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13本目 ご機嫌なセシル様とこそこそ侯爵様

 いったいこれは何が起きているのでしょうか……。


 セシル様とスイーツパーラーに行った次の週末、ローゼブル侯爵領に来た私は、目の前の異様な光景に立ち尽くしていました。


 朝の市場。慌ただしい雰囲気で生活用品を買いに訪れる人々が多く居る中、いつもなら「いらっしゃい!」「新鮮だよ!」などという言葉が飛び交っているはずなのですが。

 今日はいったいどうしたことか、道行く女性達――たまに男性も――が広場の方を見た瞬間「顔が良い!」「尊い!」と言いながらバタバタと倒れていくのです。


『伝染病……?いいえ、違うわ。これは……』


 私はすっと目を細め、広場の方を見据えました。そして仙人の海開きの如く、倒れた人達で出来た道からやって来たのは。


「はははは……ふふふふふ……」


 満面の笑みのセシル様でした。

 何だかセシル様が薔薇を背負っているように見えるのですが幻覚でしょうか……。いつもに増して眩しいです。


「顔が良い!」


 あっ、エイダも倒れてしまいました。大変、起きて……!


「おはよ!よく来たね」


 軽やかに地面を蹴り、私の前で立ち止まったセシル様。あまりにも爽やかすぎる笑顔です。炭酸飲料だってこんなに爽やかじゃありません。私はエイダを介抱する手を止めて顔を上げました。


「お、おはようございますセシル様……。今日は何だか、とってもご機嫌ですね……?」

「まあね!それよりさ、今日もまたロレーヌに連れてってやるよ。初夏の新作スイーツを考案したんだ。旬のフルーツを沢山入れた特製フルーツポンチ!あんたも食べたいだろ?」

「まあ、本当に……!?良いんですか?」

「勿論!あんたのお菓子販売が終わるまで待ってやるからさ、とっとと終わらせて食べに行くよ」


 フルーツポンチ。サイダーと果物、寒天などを使った夏にぴったりの爽やかなデザートです。

 だから今日のセシル様はこんなに爽やかなんですね。セシル様はもうフルーツポンチを沢山試食した後なのかもしれません。食べるのが待ち遠しいです。


「荷物持つよ。重いだろ?」

「そんな、ありがとうございます……!」

「あれっ、今日も倒れてるじゃないか。まったくしょうがないなあ、ボクが運んでやるか!頼れるこのボクが!」


「ははははは!」と笑いながらセシル様はエイダを抱えた上からトランクケースをふたつ持って歩き出してしまいました。とっても力持ちです。エイダを下敷きにして転倒しない事を祈ります。


「ほら、とっとと行くよ!」

「は、はい……!」

「もう、遅いよ!あははっ」


「早くおいでったら!」とキラキラとした笑顔をこちらに向けたセシル様。

 私の後ろでまた何人かが倒れる音がしました。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「ふぅ、今日も完売……です、ね」


 私はちらりと隣を見ました。普通であればエイダが手伝ってくれているはずの場所。

 何故かそこに立って今日一日ずっと販売を手伝って下さっていたのは、とってもご機嫌なご様子のセシル様でした。


「まだ昼前なのに凄い勢いで売れて行ったね。日に日に売り上げが伸びていってるじゃないか。悪くない傾向だね!」

「そうですね……」


 文字通り飛ぶように売れていきました。上機嫌なセシル様の姿を一目見ようとわんさかと人が押し寄せ、あっという間にお菓子が無くなってしまったのです。


「さ、仕事が終わったからさっさと美味しいもの食べに行くよ!」


 そう言って笑ったセシル様の笑顔に、私の後ろから今日何度目かの「顔が良い!」という声が聞こえてきました。振り向くと幸せそうな表情を浮かべたエイダが仰向けで寝ています。

