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番外編 ローゼブル侯爵家のすったもんだ②

「母さん、ちょっと相談が……」

「相談!?恋愛相談!恋愛相談なのね!?」

「食い付きが良い方が嬉しいとは思ってたけどこんなに食いつかれると却って怖いよ!!!」


 母さんの部屋を訪れたボクは入室一番に仰け反った。さっきのルートとの温度差が凄い。この人の血を受け継いでるはずなのになんであいつはあんな塩対応になったんだ。0か100しか無いのか。極端にも程がある。


「うふふっ!逃がさないわ……今日はじっとり、ねっとり恋バナを聞かせてもらうわよ……!」

「ひぇえ……!」


 頬を染め、興奮した表情で荒い息を立てる母さん。怖すぎる。ルートとは違うベクトルの恐怖だ。なんでこんな短時間で恐怖体験を2度も経験しなければいけないのか。ただボクは好きな子にあげる物の相談がしたいだけなのに。


 一人がけのソファに追い詰められ、そのままテーブルで逃げられないように一気に挟まれて喉からヒュッと空気の抜ける音が漏れる。そして母さんはボクの正面のソファに座り、ずずいっと身を乗り出して来た。


「怖い怖い怖い!」

「告白……いえ、違うわね。プロポーズ!プロポーズね!?その時に渡す贈り物の相談と見たわ!」

「うわあああ全部当たってる!怖い!怖過ぎるって!」

「ふふふふふ……!カモが鍋背負ってネギ咥えて来たんだもの!絶対に逃がさないわ!」

「誰か助けて!!!」


 じたばたと暴れて逃げ出そうとするもののそれを物凄い力で押さえ付けられる、を繰り返すこと数分。ようやく本題に入った母さんは「さてと」とにっこり笑った。さてとじゃないさてとじゃ。まだこっちは心臓バクバクだってば。


「ぼんやりしたイメージでも構わないわ!どういったものをご所望かしら?最高のデザインを練っていくわよ!」

「……アクセサリーとか、普段身に付けるものを贈りたいと思ってるんだけど」

「アクセサリー?弱いわ!パンチに欠けるわね!」

「別にパンチはなくていいんだよ!」


 いったい母さんは何を目指しているんだろう。相手をノックアウトさせてどうする。たしかに恋のKO勝ちはしてみたいけども。


「どうせならドドンとドレスでも作ってプロポーズのシチュエーション自体を演出しちゃいましょう!そうね、教会を建ててウエディングドレスを作るのはどうかしら!」

「前のめりにも程があるよ!」


 外堀の埋め方がえげつない。勝手に教会建てられてウェディングドレス着せられて結婚してくださいなんて言われたら、ボクに対して湧き上がるのは恋心ではなく恐怖だろう。彼女が顔をくしゃくしゃにして笑う顔は見たいけど恐怖に歪んだ顔は見たくない。

 それにドレスや教会なんて超大作を作っていたら絶対に間に合わない。適当な縁談にぴょっと彼女の父親がオッケーしてしまったら終わりだ。ボクはゆるゆると首を振った。


「ドレスはプロポーズが成功してから作るよ。デザインもたまーにだけど、ちょっとだけ想像したりするし……」

「さすが私の息子ね!デザイナーの母として鼻が高いわ!」

「糸と布を厳選しなくちゃだね。この機会に裁縫セットも新調しようかな……」

「ひと針ひと針手縫いするつもりね?想いを込めた手作りのウエディングドレスを贈るなんてさすが私の息子!クレイジーだわ!」

「群を抜いてクレイジーな人に言われたくないね!」


 まあそれもプロポーズが成功したらの話だ。そもそものプロポーズがどうにもならないと話にならない。持ち主の居ないウェディングドレスを抱き締めて、独り寂しく部屋で泣くなんてことは絶対にあってはならない。あ、だめだ想像したら泣けてきた。平常心平常心。


「ワンピースなんてどうかしら。やっぱり好きな人が身に付けている服が自分で作ったものっていうのはかなりクるものがあるのよ。ワンピースなら普段から気兼ねなく着て貰えると思うわ!」

