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番外編 セシルとルートの熱砂訪問④

「メイ」


 ルートとセシルが眠そうな目を擦りながら客間へ向かった後、ゾノはメイの部屋を訪れていた。


「何よ、ノックくらいしたらどうなの?その無駄に太い腕は何のためについてるのよ」

「お前の涙を拭いてやるためだ!」

「……そう」


 ソファに横たわるメイの横に、どっかりと腰を下ろす。「もう少し静かに座れないの?」と不満げなくぐもった声が聞こえて来て、わしわしと頭を撫でてやる。


「膝枕をしてやろう」

「硬いからお断りよ」

「ならば腕枕」

「どこもかしこも硬いのよ」


 小さく鼻を啜る音が聞こえ、細い身体にベストを掛けてやる。メイは女の身で宰相になることを親や親戚、王の臣下達にも否定されて来た。誰よりも賢く、そして気高く美しくあろうと必死に戦ってきた身体だ。


「俺よりメイの方がずっと宰相に向いている」

「何よ、今更分かり切ったこと言って。当たり前でしょ、アンタみたいな筋トレ馬鹿に熱砂の頭脳が務まるわけがないじゃない」

「メイは賢い」


「でも、賢いのと自分の気持ちを抑え込んで物分りの良いふりをするのは別だ」と言うと、髪に隠れて見えなかった顔が上を向いた。


「いつから気付いてたのよ」

「最初からだ」

「ゾノにしては勘が鋭いじゃない」

「兄の勘だ」

「野生の勘の間違いでしょ」

「そうとも言うな」


「旨い」とテーブルの上のトウガラシスティックをばくばく食べているとまたメイが横を向き、ゾノからは表情が見えなくなる。いつもの強気なメイはすっかり何処かに行ってしまったようだ。


「知ってたのよ、アイツが可愛らしくて穏やかな優しい子がタイプだって。可愛げのないあたしとは正反対。食の趣味だって、辛いものが好きなあたしと甘党のアイツでは合わないって分かってた。……それでも好きだったのよ、馬鹿でしょ?大声で笑い飛ばせばいいわ」

「メイは馬鹿じゃない。賢い。さっき言っただろう」

「そういう事を言ってるんじゃないのよ」

「それに、メイは可愛い。それを上手く表に出せないだけで。苦手な甘い物も克服しようとこっそり影で練習していただろう?」

「新入生代表に選ばれなかったのが悔しくて初対面からあれだけ憎まれ口叩いたんだもの、淑やかで可愛げのある女のふりなんて今さら出来っこないわ」

「メイにはメイの良さがある。メイは凄い。歌も上手いし、美人で努力家だ」

「身内に褒められたって嬉しくないのよ」

「それは残念だ」


 3年も一緒に過ごしていたらどうしたって分かってくる。メイはセシルの好きな女性のタイプと自分の性格が全く違う事に気付いていながら、それでも一生懸命恋をしていた。


 トウガラシスティックの入った器をザーッと口を開けて平らげ、また背もたれにもたれ掛かる。メイはすんと鼻を鳴らして、ぽつりぽつりと口を開いた。


「欲張りなのよ、あたし。欲しい物は全部手に入れないと気が済まないの」


小さく身体を丸める、意地っ張りで、どうしようもなく素直になれない双子の妹。宰相になれば侯爵家の跡取りであるセシルとは結婚することは出来ない。それでもどちらかを諦めることも出来ず、ずっと必死に手を伸ばし続けていた。


「あたしがこんな強欲じゃなくて、もっと可愛げのある女だったなら。もっと素直になれてたら好きになって貰えてたのかしら。甘い物だって無理して食べて、美味しいって笑えてたなら……」

「メイ、もう無理しなくていい。いいんだ」


「まだ恋はこれから幾らだって出来る」とメイの頭をぽんぽんと撫で、もぞりと動いた細い手の拳を解いて握る。細い女の指には似合わない大きなペンだこが痛々しかった。


「手を握っていてやろう。お前は昔から何かあると手を握り込んで、自分の爪で手のひらを傷付ける癖がある」

「……馬鹿」


「やっぱり、どこもかしこも硬いのよ……」という抗議の声と裏腹に、ゾノの手を握り締める手の力は強く、小さく震えていた。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「Ahーーーーーーーー!!!!!!」


