表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

11本目 花占いと面食いメイド

 翌週末。

 本日も張り切ってお菓子の販売をしていこうと思います。私は子豚のマスコットの付いたトランクケースを抱え、隣を歩く人物を見上げました。


「エイダ、私の荷物を持たせてしまってごめんなさいね」

「いえいえ!お嬢様の為ならこのエイダ、どんなものでも持ち上げてみせます!」

「うふふ、ありがとう。でも落として怪我しちゃうといけないからあまり重いものは持たないでね?」

「お嬢様……なんとお優しい……!わたくし、感涙で前が見えません……!」


「よよよ……」と丸いメガネを上げてハンカチで涙を拭くのは私付きのメイドのエイダです。頭の後ろでお団子に纏めた焦げ茶色の髪に、濃い緑の切れ長の瞳。三十歳で女性にしてはかなり身長が高く、それでいて少しがっしりした体型です。

 セシル様に言われた通り、今日はエイダにも一緒に付いてきてもらいました。


 エイダは先々週から実家の弟さんの結婚式があり長期休みをとっていたのですが、一昨日帰って来てマックスから私がローゼブル侯爵領に二回も一人で行ったと聞いたのが相当ショックだったようで「どうしてわたくしを供に付けずに行ってしまわれたのですか!」と泣かれてしまいました。

 エイダに心配を掛けさせてしまってとっても反省しています。なので今回のお菓子販売ではエイダとずっと一緒に行動するつもりです。


 エイダが一緒なら、きっとセシル様のお手を煩わせてしまうこともないでしょうから。



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「あら……?」


 マルシェに行く途中にある公園。その中で銀色の長い髪がさらさらと風に揺れているのを見付けて足を止めます。


「セシル様……?」


 公園の中で座り込む、すらりと伸びた美しい背中。ここからでも分かる美青年オーラに、纏っているオーラさえ美しいなんてさすがセシル様だわと思わず尊敬します。


「好き、嫌い、好き、嫌い……」


 微かにですが、何やらぶつぶつと呟く声が聞こえてきます。

 何をしているのでしょうか。

 私は花を踏まないように気を付けながら、そっとセシル様の元へ歩み寄りました。


「好き、きら……えっ嫌い!?そ、そんな!やっぱりあのへっぽこアピールのせいで……!?」

「セシル様、おはようございます」

「ぎゃーーーーッ!!!」


 一瞬にしてセシル様がびょん!と飛び跳ね、ズザザザッ!と五メートル程後退りました。

 まるで幽霊に出くわしたかのような反応です。これがお化け屋敷だったならお化け役の人はさぞかしやり甲斐がある事でしょう。自分は脅かし役のプロなんじゃないかと錯覚して自分でお化け屋敷を建ててしまうかもしれません。本日もお元気そうで何よりです。


「あ……あああああんた、来てたの……!?いつから……!!?」

「ええ、つい先程」

「さき、ほど……?」

「マルシェに向かう途中でセシル様がこちらにいらっしゃるのが見えたので、ご挨拶しようと」


 何かタイミングが悪かったのでしょうか。セシル様の顔が段々と真っ青を通り越して土気色になっていきます。


「せ、セシ……」


 セシル様がズシャァッと膝から崩れ落ちました。


「……死……!!!」

「セシル様!?だ、大丈夫ですか……!?」


 大変です。セシル様が「首を吊ろう……輪っか……輪っか……」と言いながら花かんむりを作り始めてしまいました。まあ、とってもお上手です。セシル様、なんて手先が器用なんでしょう。


