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19本目 アットホームなカフェテリアと左手の熱

「おはよ」

「あっ、セシル様」


 マルシェで賑わう広場。

 長椅子に座って屋台で買ったアイスクリームに舌鼓を打っていると、背後から声を掛けられました。振り向くと、今日も絶好調に麗しいセシル様が立っています。

 私は最後の一口をごくんと飲み込みました。


「おはようございます。今私が食べていたアイス、とっても美味しかったので違う味を追加で注文しに行こうかと思っているのですが、セシル様も一緒に如何ですか?」

「ははっ、口にアイス付けたまんまで行く気?」

「あっ……」


 口元のアイスを拭われ、心臓がどきりと高鳴ります。


 セシル様は「いくらもう夏だからってアイスの食べ過ぎはお腹冷やすよ」と言って、そっぽを向いてしまいました。

 なんとなくアイスを拭われた指の行き先を目で追っていると、どうしたものかと考えあぐねたセシル様が後ろを向きました。


 そしてそれをぺろりと舐めて……


「……あ、ほんとだおいし」

「…………」


『こ……これって、所謂間接キスなんじゃ……』


 セシル様、あまり気にされない質なのでしょうか。一応私も生物学上では女ということになるのですが……。


 いえ、寧ろ恋愛対象外だから気にしていないのかも。それなら納得。セシル様との間接キスを嫌がる女性は居ないでしょうし、何も問題ないですものね。


「ええと……それでは、今日は何を食べに行きましょう?」


 冷たいものの食べ過ぎはいけません。屋台のホットドッグにフランクフルト。美味しいものは盛り沢山です。


「……あのさ、今日は……あんたを連れて行きたい所があるんだ。……付いて来て、くれる?」

『あら?』


 こんな事初めてかもしれません。いつもなら彼は何処に行くか、前もって私に店名や食べる物を伝えた上で連れて行って下さいます。


 今日は何だかいつもと違う。そんな気がします。


 こくりと頷くと彼は少しホッとしたように息を吐き、「馬車呼んでるから。乗って」と私に背中を向けました。


『セシル様……?』


 セシル様と目が合いません。会話の途中で気恥しくなって目を逸らすこともありますが、それでもいつもはきちんと目を見てお話して下さるのに。

 それに、心做しか表情が少し固いような……。


 お互い無言のまま馬車に揺られること、数分後。


 暫くして薔薇の模様が書いてある大きな門が見えて来ました。その向こうには白亜の宮殿のような建物が。

 言わずと知れたローゼブル侯爵家のお屋敷です。


「セシル様、ここは……」

「アットホームなカフェテリアだよ」


 アットホームどころか、セシル様のホームのような気がするのですが。


 目の前の扉がゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音を響かせながら開門しました。そしてガシャン!と完全に開け放たれ、セシル様がこちらを振り向きます。


「玄関まで結構遠いから、このまま馬車で行くよ」

「セシル様、今玄関って言いましたよね……?」

「い、入り口!入り口だよ。空耳じゃない?はははは……!」


 さすがに無理があります。じっとセシル様を見つめると暫くしらを切っていましたが「セシル様?」と名前を呼ぶと顔を真っ赤にしながら「そうだよ!ボクの家だよ!悪いかよ!」と観念しました。


「あんたぼんやりしてるし、誤魔化せばギリギリいけると思ったのに……」

『セシル様は私の事をなんだと思っているんですか……』


 ローゼブル侯爵家の屋敷は大豪邸なので広場からも屋根の一部が見えますし、もっと言えば馬車が向かっている方角で薄々気付いていました。


 セシル様は「話は通してあるから黙って付いてきて」と唇を尖らせます。


 話を通す。……誰に?


 一番思い当たる人物の姿を思い浮かべ、サァッと血の気が引きました。


「そ、そういえば私、マルシェに伺いますと手紙を出したきりで直接のご挨拶には一度も……!」

「え?ああ、そうだっけ。向こうは全く気にしてないし別に大丈夫でしょ」


「それよりも今から精神力を消耗する覚悟をしときなよね」と言われセシル様の方を向くと、なんだかげんなりしています。


 いったい何があるのでしょう。


 私は首を傾げつつ、「はい」と返事して大人しく窓からローゼブル侯爵家の庭を眺める事にしました。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「コレットちゃ〜ん!」

「ひゃっ!?ローゼブル夫人……!」


 セシル様が玄関の扉を開けた瞬間。何やら黒い影が勢いよく飛び出して来たと思ったら、その影にぎゅっと正面から抱き締められました。

 バクバクする心臓を抑えつつ挨拶すると、私の腕の中でローゼブル侯爵夫人……セシル様のお母様がにっこりしていました。


「いらっしゃい!待ってたわよ!うふふっ」

「母さん!急に飛び出してくるなってあれほど……!」

「いいじゃない、ドッキリ大成功ね!」


 夫人、今日も元気いっぱいです。お茶会で御一緒した時も終始この調子で、あまりにも若々しいので他のご婦人やご令嬢が「本当に十九歳の息子さんがいらっしゃるお方なのかしら……」「とても四十歳手前には……」と口々に漏らし、美容に力を入れようと決心していました。