 今日のエイダはセシル様の顔を見て「顔が良い!」と叫んで倒れ、また目を覚ましては叫んで倒れを繰り返しています。あまりミーハー過ぎるのも困りものです。


 そんな事を考えてぼーっとしているうちに私の代わりにセシル様がテキパキと片付けを終わらせ、ルンルンでトランクケースを持ち上げました。


「あ……!片付け、ありがとうございました……!」

「いいよ、それくらい。それより、今日はあんたのほっぺを落としてやるんだから覚悟しておきなよね!」

「うふふ、とっても楽しみです。……ところで」


 キラキラと発光せんばかりの笑顔を浮かべているセシル様。……の、後ろに怪しげな人物がチラチラと見え隠れしています。


「あの、セシル様……、あちらにいらっしゃるお方はセシル様のお知り合いですか……?」

「へ?」


 こそこそと建物の影からこちらを覗く、サングラスをかけた明らかに不審な男性。

 恐らく向こうは隠れているつもりなのでしょうけれども、「あっオリブさまがまた遊んでる!」「しっ!見ちゃだめ!」と避けていく人達のせいでバレバレです。

 オリブ様。はて、どこかで聞いたような名前です。何処だったでしょうか……。


「はっ!!?ちょ、ちょっと!何してるんだよっ!!?」

「ひぇっ!?バレた!退散!」

「逃がすかぁ!!!」


 男性が走り出し、それを追うようにバッ!とセシル様が勢い良く飛び出し……小石に躓いて「ふぎゃっ!」と転けました。

「えっ!?」と慌てて振り向いた不審な男性。その場に倒れ伏せたままピクリとも動かなくなってしまったセシル様におずおずと近付き、「お〜い……セシル〜……?」と呼び掛け……その足首がガッ!と掴まれました。


「ふっふっふ……捕まえたよ……!」

「はっ……図られた!!!」


「サングラスなんか掛けたってバレバレなんだよ!」とセシル様が男性からバッとサングラスを取り上げます。「ああっ!お気に入りなのに!」とサングラスに手を伸ばすその人物は……。


「返してぇ……!」

「父さんはサングラス似合わないって何度言ったら分かるんだよ!チンピラの中でも下っ端の小物感満載じゃないか!」

「うぅっ酷い……うっうっ」

「ろ、ローゼブル侯爵様……!?」


 このローゼブル侯爵領の領主であり、ローゼブル侯爵家の当主。


 セシル様のお父様でした。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



 ローゼブル侯爵家、現当主のオリブ・ローゼブル様。

 ふわふわと柔らかく儚げな雰囲気を纏っており、可愛らしい顔立ちのせいで若い頃はよく女性と間違われていたらしいです。

 そしてプロのバイオリニストでその腕は超一流。彼のバイオリンを聴いていると、まるで妖精の森のオーケストラに招待されたような気分になれると言われています。

 社交界で度々見られる、彼の憂いを帯びた表情の美しさに感嘆の溜息を零す人は数知れず。

 そんな物静かで儚げな妖精侯爵様は……、


「すみませんでした……」

「声が小さい!」

「ひぃん……泣きたい……」


 現在、地面に正座させられ涙目になっております。そんな侯爵様を睨み付けるように椅子にどっかりと座り、苛立った様子で見下ろす息子のセシル様。さっきまであんなにご機嫌だったはずの彼は一気にご立腹になってしまいました。

 セシル様はイライラと足を貧乏ゆすりしながら「それで?」と頬杖をつきます。


「こそこそボクのこと監視するような真似して、いったい何がしたかったんだよ!」

「ここ最近、毎週末帰って来る度にセシルの様子がおかしいから様子を見に来たんだよぅ……」


「そんなに怒らなくても……ひぇっ」とセシル様に睨まれて肩を竦める侯爵様。息子相手に酷い怯えようです。私はそっとセシル様のお顔を窺いました。

 ……たしかに、これはこんなに怯えるはずです。


「だっておかしいと思ったんだ……先々週、無傷で済んだから良かったとはいえ階段から転げ落ちるし、ぶつかって家の花瓶全部なぎ倒すし……。おまえは普段からそそっかしいけど、それにしてもちょっと不自然なほどおっちょこちょいだったろう?」

「おっちょこちょいで悪かったね」

「挙句の果てにはおまえが落とした額縁の角が私に直撃してさ!父さん痛すぎて死ぬかと思ったんだからな!?血がドバーって出てびっくりしたし!」

「あの時は謝ったけどよくよく考えてみればボクの後ろをノコノコ歩いてた父さんが悪いだろ」

「酷過ぎる!理不尽!悪魔!親の顔が見てみたい!」

「親あんただよ!」


 こんな事を考えては失礼かもしれませんが、社交の場で見る侯爵様の物静かなイメージとは随分掛け離れているように感じます。今までもたまにお姿を拝見することはありましたが、まさか普段はこんなお方だったとは。


