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8本目 裏×表LOVERSのセシルという男について

セシルの母目線のお話です。

「セシル・ローゼブルの好きな女の子のタイプ……やっぱり、ゲームの通りね」


 暗い部屋の中、セシルの母は占いで出た結果のカードを見つめてくすりと微笑んだ。


 セシル・ローゼブル。傾国の美貌を持つ次期侯爵様。……という設定だ。

 今は自分の息子である彼は、とあるゲームに登場するキャラクターだった。


 この世界に来る前にどハマりした超大ヒット乙女ゲーム、【裏×表LOVERS】……通称ウララバは、攻略対象全員に裏の顔と表の顔があるというギャップ好きには堪らない作品である。

 魔法学園を舞台にした恋愛やバトル要素。キャラの魅力を存分に生かしたストーリーもさることながら、神絵師が手掛ける美麗イラスト、スチルや立ち絵のあまりの美麗さに口から破壊光線を出した者は数しれず。一作目では攻略対象である褐色アラブ系留学生のアベルきゅんを推しに推して何度もやり込み、私も友達と一緒に朝から晩まで騒いでいた。


 セシル・ローゼブルはそんな人気作の次の世代を描いた続編……ウララバ2の攻略対象だった。

 新作発表の時に公表された攻略対象紹介で圧倒的な顔の良さとキャラデザの美しさを見せつけて一気にネット上で話題になり、ガチ恋勢や同担拒否勢が沸いて出てくる人気っぷり。彼を攻略出来る日はまだかと発売日前からタイムラインがセシルのファンアートで溢れていた。

 しかし発売されてみると肝心のセシルは共通ルートの最初の入学式のシーンに出てくるだけで、他のキャラのルートでも脳筋キャラのゾノのルートにたまに出て来て生徒会メンバーとしての上っ面のみの会話がある程度。その他はほぼ全くと言っていいほど出てこなかった。中盤からのルート分岐の場面でも何度やってもセシルは現れず、どうにかしてセシルのルートに入ろうと何回もやり直した。

 しかしとうとう50周ほどやってもセシルは現れず……とうとう攻略サイトに手を出した。


 セシルのルートに入れないその原因は、2作目から導入された新しいシステムにあった。


 2作目では前作に引き続き魔力量、優しさ、自信、賢さ、運動神経のパラメータ以外になんと体重があり、特訓をせずおデブになってしまうと何もしていなくても攻略対象達の評価が下がっていくというかなりシビアな機能が追加されていた。逆に痩せれば痩せるほど攻略対象達の評価は上がり、セリフもかなり甘いものになる。

 要はヒロインが痩せるよう、他のパラメーターも気にしつつ必死に特訓をする必要があるのだ。


 そしてセシルはこの国きっての超絶美男子。彼と釣り合う女になるには並大抵の美しさでは足りない。だから美意識を極限まで高めないとダメなのかと思って必死に体重を落としていたのだけれど。


「逆だったのよね〜」


 セシルはまさかまさかのぽっちゃり好きだった。

 セシルのルートに入るには分岐時点で優しさのパラメーターがほぼカンストの一定の数値以上であることと、体重が一定の数値をオーバーすることが条件。つまり他の事は何もせず、ひたすら人助けをして優しさのパラメーターのみを上げていればセシルのルートに入れるというめちゃくちゃ簡単なシステムだったのだ。


 セシルとの邂逅は序盤も序盤、手作りお菓子を渡すという好感度アップイベントで起きる。

 通常なら「張り切って作り過ぎちゃった。誰にあげよう……」という独り言と共に選択肢が出てきて、選択した攻略対象の好感度がアップするのだが、体重が一定の数値をオーバーしていると「これも自分で食べちゃおうかしら」という食いしん坊バンザイな選択肢が新たに出現する。そこで自分で食べようとしていたところにセシルが通りがかり、何やら物欲しそうな顔をした彼にお菓子をあげるとそこからセシルルートに入れるのだ。そもそも他のキャラのルート分岐が3章後半なのに対しセシルだけ2章の中盤のただの好感度アップイベントがルート分岐だなんて聞いてない。完全なる罠である。


 因みに優しさが足りないと「あの、良ければ召し上がって下さい」という選択肢が出て来ず、セシルに気付かないまま1人でお菓子をむしゃむしゃしてイベントが終わる。


「あんなの攻略サイト見なきゃ分からないわよ!」


 まさかの二重構造。セシルのあまりのガードの固さに思わず「身持ちの固い男ね!」と叫んでしまったあの日。


『今思えば遠い昔のようだわ。いえ、プレイした日から20年以上も経ってるんだからめちゃくちゃ昔だわ。でも私よく覚えてるわ、天才ね』


 ……と、己の記憶力を褒め讃えたところで意識を戻す。


 苦労してやっと辿り着いた念願のセシルのルート。わくわくしてプレイしてみると、セシルの裏の顔があまりにも酷くて頭を抱えた。実は腹黒でマフィアのボスとかそういうのではない。そういうのではないのだけれども。