「なるほど、ワンピースか……。さすが母さん、こういうのはやっぱり母さんに相談するに限るね」

「うふふ!それほどでもあるわ!」


「後で来シーズンのオリちゃんの服もデザインしちゃいましょ」と呟く母さんに尊敬の眼差しを向けつつ、ボクは早速紙にペンを走らせる。彼女に似合うワンピース。


『そうだ、あの子はふわふわしてて、可愛くて……』


 ボクがデザイン画を描いている間に母さんもデザイン画を描いていたらしい。ほぼ同時に顔を上げたボク達はにっと笑い合った。


「じゃあせーので見せ合いましょ!せーの!」



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「ふんふんふ〜んお仕事頑張ったから久しぶりに奥さんに甘えに行こ〜っと!えへへ……」


 時計の針は廻り、三時間後。だらしない顔で鼻歌を歌いながら妻の部屋に向かっていたローゼブル侯爵――セシルの父であるオリブは、はたと足を止めた。


「あれ?なんか屋敷揺れてない?」


 微かに、だが確かに屋敷が上下に揺れている。花瓶がカタカタと揺れ、パリンと音を立てて落ちた。


「うわっ!?」


 間一髪。慌てて花瓶を避けた先で今度は絵画の額縁が落ちて来てぱしっと受け止める。危ない。また頭部を負傷するところだった。


「ん……?この地響きって……ここから……?」


 震源を探し歩いていると、目的地である妻の部屋に辿り着いた。呆然とドアを眺めていると、中から誰かと何やらぎゃんぎゃんと言い争う声が聞こえて来る。

 その喧嘩の相手は。


「えっ、セシルと大喧嘩してる!?」


 ノックするのももどかしく、オリブは「喧嘩はやめなさーい!」と扉を開けて足を踏み入れ――。


 ……瞬間、足元に散らばっていた紙で滑ってドテッと尻もちをついた。


「痛ぁー!?何これ……デザイン画……?」


 自分が今しがた踏んづけた紙を拾い上げてみると、白くふわふわとした可愛らしいワンピースの絵が描かれていた。見ると、他にも様々なデザイン画が部屋のあちらこちらに散らばっている。


 そしてそのデザイン画が散乱した部屋の中央に、


「絶対絶対こっちのがいいに決まってる!あの子の事いつも見てて四六時中あの子の事考えてるボクが言うんだから間違いないってば!」

「いいえ!売れっ子デザイナーの私が考えたデザインを喜ばない女の子は居ないわ!いくら相手がセイちゃんでも絶対に譲らないわよ!」

「ふわふわしたあの子に似合うのは明るくて柔らかいパステルブルー!レースやリボンを沢山付けたデザインでふんわりさせて可愛らしく!」

「ダメよ、プロポーズという特別なシーンではもっと煌びやかでゴージャスにしなきゃ!紺色にゴールドやシルバーのラメで煌びやかに!シルエットは少しでも細く見えるように今年流行の目の錯覚と縦の身体のラインを意識したマーメイドデザインでほっそりと!」

