん?な、なんスか……?」


 セシル様はてくてくと歩いて販売員側の方に来ると……ぎゅむむっ、と私とマックスの間に割り込みました。


「えっえっ」

「何!?なんなんスか!?」

「…………」


 ぬーん、とその場に居座るセシル様。

 謎の行動に動揺する私達。……の視線を浴びたセシル様はカッと目を見開き、パァンパァン!と広場中に響く程の音で手を叩きました。


「らっしゃい!ダンデリオン伯爵領の良質な小麦を使った自然派お菓子!一度食べればやみつきになること間違いなしだよ!さあ買った買った!」

「ええっこの流れで呼び込みですか……!?」

「しかも売り込みスタイルが八百屋のそれ!うわっ!めちゃくちゃお客さんが来たッスよ!」


 セシル様、どうやら今日も呼び込みを手伝って下さるみたいです。

 ぞろぞろとやって来たお客様を相手にテキパキとお菓子を売り捌いていくセシル様。よく分かりませんがとても有難いです。


 そうしてなんと、今日はお菓子の量を増やしたのにも関わらず、たったの一時間半で全てのお菓子が売り切れてしまったのでした。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 十一時半。まだおやつ時どころか、やっとお昼ご飯時に差し掛かったくらいの時刻。


「ふふん」


 さすがボクが手伝っただけあって、お菓子はすぐに完売した。先週買った客がリピーターになったり、美味しいという評判を聞いた人が買いに来ていたから当然の結果だろう。ボクはにやりと口の端を持ち上げた。


 ところで。


「これ何処に仕舞えばいいッスか?」

「それはそっちのトランクケースに入れて頂戴」

「了解ッス」


 仲良さげに店の片付けをしている二人。ボクはギリリッと奥歯を噛み締めた。


『なんなんだよ、こいつ……!』


 コレット嬢が連れて来たツンツン頭のこの男。言葉遣いといい、態度といい、存在全てがいけ好かない。何よりコレット嬢との距離が近すぎだ。

 使用人を連れて来いって言ったから、こいつに御者させてここまで連れて来てもらってそのまま販売員にすれば良いというのも頭では理解出来る。でも。でもだ。


『馴れ馴れしく話し掛けんじゃないよ、コレット嬢から離れろよ……!』


 ボクには遠く及ばないけど、無駄に顔が整っているのが腹が立つ。メラメラと嫉妬心が燃え上がり、奥歯がギリギリと音を立てた。


「今日もすぐに売り切れちゃったわ……」

「あっという間だったッスねぇ」


 彼女は十六時に帰るから、今日は五時間も余裕がある。まずは腹ごしらえだ。マルシェを巡って食べ歩きして、それでその後はいろんな国のお菓子をお腹いっぱい食べさせてあげるんだ。そして最後は……。


『喜んでくれるかな……』


 ごそごそとポケットの中の小さなプレゼントを手で確かめ、自然と口元が緩む。

 ボクはすーはーと深呼吸し、彼女の方に向き直った。


「ねぇ!あんたさ、この後ボクと……」

「じゃっ、今日はもうこの後用事も無いし、とっとと帰るッスよ」

「…………」


 えっ。


『ち、違うだろ。彼女はボクと……!』


 ボクの声を遮ったツンツン頭。それについても腹は立つが、問題はそこじゃない。

 せっかく彼女と一緒に過ごす為に販売を手伝って早めに終わらせたのに、もう帰るだなんて冗談だろ。


『なんで。なんで。手伝った意味が無いじゃないか!』


 何言ってくれちゃってんだ、このツンツン頭。イガ栗頭。ウニ頭。

 ああでもどうしよう。もう目的も達成したし、今帰ってしまったって彼女にとっては何の問題もない。お願いだからまだ帰らないでくれと神に祈りながら彼女の反応を待っていると。


「ごめんなさい、もう少しだけここに居させて貰っても良いかしら。お菓子の材料に良さそうなものがあると聞いたの」

「なんだ、まだ用事があったんスね。オレは全然大丈夫ッスよ。報酬分は最後まで責任もってお供するッス」

「ええ、ありがとうマックス」

『えっ』


 ポカンとしていると彼女がくるりと振り返り、そして微笑んだ。


「先週、トウカ国の商人が来ると教えて頂きましたので……。セシル様、シナモンの入ったお菓子はお好きですか?」


 ボクはポカンとした間抜けな顔のまま答えた。


「めっちゃ好き……」

「めっちゃ好き、ですか。ふふっ、よかった。さっきから風に乗って美味しそうな匂いがしてましたものね。私もシナモン、大好きなんです」


 この流れって、この流れってもしかして。


「来週はセシル様にも喜んでいただけるようなシナモンのお菓子を沢山作って来ようと思ってるんです。普段あまり手に入らないものも多くあると思うので……もう少しだけお邪魔しますね」


 残留確定。大勝利。


「ボクが案内してやるよ!」


 ボクはこのチャンスを逃すものかとすかさず案内役を買って出た。買い物からデートに持ち込み、スマートにプレゼントを渡す。これしかない。


「あの、でも……ご迷惑になりませんか?」

「迷惑なわけがあるもんか!ボクが好きであんたを案内するんだ!遠慮は要らないよ!」

「でも何だか私、申し訳なくて……」

「……へぇ。あんたはボクをろくに自分の領地の案内もしない不親切な男にするつもり?」


 実を言うとこの不快極まりない男と二人きりで街歩きなんて絶対にさせたくないと言うのが本音ではあるのだけど。彼女はボクが貴族としての体面を気にしていると思ったのか、顔を青くして首を振った。


「そんな……滅相もありません!……あの、それでは恐れ入りますが、本日もお世話になります……」

「ふふん、分かればいいんだよ。何かあったら困るから、絶対ボクの隣から離れるなよな」

「はい、分かりました」


 ふっくらと微笑んだコレット嬢。可愛い。今からこの子と一緒に街を歩くんだなぁと思ったらにやけてしまって、顔をそらした先でツンツン頭とばっちり目が合った。


「うっわぁ……わかりやすっ……」

「…………」


『こいつ嫌いだ』


 コレット嬢に対してもそうだけどボクに対してもめちゃくちゃ失礼だ。馬鹿にしてる。いっそ馬に蹴られてしまえ。 


「はいはい。じゃあ俺は離れた所から護衛してるんで、お嬢様のこと頼んでもいいんスかね」


 面倒臭そうに頭をかいたツンツン頭にボクは頷いた。そして叫んだ。


「絶対!離れて!ついて来てよね!」


 デートの邪魔なんてされてたまるものか。

 敵対心剥き出しで睨み付けると、ツンツン頭はボソリと「特別手当貰わないと割に合わない仕事引き受けちまったッス……」とため息を吐いた。




お読みいただきありがとうございます!

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