番外編 セシルとルートの熱砂訪問③
カラカラとルーレットが回る。
駒が進み、新たな岐路へ。そして突然の借金地獄――。
「あーーーッ!!!また負けた!!!」
「無様ね」
「坂道をコロコロと転がり落ちるさまを見ているようだったな!」
「運が悪すぎて僕も見ててちょっと可哀想になっちゃった」
人生ゲーム4週目。食事が終わってから談話室に集まり、ボードゲームを囲んで暫く経ったが、ボクは前世もそのまた前世も、なんなら前前前世から負け越していた。世も末にも程がある。
「安定した職にも就けず結婚もせず、ギャンブルに嵌って家も買えずに借金だけ抱えて最下位でゴールだなんてさすがセシルね。憐れにも程があるわ」
「生きてて楽しいか?」
「ひっどい人生!絶対嫌だよこんなの!」
「寄って集って傷を抉って塩を塗りたくるなよ!?」
酷い言われようだ。自分だって嫌だこんな人生。
そして何気にゾノが一番酷い事を言ってくる。見たまま思った事を言っているだけなのが悪意が無いだけに心に刺さる。
「憐れんでないで励ませよ!」と半泣きで叫ぶと、ゾノに「途中で自ら死を選ばないだけえらいぞ」と励まされた。あってたまるかそんなマス。
でもほんとにこんな人生だったら耐え切れなくて首を吊っているかもしれない。よかった現実はお金持ちの超絶美青年で。
「せめて結婚くらいしなよ、ずっと一人で馬車移動してるじゃん」
「出来るもんならやってるよ!ボクだって好きで4週連続独り身してるわけじゃないんだからな!」
「一匹狼もここまで来ると群れからはぐれただけに見えるぞ。迷子なら俺が手を引いてやろう!」
「うるさいうるさい!ボクだって結婚したいってば!」
ただ結婚する機会が無かっただけ。結婚のマスに止まっても、ルーレットの目がことごとく外れて嫁が来なかったのだ、残念ながら。
「ぐぬぬ……」と結婚のマスを睨み付けていると「現実でもそろそろ結婚したらどうなのよ」とメイが頬杖をついた。
「家を継ぐのならいずれ所帯を持たないとでしょう。アンタ性格はともかく、顔だけは良いんだからまさかモテない訳でもないでしょうに」
「だけって言うな、だけって!他にもいいところいっぱいあるだろ!」
「そこら辺に落ちてるんじゃないの?拾って来なさいな」
「キーーーッ!!!」
学園時代から変わらず、メイはボクの事をめちゃくちゃに見下してくる。他の人には見せない素を見せてしまっているから馬鹿にされているのだろう。
ぐぬぬと歯を軋ませていると、ルートが「兄さんとメイさんって結構仲良いよね」と言いながらルーレットを回した。どこをどう見たらそう見えるんだ。
「他に好きな人が居ないなら、メイさんと結婚したらいいのに」
「えっ!!?」
「……え?」
ルートの口からサラリと呟かれた、爆弾よりも酷いダイナマイト発言に勢い良く振り向く。
ルート、今なんて言った。
『ボクとメイが結婚だって?』
メイとは学園時代、座学のテストの成績をずっと争っていた仲だ。入学してすぐに入試テストの結果が張り出されていて、そこでボクの下に並んでいた名前の表記でメイの存在を知った。でも女の人でこんなに頭のいい人は珍しいな、と最初はそれだけで。その入試テストの結果でゾノに気に入られ、それに引っ付いて来た形でメイと初めて顔を合わせたのだが。
「初めまして。突然で申し訳ないのだけれど、死んで下さる?」
――と、初対面で殺害予告をされたあの衝撃をボクは一生忘れないだろう。
聞けばメイは学園に成績トップで入れたら女の身で宰相になる事を考えてやってもいいと言われていたらしく、ボクが居たせいで一番になれなかったのでボクの事を親の仇の如く恨んでいたらしい。