 ではなくて。


「あの……セシル様は先程何をしていらっしゃったのですか……?背中で隠れて、よく見えなくて……」

「…………。えっ」


 セシル様が花かんむりを作る手を止めました。

 そして顔を上げ、神妙な面持ちでじっと見つめられます。


「確認の為に聞くんだけど」

「はい」

「……本当に見えてなかったの?」

「丁度セシル様の後ろ姿しか見えていなかったので……。でも何かを呟いてらしたような……?あっ、もしかして魔法の詠唱中……!?ごめんなさい、私お邪魔を……!」


 セシル様は代々水の魔力が受け継がれる、ローゼブル侯爵家の男性です。魔法の詠唱には集中力が必要らしいのに、まさかそれを邪魔してしまうなんて。

 すみませんと頭を下げると、小さくハッと息を飲む声が聞こえました。


「そ……そう!そうだよ!ボクは魔法の練習をしていたんだ!あははっあはははっ!」


 セシル様の表情がぱあぁっと明るくなりました。どうやら当たりだったようです。


「気にしなくていいよ!はっはっは!」と大袈裟に肩を揺らしながら笑うセシル様。魔法の練習の邪魔をしてしまったのになんてお優しいのでしょう。


『セシル様ならきっと美しくて素敵な魔法を使われるんでしょうね……』


 にこにこしているとセシル様がすっと顔を後ろに向けて何やらボソッと呟きました。


「……危なかった……!」

「……?どうかしましたか?」

「いいいいやいや何でもないよ!……ってあんた、それ……」

「あ、これは……」


 セシル様から頂いた子豚ちゃん。とても可愛らしかったのでトランクケースに付けて来たのです。


「この子がとっても可愛らしいので、気に入ってしまって……。私がマルシェに来る時は、この子も一緒にセシル様に会いに来ますね」

「…………!そっか……そっかぁ……!」


 セシル様の表情がパァァッと輝きました。周りにぽわぽわと花が飛んでいるように見えます。その笑顔が何だかとても可愛らしくて、私も一緒になって笑ってしまいました。


「そ、それじゃ……この花かんむり、あんたにあげるよ」

「えっ」


「手癖で作っちゃったからさ」と渡されたそれは完璧な出来栄えで。


『凄い、こんなに綺麗に作れるなんて……!』


 私は暫しまじまじとそれを見つめ、そっと頭に乗せてみました。


「ええと、こう……でしょうか」

「はわ……」

「は……花かんむりなんて子どもの時以来なので、少し照れくさいですね……。でも、嬉しい……。お部屋に飾って大切にしますね」


「ありがとうございます、セシル様」と微笑むと口元を覆っていたセシル様が今度は目を覆いました。


「………?あの、セシル様……?」

「目が!目がぁ……ッ!」


 目を抑えて突然苦しみ出したセシル様。私はくるりと後ろを振り向きました。……逆光でしょうか。

 セシル様に眩しい思いをさせる訳にはいきません。私はよいしょとセシル様の隣に座り直しました。


「なっ、なん、で……隣に……!?」

「あっ……すみません、いけませんでしたでしょうか……?」

「いいいやいやいや別にダメってわけじゃないけど……っ!」


 セシル様は顔を真っ赤にし、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。こちら側も眩しかったのでしょうか。難しいですね。


 それにしてもこの公園、花がとっても多くて素敵です。


「近い近い近い近い……!意識するなって言う方が無理な話だろ……!」


 よく見ると料理にも使われる食べられる花が咲いているではないですか。


「あああああ……!肩が当たってる……やわらかい……いい匂いがする……ぼ、ボクはどうすれば……っ!」


 砂糖漬けにすると美味しいし彩りも良いんですよね。お菓子の材料に少しだけ詰んで帰りましょう。


 ぷちぷちと花を詰み、セシル様の方を振り返ると。セシル様は花を持った私を見て「くぅ……っ!」と下唇を噛み締めました。何を耐えているのでしょう。あまり強く噛むと血が出てしまいますよ。


「お嬢様〜、マルシェの時間に遅れますよ〜」

「あっ、そうだったわ……!セシル様、それじゃあ私はこれで……!」

「待って、ボクも行く……ボクも行くから……」


 よろよろと立ち上がったセシル様。どうやら今日もお菓子の販売を手伝って下さるみたいです。本当に優しいお方です。私、感謝の気持ちでいっばいです。


 私は花かんむりを外してポシェットの中にそっと仕舞いました。

 と、セシル様の目が公園の前で私を待っていたエイダの方に向きます。


「あ、ボクの言った通り今日はちゃんと女の人の使用人を連れて来たんだね。感心感し……」

「か……」

「ん?」

「顔が良い!!!」

「え……エイダ!」

「ちょっとあんた、大丈夫!?」


 くらりとよろめいたエイダを慌てて抱きとめたセシル様。

 エイダは胸の前で手を組んで恍惚とした表情で天に召されそうになっています。ああだめ、死なないでエイダ……!