 表の顔のセシル・ローゼブルという男は常に優美な笑みを堪えている王子様のような完璧な人間で、物語の最後の卒業式は必ず首席で卒業するような超優等生だったのだ。


 それが裏の顔になると。


 なんと侯爵家の跡取りとして相応しい立ち居振る舞いをしなければいけないという意識を拗らせ、素の状態では思春期の中学生みたいな口調で喋る童〇感丸出しの純情ボーイだった。

 感情豊かで表情も豊か。その上ツンデレ属性持ちの照れ屋で赤面カットの多いこと多いこと。いつの間に私は花も恥じらうツンデレ美少女を攻略するギャルゲーをプレイしていたのかしらと本気でパッケージを確認した。


 更にセシルはドジっ子属性でもあり、何も無いところで転けるわ騒がしいわポンコツだわで目も当てられなかった。よくこんなので今までボロが出なかったなと不思議になるくらいにポンコツな男だった。どうやらそのポンコツさを隠す為にいつも人目につかない生徒会室に引き篭っていたせいで全然主人公の前に現れなかったらしい。私はここでも身持ちの固い男ねと叫んだ。


 情緒不安定でよく泣くし、その上運動はてんでだめなのに責任感が強く街中を駆けずり回って人助けしてボロボロになっているし、手先が器用で多趣味だしなんだこの属性てんこ盛り男と突っ込みつつ、気付けば私も沼にハマり。

 最終的には全年齢対象ギリギリのかなりアダルトなヤンデレ監禁メリーバッドエンドのスチルとボイスにきゃあきゃあと興奮してベッドをのたうち回る程にどハマりしていた。

 ……彼を息子に持った今ではあまり思い出したくないスチルである。


 そんな彼のあまりに中毒性のあるキャラにまたファンが急増し、セシルのオンリーイベントが開かれる程だったのは言うまでもなく。

 乙女ゲーム全体のキャラ人気投票で、昔から根強い人気のある他のゲームの殿堂入りキャラを押し退けて堂々の1位に輝いたのも妥当な評価と言えるだろう。


 そうしてこの世界に来た私とオリブとの間に産まれた現実の彼……息子のセシルは、魔法学園を卒業しても恋人は居なかった。

 ゲームの中でもそうだったが、この国ではほっそりとしたシルエットの女性が美しいとされる風潮がある。しかしセシルは細い女性が苦手らしく、縁談も全てのらりくらりとかわしていた。

 そして休日は街に出掛けて人助けしたり、街の子どもの面倒をみてやったり美味しいものを飲み食いしたりして領民と一緒に遊んでいる。

 つまりここはヒロインがセシルを攻略しなかった世界線ということだ。


 となると、他にセシルの相手となる女性が出てくることが分かる。

 いったいそれは誰か。勿論ぽっちゃり体型の、優しさがカンストした聖母のように優しい女の子だ。


 侯爵家と釣り合う家柄で、華奢なのが美しいとされる世間でぽっちゃり体型。魔窟のような貴族社会の中でも性格がひねくれていない優しい子。

 ……そんな絶対居ないでしょという条件に唯一当てはまったのがコレット・ダンデリオン伯爵令嬢ただ一人だったのだ。


「コレットちゃんを家に呼んで普通にセイちゃんと会わせる予定だったけど、まさかマルシェにやって来て偶然出会うなんて……これはまさに運命ね」


「愛だわ!」と叫んでカードをばら撒く。はらはらとカードが舞い、《恋人》のカードがテーブルの上に舞い落ちた。バイオリンを弾く男、それに寄り添う女。うっとりと見つめ合う二人……。


「ふふっ。私もまた恋をしなくっちゃ」


 椅子を引いて立ち上がり、ドアを開ける。向かう先は勿論、愛する夫の元だ。


「オリちゃん」


 コンコンと彼の書斎のドアをノックして声を掛けるとドアの向こうから彼の気配がして、私はにっと口角を上げた。


「この間、美味しいお茶をいただいたの。私、あなたのバイオリンの演奏を聴きながら飲みたいわ」


 彼は推しじゃないけれど。

 それでも、いつまでも色褪せない恋心がここにある。


「久しぶりに弾いてくださるかしら?私の素敵なバイオリニストさん」


 ああ、恋とはなんて素晴らしいものなのかしら。


 快い返事の後、バイオリンを手にした夫が出て来る。

 私は出会った頃より少し逞しくなったその首に勢い良く抱き着きながら、今は息子であるセシルの恋も素敵な結末を迎えられることを祈り、ひっそりと微笑んだのだった。



母はひょんなことから異世界から転移してきました。

名前はあえて出さない予定です。

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