「はぁー!?ほっそりなんかくそくらえだ!ボクの愛するあのもちぷにを奪うなよ!!!」

「だから男はダメなのよ、女の子は他人の目に自分がどう映るかを気にするものなの!素人は黙っとれ!」

「母さんの方こそあの子のことぜんっぜん分かってない!絶対絶対ボクのデザインの方があの子に相応しい!!!」

「私のデザインよ!!!」

「なにおう!?やるか!?」

「受けて立つわ!掛かってきなさい!!!」

「ホワチャー!」

「何!?何の戦いが起きてるのこれ!!?」


 ――テーブルに足を掛けて激しく論争している妻と息子が居た。


 デザイン画を掲げて今にも殴り掛かりそうな勢いで言い争う二人。オリブは「やめ、やめて!落ち着いて!!!」と二人の間に割って入った。


「何言い争いしてるの!?親子の縁が切れる寸前みたいな空気だったよ!?」

「だって母さんが!!!」

「だってセイちゃんが!!!」

「なんでそういう所ばっかり似ちゃったのこの親子は!?」


 このままでは埒が明かない。

 オリブはこほんと咳払いすると「二人共、順を追って説明しなさい」と声を低くした。

 侯爵としての威厳ある口調になったオリブに、シンと部屋が静まり返る。顔を見合せた二人はやや気まずそうな表情で席に着いた。


「う……分かったよ。コレット嬢にプロポーズしようと思って、彼女に贈るのに似合うワンピースの案を出してたんだ。だけど……」

「そのワンピースの案を出すたびにもう水掛け論!セイちゃんったら全然女の子のこと分かってないんだもの!ほんと呆れちゃうわ!」

「違う!ボクはその他大勢の令嬢じゃなくてあの子自身を見てるからこっちがいいって言ってるんだ!」

「なるほど、服のデザインをめぐって意見が割れて対立した、と」

「そういうこと」


 くだらない。めちゃくちゃくだらない。そんな事で家が揺れるくらいの大喧嘩をするなんて。


「取り敢えず二人のデザイン案を見せて貰っても?」

「これだよ」


 テーブルの上に出されたデザイン画を見比べる。

 セシルの書いたデザイン画はふんわりとボリュームのある女の子らしいワンピース。手触りの良さそうな淡い水色の布を使い、所々にリボンやフリルなどをあしらった可愛らしいデザインだ。

 対して妻が書いたデザイン画は少し暗めの夜空のような色のサテン生地に、縦のラインを意識して幾重にもレースを重ねたもの。今王都で流行中の、すらりと細く見えると大人気のデザインだ。

 見れば見るほど正反対のその絵に、これは確かに相容れないだろうなと納得した。


「セシルのデザインはコレット嬢の雰囲気によく合っているよね」

「だろ!?あの子のふんわりした柔らかいイメージを活かして……」

「でもデザインがだめ……リボン多くてゴテゴテし過ぎ……動き辛そう」

「ええ……!?可愛いのに……」


 セシルが自分のデザイン画を見つめてしょんぼりと肩を落とす。お次にオリブは妻のデザイン画に目を落とした。


「こっちのデザインは体型をカバーして細く見えるよう計算されてデザインされたものだね」

「そう、そうよ!薄い布を使って肌の露出も控えめに、上品で色っぽいデザインに……」

「確かにこういったデザインの服を着ているご婦人を最近よく見るね。でもこれコレット嬢の朗らかで可愛らしい雰囲気とは全く合ってないんじゃない?」

「う……」

「流行を追うのもデザイナーとして大切だとは思うけど、ほっそりとした身体が美しいという価値観に縛られずにそれを着る人が一番魅力的に見えるデザインを演出するのも大切だと私は思うな」


 そして、二人のデザインを見て思ったこと。それは……、


「そもそも、セシルはプロポーズをいつどこでする気なの?これ見る限り昼と夜のデザインって感じで二人とも真逆なんだけど」

「え?夜に決まってるわよね?星が輝く夜空の下でロマンチックにプロポーズでしょう?」

「いや、昼だけど?」

「ほら、ここがまずそもそも違うじゃん」

「なんでよ!プロポーズは夜でしょ!?あなた達の銀髪が一番月の光に煌めいて魅力的になれる時間にプロポーズしないでいつプロポーズするの!?」

「あの子を夜遅くまでここに留めておく訳にいかないだろ!」


「確かにそれもそうね」とあっさり引いた妻。先程までの勢いは何処に行ったのか、「あの日……薔薇園の中、月明かりをバックにして青い薔薇を差し出すオリちゃんの姿……今でも目に見えるようね」とうっとりしている。オリブはそっと妻の肩を抱き寄せた。


「オリちゃんのプロポーズの言葉、僕の永遠を貴女に捧げます、ってとっても素敵だったわ。セイちゃんのプロポーズの言葉は?」

「ぷ……プロポーズの言葉……はね、うん……えっと……」

「えっ、もしかして考えてなかったの?」

「そ……そんなことない……!んだけど……」

「セシルは言葉選びのセンスないもんなぁ……」

「デザインのセンスはあるのだけど難儀だわ……」

「憐れむなよ!!!」


 どうやらセシルはまだプロポーズの言葉が決まっていないらしい。まあ土壇場に強いセシルの事だ、その時になったら何か考えるだろう。

 オリブは溜め息を吐き、「じゃあ今までの事を踏まえてデザイン案を練り直してみよう」とソファに腰を下ろした。


「プロポーズは昼間だね。場所は?」

「うちの庭が良いかと思ってるんだけど……」

「薔薇園だね。よし、じゃあ太陽の下で青い薔薇に囲まれた時にコレット嬢が一番可愛らしく見えるワンピースのデザインを考えていこう。ふんわり可愛らしくというセシルの案は悪くない。ただ動きづらさが難点だから、ゴテゴテしたものを無くして代わりに母さんのアイデアにあるレースを重ねよう。風が吹くとふわっと広がって可愛らしく見えるはずだよ」

