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14本目 野生児とセシル様

「なーんか、日に日に人数が増えていくッスねぇ」


 マックスの言葉に私はにっこりと微笑みました。

 馬車から降りたのは私、エイダ、それに……


「本日から私もお嬢様の手作りお菓子の販売事業に携わらせていただく運びとなりました。ダンデリオン伯爵領の看板を背負っているという自覚を持ち、誠心誠意尽力したいと思います」

「硬い硬いこの人めっちゃ硬いッスよ接客大丈夫なんスか」


 つい最近私付きになってくれた、新人メイドのカエラです。カエラは少し寡黙で表情の変化は少ないですが、とても仕事が丁寧で細かい事によく気付いて対応してくれます。お店のレイアウトや販売などは私とエイダが担当し、カエラには品出しや売上の計算などの事務処理を担当して貰うことにします。


「トランクケースがみっつ。これならそうそう売り切れることもないはず……!」


 最近ではマルシェに持って行く焼き菓子を作るためにオーブンをもうひとつ買ってもらい、一週間ずっとお菓子を焼き続けています。

 たまにセシル様に呼び込みをして頂いているおかげで知名度も抜群、有難いことにリピーターの多い人気店になって嬉しい悲鳴です。


 さあ、本日も気合を入れて販売に臨みましょう。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「お嬢様、セシル・ローゼブル様とはいったいどういったお方なのですか」


 マルシェに向かう途中、カエラから投げかけられた質問に私は首を傾げました。


「どういった、とは」

「いえ、あの有名な侯爵家の美貌の跡取り息子……セシル・ローゼブル様が、お嬢様のお菓子販売を手伝った上に街の案内もして下さっているなんて……お嬢様の話を疑うような真似はしたくないのですが、どうも信じ難くて」

「ええ、いいのよ。私だって未だに信じられないんだもの」


 どうしてこんな人気店になる事ができたのか、その経緯を説明するにあたりセシル様の存在は外せません。


 上級貴族の中でも特に孤高の存在であるローゼブル侯爵家。

 代々娯楽を中心とした商売の腕に長けており、外交が難しい国や地域とも数々の商談を成立させるという華々しい功績を上げ、今や三大公爵家にも並ぶ権力を持つと言われています。

 そんなローゼブル侯爵家の跡取り息子であるセシル様の評判は留まるところを知りません。

 魔法学園に在学中、魔術研究科の中でも座学の成績は毎回トップで卒業式では卒業生の代表挨拶も務めたらしく、学園長が泣いて別れを惜しんだと言います。その上かなりの美食家で各地の食文化に明るく、彼が褒めた店は翌日長蛇の列が出来るとか。


 ただそこに居るだけで存在感を放ち、凛として佇む姿はまるで有象無象の中でひときわ美しく咲く青薔薇の如く。ぱっと目を引く美しいドレスを着た令嬢も、有名デザイナーにスーツを作らせた子息でさえも彼の前ではそこらに生えている野花同然に見えてしまいます。


 圧倒的な美貌を以て社交界にその名を轟かせる完全無欠の《青薔薇の貴公子》、セシル・ローゼブル次期侯爵様。

 優美な笑みを絶やすことのない彼が表情を崩す瞬間などただの一時もあらず。


 ……と、私も思っていたんです。ついこの間までは。


「お嬢様、すこぶる顔のいい青年が今にも死にそうな顔で男児二人に囲まれているのですが……」


 広場の中心を見つめ、まるで幽霊と対峙しているかのような及び腰で実況してくるカエラ。


 そこに居たのは。


「……あのお方がセシル様です」

「えっ」


 ボサボサに乱れた髪で佇む姿は子育てに疲れた母親の如く。彼の周りをぐるぐると駆け回りながら無邪気に笑う男の子も、構って欲しすぎて彼の手をとって両手でぶんぶんと振り回している男の子も、枯れ木のようになった彼の前では蝶が舞い遊んでいるように見えます。


 まるで路上で社交ダンスをしている人型ニンジンと出くわしたかのような怪訝な表情でセシル様を見つめるカエラ。「やーめーろーよー!」と叫びながら半泣きになっている彼からは社交の場での優雅さなどは微塵も感じられません。


「セシル様……」

「ほわっ!?ああああんた……いつから……!?」

「つい先程到着して……あの、大丈夫ですか……?」


 声を掛けられたことに驚き、振り向いたセシル様は少し生気を取り戻したように見えましたが、「らっしゃい……」とまるで魚屋のような歓迎をした目には光が灯っていません。死んだ魚のような目です。新鮮さが足りません。