その時は申し訳ないと思ったけど、ボクだって必死だった。魔法が殆ど使えないくせに魔力持ちの義務として魔法学園に入らなきゃいけないもんだから、それはもう死に物狂いで勉強した。その結果が一位だったのだから許して欲しいと必死に懇願して許して貰えた。蹴られたけど。
それからなんだかんだでゾノとメイとボクの3人で過ごす事が多くなり、2年の後期からは3人で生徒会もやった。つまりメイとはずっと一緒に居たのだ。
頭脳派の家系に生まれ女でありながら宰相の座を狙うメイと、努力で知識を詰め込みまくって実技の成績をカバーしようと躍起になるボク。いつもギリギリのところでボクが勝ち、やったぁと全力で喜んでいたらその度にげしげしとかなり強めに踏み付けられて。
そんなメイと、ボクが結婚。
ちらりとメイの方を向くと、相変わらず形のいい眉を吊り上げたメイと目が合った。切れ長の瞳がボクを映す。
とても整った顔立ちだ。身体の凹凸もはっきりしていて女性らしい丸みがあり、それでいて程よく引き締まった身体には一切無駄なものがない。長く艶やかな黒髪が主張の激しい胸元を流れて。きっと熱砂の宝石とは彼女のような人のことを言うのだろう。
メイはボクの瞳をじっと見つめるとふわりと目を細め、口の端を持ち上げ。
……フン、と鼻で笑った。
「嫌だよこんなボクを鼻で笑ってくるような可愛げのないやつ!こんなの嫁にしたら胃がもたないって!学園時代から3年間口喧嘩で一度も勝てたことないんだよ!?」
「あら、あたしだってお断りだわこんな女々しくてちょっと言い返したらピーピー泣く男。防犯ブザーにするくらいしか使い道がないじゃないの」
「ほらこんな事言ってくるし!どこの世界に旦那を防犯ブザー代わりにする嫁が居るんだよ!?」
「えー僕メイさんが義姉さんになってくれたら凄く嬉しいのに〜。歌も上手だし、優しいし美人だし!」
「あら、嬉しいわルート……。可愛すぎて本当に弟にしちゃいたいくらいよ。こんなうるさいハエなんてやめてあたしの弟にならない?」
「わぁい!是非!」
「是非じゃない戻って来い!」
メイに頭を撫でられ目を輝かせるルートをべりっと引っぺがす。メイはルートにはとても甘い。ボクにもこれくらい優しくしてくれればいいのに。
そして防犯ブザーからハエに格下げされた。ハエを払うみたいに手でしっしっとされる。あれおかしいなボク一応絶世の美青年のはずなんだけど。
「メイさんと結婚しないにしても、そろそろちゃんと選んだ方がいいでしょ。諦めてさっさと人生の墓場に入りなよ」
「言い方!……結婚したくても、タイプの子が居ないんだからしょうがないだろ」
縁談なら来る。山ほど来る。何がどう違うんだというような、似たり寄ったりの微笑を浮かべたほっそりとした女性達の絵が毎日送られて来る。数が多過ぎて全てに目を通していたら日が暮れて朝になるくらいにだ。
それなのに結婚しないのはいったい何故なのか。
理由は単純明快。タイプの子が居ない。ただそれだけである。
最近は貴族でも恋愛結婚が主流だし、ボクだってちゃんと恋をして好きになった女の子と結婚したい。
間違っても、こんな、ボクをハエや防犯ブザー扱いしない、優しい女の子と、だ。
「好きなタイプって何よ」
「俺は小さいのが好きだ!」
「アンタには聞いてないわよ」
「えー、ボクの好きな女の子のタイプ?恥ずかしいなぁ……へへへ……」
「頬染めないでよ気色悪いわね」
「き、気色悪い!?」
「僕聞かなくていいよ兄さんの好きなタイプとか心底興味無いし。もっと言うと兄さん自体に興味が無い」
「お前はもっとボクに興味持てよ!」
「えー」
この場に居る人物の中で、隙あらばボクに暴言を吐いてくる人物が2人も居る。そして残る1人は無自覚に傷を抉ってくる。敵しか居ない。