「父さんってもしや天才……?」

「お、息子から尊敬の視線浴びたの何年ぶりだろ。嬉しいなぁ」


 ふにゃりと頬を緩め、ぽんぽんと頭を撫でる。セシルは唇を尖らせ、照れて赤くなった顔を隠すように後ろに一歩下がった。赤面症は誰に似たんだか。きっとこんなセシルの照れ屋なところも、コレット嬢は愛してくれることだろう。


 オリブは二人のデザイン画についた皺をそっと伸ばし、妻にそれを差し出した。


「それじゃ奥さん、君の素晴らしいデザインの才能でセシルのプロポーズ大作戦のお手伝いをしてあげてくれる?今度こそ、二人とも仲良くね」


 妻はそれを受け取り、暫しふるふると身体を震わせ……、ガバッと勢い良くオリブに抱き着いた。


「素敵!素敵だわ!オリちゃん、私あなたのそんなどちらか一方に肩入れせずに両方の意見を汲んでくれる優しいところが大好きなの!好きが溢れて止まらないわ!結婚して頂戴!」

「ありがとう。僕も君のそんなド直球に愛をぶつけてくれるところがとても好きだよ。もう一回結婚式挙げとく?」

「挙げちゃう!」

「息子放置して結婚式挙げないでくれる!?」


 しまった、つい妻が可愛すぎて息子を放置して盛り上がってしまった。年頃の息子より先に両親が二度目の結婚式を挙げるのはさすがに駄目だろう。そもそも結婚式を二回も挙げる夫婦なんて聞いた事がない。となると、誰かに乗っかるしか……。


「じゃあセシル達と一緒にダブルで挙式ということで……」

「嫌だよ!」

「えー、嫌だって。どうする?奥さん」

「じゃあお部屋で結婚式挙げましょ?二人きりで結婚式っていうのもいいじゃない。オリちゃんだけの花嫁さんよ。どうかしら?」

「待ちきれない。今すぐしよう。僕と結婚して下さい」

「きゃーっ喜んで!」

「お願いだから戻って来て!」


 いけない、また妻が可愛すぎてセシルを放置したまま通算984回目のプロポーズをしてしまった。あともうちょっとで1000回目だ。1000回記念に2度目の結婚式をしよう、そうしよう。


「両親の愛の劇場に付き合わされる息子の身にもなってくれる……?そろそろキレそうなんだけど」

「やぁねぇ、ちょっとくらいいいじゃないの。減るもんじゃなし」

「減るんだよ精神が!ゴリゴリと!」

「セシルも愛の劇場が開けるくらいラブラブになれたらいいねぇ。まあ僕と奥さんには負けるだろうけど」


 そう言って歳をとってもなお滑らかな頬に軽く口付けを落とすと。


「オリちゃん……!あなたってなんて可愛らしいのかしら!可愛すぎて食べちゃいたいくらい!いいえ食べるわ!今夜私のお部屋に……」

「ちょっと!息子の前でそういう話しないでくれる!?」

「両親が仲良しなのは良いことでしょ〜」

「そうよ、イイコトするのよ!」

「ちょっと黙って貰ってもいい!?」


 万年思春期の純情青年に聞かせるには少々刺激が強すぎたらしい。オリブは妻に夜のお誘いを頂いたのでご機嫌で黙った。息子に見せつけるように妻の腰を抱きながら。


「ボクの子供より先に弟か妹が産まれそうな勢い!」とセシルが絶叫する。そういえば、セシルが結婚したらいずれ孫が産まれるんだった。


「孫の顔が楽しみね!」

「僕あっという間におじいちゃんになっちゃうなぁ」

「オリちゃんはおじいちゃんになっても素敵よ!」

「君もおばあちゃんになっても可愛いままだね」

「きゃーっ!好き!愛してるわ!結婚して!」

「お願いだからボクに先に結婚させて!!!」



20歳くらい年の離れた弟か妹できそう。怖いですね。

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