「そうだ!私だった!キィーッ!無念!」と地面を殴り付ける侯爵様。「手が痛い!」……痛いと思います。


「で?ボクがそそっかしいだけならわざわざ父さんが出て来たりしないだろ。本当の目的はなんだよ」

「ん?目的?ハッ!そうだった!」

「そこは忘れるなよ!」

『大丈夫なのかしら……』


 なんだか見ているととても不安になる人です。そこはかとなく既視感があります。


「そう、そそっかしいだけなら『あちゃー、またセシルがやらかしてるなぁ』だけで終わる。でも今回ばかりはさすがの私も見過ごせない」


 侯爵様の声が低くなり、目付きが鋭いものへと変わりました。

 一瞬にして張り詰めた空気にたじろぐセシル様。「な……なんだよ」という声には先程までの威勢はありません。


「ボクがいったい何をしたって言うんだよ……」

「そうだな。おまえが何をしでかしたか……その耳をかっぽじってよーく聞くがいい」


 ごくりとセシル様の喉が上下します。侯爵様はじっとセシル様を見据え……すうっと息を吸いました。


「おまえが百点満点の笑顔で家を出て行ったせいでうちのメイドがみんな倒れた!ヒィヒィ言いながらメイド達を医務室に運び終えたら街の男衆が押し寄せて来てセシル様の笑顔が美しすぎてうちの娘が語彙力を無くして人語を話せなくなったただとか嫁が倒れただとかで苦情が殺到した!おまえの笑顔を見て倒れた街の人達で今病院がいっぱいなんだぞ!」

「知らないよ!」

「知らないじゃないなんとかしろ!爽やかすぎる笑顔を振りまくな!ご機嫌になるな!むすっとしろ!」

「ボクは上機嫌になることも許されないのかよ!?」

「サングラス掛けとけ!」


「しょうがないなあ」と言いながらすちゃっとサングラスを掛けたセシル様。なんだか南国でバカンス中の貴族のようなゴージャスなオーラです。

「私のサングラスなのになんで私より似合うんだ!むかつく!」とぷんすこ憤る侯爵様。セシル様はなんでもお似合いになりそうなので仕方ないかもしれません。


「取り敢えずはこれで問題解決かなぁ……。よし、じゃあ父さんは役目を果たしたから帰るね」

「用事これだけかよ!?」

「うん。これだけ」

「あっそ。それならとっとと帰りなよね!ボクはこれからこの子とロレーヌに行く約束してるんだからさ!」

「この子……?」


 セシル様が私の隣に移動し、そこで初めて侯爵様の目がこちらを向きました。街の人達と同じような格好をしていたので気が付かなかったようです。

 侯爵様は私をまじまじと見ると、「はて」と小首を傾げました。


「なーんかどっかで会ったことある気がするなぁ……。少し前の商談でお会いした……?違うなぁ……うーん……?」

「あ、あの……私は……」

「ダンデリオン伯爵家のコレット嬢だよ」

「ああ、ダンデリオン伯爵家の!なるほど〜どうりで見たことがあると……。伯爵家のご令嬢が何でこんな所に!!?」

「そのくだりはもうボクが最初にやったんだよ!」


 かくかくしかじか、私がマルシェで手作りお菓子の販売をする事になった経緯を説明します。侯爵様は話を聞いて呆けた顔をしていましたが、「ほへ〜……勇気あるねぇ」と納得して下さったようでした。


「なるほど、それでセシルがべったりくっついて護衛みたいな事してるんだね?ご令嬢に何かあったら大変だし」

「そりゃ最初は確かにそうだったけど、今は別にそれだけってわけじゃ……」

「ん?」


 侯爵様がセシル様の顔と私の顔を見比べます。


「え?……え?」


 侯爵様の表情がだんだんと固くなっていきます。

 どうしたのでしょうか。セシル様の方を向こうとしたその時、侯爵様の声が周囲に響き渡りました。


「えっ!?そ、そうなの!!?」

「うるっさいな〜!そうなの!だからもうボクのことはほっといて、さっさと行った!邪魔だよ!」

「えーっえーっ!すっごく意外!でもそっか、ダンデリオン伯爵家かぁ……私あの人達好きなんだよなぁ、素朴で優しくてあったかくて。そっか、そっかぁ……!」


「今後とも息子をどうぞよろしく!」と差し出された手におずおずと自分のものを重ねると、ぎゅっと力強く握られました。侯爵様は本当に嬉しそうににこにこしていらして、私も戸惑いつつも釣られてにこにこしてしまいます。


「じゃっ!楽しんでおいで!」

「もう来るなよな!」

「近いうちにまた冷やかす!」

「くそおやじ!」


 セシル様、お口が悪いです。怒りか恥ずかしさか、それともその両方か。ぷるぷると握り締めた拳を震わせて叫んだセシル様は、深い溜め息を吐くとくるりとこちらを振り向きました。


「ほ……ほら、行くよ。フルーツポンチ、食べるんだろ?」


 お父様が来たのが恥ずかしかったのか、まだ少し顔の赤いセシル様。


『侯爵様の嬉しそうに笑った時の顔、お菓子見た時のセシル様とそっくりだったわ』


 やっぱり親子だなぁ、なんて微笑ましく思ってしまいます。


「な、何笑ってるんだよ……!」

「ふふ、ごめんなさい。行きましょうか」


 その後、セシル様と一緒に食べたフルーツポンチはしゅわしゅわして、とっても爽やかで幸せな味がしたのでした。



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