 天まで轟く程のシャウト。瞬間沸き上がり、熱狂する観客。


 ステージの上で圧倒的な歌唱力をもって力強い歌声を響かせるメイ。ボクはそれを後方で眺めつつ、隣で腕を組んで仁王立ちしているゾノの脇腹を小突いた。


「メイ、いつ見ても圧巻のパフォーマンスだね」

「うむ!!!」


 つくづく思うが、こいつは身体がでか過ぎる。そのせいで他の観客の邪魔になってしまうため前に行くことも出来ず、一応演奏者の身内なはずなのにステージから一番遠い位置に居る。


「お前の弟も凄いパフォーマンスだな」


「指の動きが速すぎて残像しか見えない」というゾノに頷く。そもそも遠過ぎてここからではあまり見えないということを抜きにしてもルートの手の動きがあまりにも人間離れし過ぎている。指の残像が見えるだけ凄い。こいつどれだけ視力あるんだ。


「男なんて必要ないわ 自分の力で生きるの 邪魔しないで あなたは私に必要ない」


 メイが書く詩は男を必要としない強い女性の心情を表したものが多く、そんな彼女に憧れる女性や男性のファンが多い。


「メイ様、かっこいい……!同じ女として憧れちゃう!」

「メイ様……いつ見ても気高く美しく素敵な女性だ……」

「踏んで下さい女王様〜!」


 自立した力強い女性像としてメイを慕う熱狂的なファンも多い。

 ……最後の掛け声は聞かなかったことにする。


 2人のパフォーマンスに聴き入っているうちにあっという間に全ての演目が終わり、アンコール。いったい最後はどんな派手なフィナーレが待ち受けているのかと観客が息を飲む中、ゾノが呟く。


「アンコールの曲は、昨日お前達が寝た後に書いていたものだ」

「えっ昨日!?音響はどうするのさ!?」

「アカペラで歌うらしい」


「嘘でしょ」とステージの上を見つめる。全ての演奏が止まり静寂に包まれる中、メイは観客の視線を一点に受けている。そしてすぅっと大きく息を吸い込んだ。


「アンタってほんと馬鹿ね あたしに靡かないなんて」


 癖のない伸びやかな歌声が響く。まるで誰かに語りかけるような、普段と違うその優しい歌声に観客がざわめく。


「もっとあたしが可愛くて もっと素直になれたなら アンタはあたしに振り向いたかしら その薄い唇で愛を囁き あたしを抱いたかしら」

「メイ……?」


 メイのこんな歌声、初めて聴いた。いつも力強く、豪胆で高飛車な彼女がこんな切ない歌を歌うなんて。


 素直になれず、恋に破れた女の歌。隣のゾノにちらりと視線をやると「今はちゃんとメイの方を見ていろ」と注意された。


「愛してたなんて言ってやらないわ byebye 鈍感で愛しいお馬鹿さん」


 泣いているみたいな声が、空気にとけて消えた。


 曲が終わり暫しの余韻の後、観客がわぁっと一気に沸いた。


「凄い!こんな曲も歌えるなんて!」

「今までとイメージが違ったけどこんなしっとりした曲も悪くない。寧ろめちゃくちゃ良い!」

「しかもアカペラ!楽器が無くてもあの歌唱力!益々ファンになっちゃった!」


 ステージを見て興奮冷めやらぬ様子の観客が口々にメイを称賛し、より一層彼女の魅力に取り憑かれていく。


「凄いステージだったね。メイってこんな曲も歌えるんだ……。うん、悪くなかった」


 寧ろとても良いものを見せて貰ったと思う。友人の新たな一面を目にしてふっと口角を上げると。


「悪くなかった、か……。セシル、一発殴らせて貰ってもいいか」

「なんで!?アンタに本気で殴られたらボク死んじゃうよ!」

「じゃあデコピンにしておいてやろう」

「やめてよ頭蓋骨粉砕しそう!」


「あ痛ぁーーッ!!!」という悲痛な叫びが歓声に飲み込まれて消える。


 ボクは訳も分からぬまま額にデコピンを食らい、釈然としない気分のままメイのコンサートは終了した。


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