「この子達の母親に頼まれて、買い物から帰るまで面倒見てるんだ」

「そうだったんですね……」


 セシル様、子守りしてたんですね。私、ちょっとセシル様が子どもに虐められてるのかと思ってしまいました。


「なんだかとても大変そうで……」

「弱音なんか吐きたくないけどさ。正直、ほんとに手に負えない」


「こいつら野生児だよ!」と頭を抱えたセシル様にわっと野生児……否、男の子達が飛び掛かりました。

「ウワーッ!やめろぉ!」というセシル様の情けない声が朝の広場に響きます。あっ、男の子達よじ登っちゃだめです。セシル様が倒れてしまいます。……ああ、転けてしまいました……。


「痛た……テオ!ニケ!ボクをあんまりナメるんじゃないよ!これ以上騒ぐつもりならあんた達のこと、頭からばりばり食ってやるんだからね!!!」

「舐める〜?ぺろっ……うぇえ、なんか泥の味がする……!」

「なんだよ、ここ来る途中にまた転けてたのかよ〜鈍臭いなぁセシルさまは」

「このくそがき!!!」


 セシル様の額に青筋が浮かんでいます。今にもぶちっと音を立てて切れてしまいそうです。何かセシル様を落ち着かせられるものは……。


「そうだ、お菓子……。セシル様、お菓子食べますか?」

「ちょうだい」


 即答です。私は苦笑いすると持っていたトランクケースの蓋を開けて自分用に作っておいたお菓子をセシル様に渡しました。


「美味しそう……!ありがとね」


 セシル様の機嫌が直ってきました。お菓子の力はやはり偉大です。


「お菓子だ!いいなーおれもちょーだい!おれもちょーだい!」

「ふふん。やだね」

『やだって……』


 そんな、子ども相手に。セシル様ちょっと大人気ないです。

 セシル様は「これはボクが貰ったものだからあげないよ」と言うとお菓子を取られないようにサッと高く掲げてしまいました。


「なんたって、これはコレット嬢がボクの為にくれたもの……」

「くれないの?うっわケチくさ!」

「虫歯になっちゃえ!生ものに当たってピーピーになっちゃえ!」

「あんた達口悪すぎじゃない!?いったいどんな育て方されてるんだよ!?」


 ぎゃんぎゃんと騒ぎだした二人に「うるさーい!ちゃんと買ってやるからお黙り!!!」と叫んで懐から財布を取り出したセシル様。これ幸いと男の子達は「いやっふぅ!」とセシル様の周りをぐるぐるしながら狂喜乱舞し始めました。セシル様、完全にいいように扱われています。手の平の上でコロコロしています。


「あんた、開店前に悪いんだけどちょっとこいつらにお菓子選ばせてあげてくれない?一刻も早く黙らせたくて」

「は、はい……ではこちらに……」


 テントの影へ手招きし、まだ並べる前のお菓子が入ったトランクケースを開けて見せます。トランクケースを覗き込んだ男の子達はわぁっと目を輝かせました。


「お菓子の宝石箱だ!?」

「すげー!パンパンに入ってる!おれ、これとこれとこれと……!」

「ダメ、一個だけ!お昼ご飯入らなくなっちゃうだろ!」


 セシル様、面倒見良すぎではないでしょうか。

「めっ!」というセシル様にぶーぶー言いつつ、トランクケースを囲んであれでもないこれでもないとお菓子を選ぶ男の子達。その嬉しそうな顔を見て微笑んでいると、突然セシル様の手が伸びて来て私の口に何かを突っ込みました。


「ほら」

「もぐ……!?」


 ふわりと口の中に広がるはちみつの風味。私が作ったドーナツです。


「これ、元々はあんたの分だったんだろ。全部食べるのはさすがに悪いからさ」


「一緒に食べよ」と星型の棒付きキャンディーを手にした彼の姿が、なんだかとっても……、


「セシル様、なんだか魔法使いみたいですね」

「みたい、じゃなくて……ボクも一応魔法使いなんだけど?」

「ふふっ。そうでした」


 ……そうでした。セシル様は魔法学校を首席で卒業したお方。正真正銘の魔法使いでした。

 それに比べて、私は。


「私にも、魔法が使えたらよかったんですけれど」


 私は魔法も使えない、ちょっとお菓子作りが出来るだけの普通の女の子です。他に特技と言えるものなんて何一つありません。


『姉さんは一人じゃ何も出来ないんだから大人しく家に籠ってお菓子食べててよ。ね?』

「…………」


 ここ暫く会っていない弟の言葉が脳裏を過ぎります。

 あの子が居ないうちに一人で外に出てみれば何か変われるかと思ったけれど、結局私はセシル様に助けられ、使用人達の手伝いもあって今ここに居ます。


『私はやっぱり、一人では何も出来ないまま』


 せめて魔法が使えたならどんなに良かったでしょう。私に魔力があれば周囲から期待され、魔法省に入るなどの道もあったはずです。

 まあ、無いものねだりした所で現状は変わりません。魔法が使えない私にあるのは、伯爵家の令嬢として何処かの家に嫁ぐ道のみです。


 それでも、お菓子が好きなだけの何も出来ないぽっちゃり令嬢を必要としてくれる人なんていったい何処に居ると言うのでしょうか。こんな私を好きになってくれる人なんて、もしかしたら何処にも居ないのかもしれません。