「この人どうしちゃったのさ!?持病!?発作!?」

「エイダは極度の面食いなんです……!かなりのミーハーで素敵な男性を前にすると幸福指数が限界に達して倒れてしまうそうで……」

「なんでそんな変な人連れて来ちゃったんだよ!?ボクを間近で見たら倒れるって少し考えたら分かるもんだろ!?」

「ずっと一緒に居る私付きのメイドなんです……!」

「ああそう!仲が良くてなによりだね!取り敢えずこの人運ぶよ!」


 お姫様抱っこで運ばれるエイダ。セシル様、凄いです。筋肉質で平均女性よりかなり重量のあるはずのエイダを楽々持ち上げています。さすが力持ちを自称するだけあってとても逞しいです。尊敬してしまいます。


 いえ、でもちょっと懸念事項が。


「何ぼーっとしてるんだよ!早く行くよ!」

「……あの、出来れば足元に気をつけて頂けると……」

「人抱えてんだから意地でもずっ転けたりしないよ!ごちゃごちゃ言わずにとっとと来な!」

「ひぇえごめんなさい……」



 ❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋



「ローゼブル侯爵家の方に運ばせてしまうなんて一生の不覚……!大変申し訳ございませんでした!」

「遠いよ!!!」

「セシル様、近くに居ると倒れてしまうので……」


 顔がぼんやり見えるか見えないかというくらいの遠く離れた地点から頭を下げるエイダ。

 エイダは立ったまま地面に頭が付いてしまいそうなくらい頭を下げていて、その身体の柔らかさに「うわ身体柔らかっ!」とセシル様もびっくりしています。

 寝る前に私と一緒にしている柔軟体操の成果が出たわ、なんて思っているとセシル様が「どうするつもりなのさ、あの人」とこちらをじっとりと見つめてきました。


「ボクが居たらあの人が倒れちゃうから、ボクがあんたに近付けないじゃないか!」

「あの……そもそもエイダが居ればセシル様にわざわざ一緒について守って頂かなくても大丈夫なのでは……」


 侯爵領の治安を守るセシル様にとって私が貴族の令嬢で保護対象だったとしても、エイダという頼れるメイドが側についている今ならばセシル様の心配する事件なんてものには巻き込まれないはずです。

 そう思っての発言だったのですが、セシル様は何故か「えっ……」と急に世界の終わりのような声を出しました。


「ぼ、ボクと話したくない……?はっ!やっぱり嫌い……!?ううう嘘だ、ボクは信じないぞ……あんな子供騙しの占いなんて……っ!」


 セシル様は何かに怯えているのか、涙目で可哀想なくらいガタガタと震え出してしまいました。占いとはいったい何のことでしょう。よく分かりませんがなんだか誤解されてしまっているようです。

「嫌いじゃありません……!」と慌てて宥めるとピタリとセシル様のバイブレーションが止まりました。


「嫌いじゃない……?」

「はい、嫌いじゃないですよ」


 私が嫌われるのならまだしも、私がセシル様の事を嫌いになるなんてこと、あるはずがありません。

 寧ろ貴族の令嬢だというだけでこんなぽっちゃりした美人でもない平凡な私に親切にして下さって、その上セシル様の方から話し掛けて下さるなんて。

 こんなに良くして頂いて本当にいいんでしょうか。逆に私の方が不安になってきてしまいます。


「それじゃあ……」


 セシル様の服のポケットからひらり、ピンク色の花びらが零れ落ちました。

 熱を帯びたように潤み、私を捉えて離さないアメジスト色の瞳。

 私ははっと息を飲みました。


「ボクのこと、ちょっとは好……」


 カラン、カラーンと音を立て、時計台が十時を報せる鐘が鳴ってしまったのです。


 十時。いけません、マルシェが始まる時間です。


「セシル様、どうしましょう!マルシェが始まってしまいます……!」

「ああっ!?まだ商品並べてないのに!ああもう、勝手に並べるよ!」

「エイダ!戻って来て、エイダ〜!」

「申し訳ございません、倒れてしまうので行けませんん!このエイダ、己が心底恨めしい!ああ顔が良い!」


 ドタバタと慌ただしい朝。

 セシル様の言葉の続きは気になりましたが、私はお菓子の販売に追われ、あまりの忙しさにすっかり忘れてしまったのでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twitterしてます。 執筆状況、小ネタ、呟きなど。 https://mobile.twitter.com/home セシル様の弟、爆走初恋少年ルートの物語はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n9338gj/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