「ちまっとした嫁を肩に乗せて街を歩くのが夢なんだ」とムキッと腕を曲げるゾノ。それ、子どもじゃダメなんだろうか。肩に乗るサイズの成人女性って相当限られて来ると思うんだけど。
「自分を肩に乗せて歩けるほどの強靭な肉体を持つ男……きっと頼りになると思われるに違いない!」
「それは否定しないけどさ、色々問題はあると思うよ?ほら、体格差あると結婚してからかなり大変だろうし……。それに小さな身体で宰相の嫁としてのプレッシャー抱えるなんて荷が重いだろ」
「重いものなら俺が持つから問題ない!」
「ダメだこいつ脳筋すぎて話が通じない……」
このバカの手綱を握れる女性が現れることを祈るしかない。
「結婚かぁー」
今一番結婚から遠い年齢であるルートがココナッツジュースを片手に天井を見上げる。
「僕はまだ恋とかしたことないから分かんないなぁ。僕は将来どんな人と結婚するんだろ。全然想像もつかないや」
「ちまっとした女はどうだ」
「やめろよボクの弟に変な趣味を植え付けるなよ」
「うーん……華奢な子は可愛いと思いますけどね」
「そういえばルートの国は華奢な女が多かったな。お国柄か。学園時代はセシルとメイとしかつるんでいなかったからあまり周りは見ていなかったが、またあちらに行って嫁を探すのも良さそうだな」
「華奢な女性が美しいって風潮がありますし、たしかにそれもいいかもしれませんね」
我が国の華奢な女性の話で盛り上がるゾノとルートの会話に、ボクはぽつりと呟く。
「……ボクは、無理矢理自分の身体を細く見せるのはどうかと思うけど」
実際よりも細く描かれた見合い用の似顔絵。せっかくパーティーで用意された食べ物もきつく締め上げたコルセットのせいで食べられず、酷い時には胃を圧迫されるあまりの苦しさに倒れてしまう令嬢も居る。そこまでして追求する美にいったいどれ程の価値があるというのだろうか。
「ボクはご飯とかお菓子とかを笑顔で食べる子がいいな。毎日一緒に食卓を囲むのが楽しくなるような……優しくて、穏やかで、抱き締めたら温かくて柔らかい子」
女性特有の柔らかさや弾力を奪う風潮は如何なものかと思う。ふっくらしてた方が絶対抱き心地が良いのに。
「好きな物を好きなだけ食べて、それで幸せそうにしてる子をずっと眺めてたいな」
そういえば、何処かでそんな子を見たような気がする。
いつも手にお菓子を持っていて友達と一緒にお喋りしながら穏やかな笑顔を浮かべている、そんな女の子が――。
「メイ、どうした?トウガラシスティックを食べる手が止まっているぞ」
「……なんでもないわよ」
トウガラシスティック。その名の通りトウガラシをすり潰したものをそのまま練り固めてスティック状にした、メイの大好物だ。名前の通りめちゃくちゃに辛い。兄妹揃ってボクとは食の趣味が合わない。
「飽きずによく食べるよね……ボクは絶対無理」
「あらそう。あたしは今どこかの誰かさんのせいで気分が悪いの。……悶え苦しみなさい」
「むぐっ……うわあああぁぁぁ!!!辛いーーーー!!!!!」
「うるさっ……あーもー耳痛い……これだから嫌なんだよこの人……」
学園時代以来のあまりの辛さにボクは散々大騒ぎし、結局またルートに頭から冷水を掛けられて事なきを得たのだった。
さっきより倍の量の水をぶっ掛けられた気がするんだけど気の所為だろうか。気の所為だと思いたい。
ルートがセシルのことを苦手な理由は「声がデカいから」です。
ルートはどんな小さな音でも拾えるほどとても耳がいいです。セシルの割とデカめの独り言も筒抜けです。コレットには不思議な力が働いて聴こえていませんが……