『ぶくぶくと太って、まるで豚のようね』

『あれを女として見ろだなんて無理な話だ。視界に入るだけで穢らわしい』

『家に篭って好物のお菓子とやらをせっせと作っていればいいのに』

『あんな豚が相手ではきっと一生幸せな家庭など手に入らんだろうよ』

『嫌、いや。聞きたくない。そんな酷い事言わないで』


 社交場で囁かれる嘲笑の声に耳を塞ぎ、気を紛らわすために更にお菓子を口に詰め込む。みんながお菓子を食べる私を嗤うけれど、私がお菓子を食べ続けていればあの子()が安心したように笑ってくれるから。お菓子を食べている間だけは悲しい事を忘れられるから。


 そうして私は今まで誰にも求められる事もなく、今日も甘いお菓子と私を蔑んだりしないセシル様の優しさに甘えています。


「…………」


 俯き、ドーナツを一口齧ります。少し分量を間違えてしまったでしょうか。なんだかとてもしょっぱい……。


「あんただって使えるだろ、魔法」

「……え……」


 突然投げ掛けられた言葉に顔を上げます。セシル様は真っ直ぐこちらを見つめていて、私は言葉が出せなくなってしまいました。


『私、魔法なんて』


 突然何を言い出すのかと思えば、セシル様はふっと悪戯っぽく笑いました。


「だってほら、あいつらの顔見てみなよ。幸せだーって顔に書いてあるじゃないか」


 セシル様に言われて振り向くと、男の子達がとろりと蕩けたような表情でもぐもぐと口を動かしていました。


「うめーっ!母ちゃんが帰って来たらおねだりしてもう一個買って貰おうぜ!」

「全部美味そうだもんね!ぼくこれとこれと……」

「あっ、ずりぃ!一個だけって言ったのに!」

「だってぇ」


 きゃいきゃいとトランクケースの前で騒ぐ男の子達はどちらも本当に嬉しそうで、幸せそうで。


「あんたのお菓子は色んな人を笑顔に出来る。それだって十分、魔法と同じだろ」

「あ………」


 私の作るお菓子が、魔法だなんて。


『そんなこと言われたの、生まれて初めて……』


 セシル様はどうしていつも私の欲しい言葉を下さるのでしょう。どうしてこんな私の事を気に掛けて下さるのでしょう。


 どうして。


「セシル様はどうして、私なんかの事を……」

「あのさぁ、ずっと思ってたんだけどその私なんかって言うのやめなよ。あんたが自分を落とす度にあんたの事を好きな奴の気持ちも蔑ろにしてるってこと、ちゃんと分かってる?」

「え……?」

「街の奴らも言ってたよ。あんたの作るお菓子を毎週楽しみにしてるって。勿論、お菓子だけじゃなくて優しくて穏やかなあんた自身のことを好きだって奴も……ちゃんと居るし……」


 テントの影でセシル様の表情が見えなくなります。

 マルシェ開始まで二十分を切った慌ただしい街の中で、この空間だけが妙にゆったりと時間が流れているように感じます。


「だから……だから、もうこれからは私なんかなんて言うな。あんたは人に優しいけど、その優しさを自分に向けることも大切だって……気付いてよ」

「あ………」

「……あんたが自分を大切に出来ないなら、その分ボクが……」


 薔薇の香りが鼻を掠め、銀の髪が風に揺れます。

 何処か真剣な瞳をしたセシル様が膝を付き、私に手を伸ばしたその時。


 彼の背後から「せーのっ」という男の子達の声が聞こえて来ました。


「セシル様、後ろ……」

「へ?」

「かんちょー!!!」


 可愛らしい声と共に放たれた、あまりにも残酷な仕打ち。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」


 私はこの日、成人男性の本気の断末魔の叫びというものを初めて聞いたのでした。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



 マルシェ開始まであと数分といった頃、ぱたぱたと買い物カゴを膨らませた女性が走って来ました。どうやらお迎えが来たようです。

 ぺこぺこと頭を下げるお母さんに手を引かれながら「ばいばーい!」と笑顔で手を振り去って行く男の子達。その小さな背中にセシル様が手を振ります。


「分かったよ。ボクが新しい領主としてこの街のため、そして自分を大切にするために出来ること」


 セシル様が振り向きました。


「託児所増やすことだよ……!」


 お尻を手で抑え、涙目でぷるぷると羞恥に震えるセシル様。「いやあれは史上最高にダサかっ……もごご!」と何か言いかけたマックスの口をカエラが塞ぎ、ずるずると引きずって行きます。


 私は何も言えませんでした。しかしただひとつだけ言えるとするならば。


「……お疲れ様です、セシル様……」


セシル様はなろうの異世界恋愛小説の中で情けない男キャラナンバーワンを目指しています。

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