 私は『さすがあの絶世の美青年と名高いセシル様のお母様。お綺麗な方だわ』なんて平凡な感想を口に出すことはせず、代わりにクッキーをサクサクと口に入れていましたが……。

 その後ご挨拶した時に何故かとても私の事を気に入っていただけて、お菓子作りの話をしたらマルシェに誘って頂いたのです。あの時セシル様とお会い出来たのも奥様のおかげです。


「奥様。お手紙を送らせて頂いてからご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません……!」

「良いのよ〜、セイちゃんと仲良くしてくれてありがとうねっ」

「わああっ!他の人の前でその呼び方はやめろっていつも言ってるだろ!?」


 セシル様、お母様からセイちゃんって呼ばれていらっしゃるんですね。なんだか可愛らしいです。


「笑うな!」

「ご、ごめんなさい……ふふっ」

「ぐぬぬ……母さんめ……」


 セシル様は顔を真っ赤にして奥様を睨み付けましたが、肝心の奥様は何処吹く風。セシル様の事は眼中に入っていないようで、私の方を見てにっこり笑いました。


「実はね、私とセイちゃんからコレットちゃんにプレゼントがあるの!セイちゃんに預けてるから、遠慮なく受け取って頂戴ね!」

「えっ、プレゼントだなんてそんな……!良いんですか……?」

「勿論!血を血で洗う論争の末出来た逸品で……ゲフンゲフン、この先はお楽しみね!」


「じゃあね、ちゃんとエスコートするのよ〜」と言い残して風のように去って行った奥様。神出鬼没で勢いの凄さがまるで嵐のようです。


 セシル様は深い溜め息を吐いて頭を抑えました。


「ごめん、うちの母さんいつもああで……」

「お、お気になさらず……!とても元気で、お若くていらっしゃいますよね。憧れてしまいます……」

「あんたは絶対あんなんにはなるなよな!」


 あんなんって。少し酷い言い様ですが、セシル様が奥様の猪突猛進さに少し苦手意識を抱いている事は何となく分かったので私は大人しく頷きました。


「それじゃ、案内するから。こっち来て」


 セシル様に案内されて正面玄関を抜け、階段へ。と、セシル様が階段の前でピタリと立ち止まりました。

 そして腕を差し出されます。私は思わずきょとんとしてしまいました。


「ん」

「え?」

「ん!なんて間抜けた面してるんだよ。ボクの手、掴んでて。……落ちないように」

「……セシル様……」


 階段、怖いんですね。


 侯爵様とお会いした時、セシル様が階段から転げ落ちていたと言っていました。あれからまだ日も浅いので今でも怖いに決まっています。


『私がしっかりしなければ……!』


 セシル様をいかなる危険からもお守りするのです。このクッションのような身体を有効活用しなければ。

 私は決意を胸に、差し出された手に自分のものを重ねてぎゅっと握りました。


「失礼します!」

「う、うん……!はは、しっかり掴んでなよははは」

『せ、セシル様、凄く不安定……!』


 繋いだ手がぷるぷるしています。もしかしてセシル様の立っているところだけ地盤が緩んでいるのではないでしょうか。

 こんなのでは転げ落ちるに決まっています。私はササッと場所を移動するとセシル様を手すり側へぐいぐいと押しました。


「んえぇ?あんた何してるんだよ?」

「セシル様は手すりをお持ち下さい。こちら側は私が支えておきますので……」

「あんたボクを年寄り扱いしてない!?」


「介護するな!」ときゃんきゃん吠えるセシル様をまあまあと宥めつつ、えっちらおっちらと階段を上っていきます。


 そんなこんなで、階段を上り切ったのですが。


「……行くよ」

「えっあの、手は……」


 階段を上り切ったのに、まだ手が繋がれたままです。戸惑いつつセシル様の顔を見上げると、セシル様は顔を赤くしてふいと逸らされました。


「こ……転けると困る、から……」

「そ、そうですか……」


 段差なんかどこにも無いのに、セシル様の私の手を握る力はそのままで。


『セシル様……』


 彼は今、何を考えているのでしょうか。

 手袋越しの彼の体温が温かいのかも冷たいのかも分からなくて不安になります。

 でも、たったひとつ言えるとするならば。


『……もう少しだけ、このままで』


 どこかから聞こえて来るゆったりとしたピアノの音につられてしまったから。そんな稚拙な言い訳をこっそり用意して、私は彼から与えられる穏やかな幸福感に浸りながらゆっくりとした足取りで進んで行きました。


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