1本目 青い薔薇の咲く街と棘のある美青年
蜘蛛の巣のように街に張り巡らされた水路の水は透き通るように美しく。その上を小舟が数隻、ゆっくりと流れていきます。
「まぁ、素敵な街……!」
青い薔薇があちこちで咲き乱れる美しい街を前に、私は思わず感嘆のため息を吐きました。
「マックス、ここまでわざわざ送ってくれてどうもありがとう」
「いーえ。今日の夕方までお一人で過ごされるって聞いたッスけど、くれぐれも変な輩には気を付けて下さいッス」
「ふふ、ありがとう。あなたも道中、気を付けて帰ってね」
「はいはい、ありがとうございま〜す」
カラカラと去って行く馬車に笑顔で手を振り、私は手に持っていたトランクケースをきゅっと持ち直しました。中に入っているものは全部、私の手作りのお菓子です。
「ふふっ、なんだかわくわくしてきちゃったわ……!」
愉快な音楽が鳴り響く市場の向こう。そこが本日の目的地です。
私は街の中心である広場を目指して歩き出しました。
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私、コレット・ダンデリオンは伯爵家の生まれです。
小さい頃からお菓子が好きで、ずっとお菓子を食べているうちに自分でもお菓子を手作りしたいと思うようになり、いつからかお菓子作りが趣味になりました。
そうして付いたあだ名は《お菓子なコレット》。お菓子を毎日食べているせいか気付けばぽっちゃりと呼ばれる体型になってしまった私は、残念ながらすらりとしたシルエットが好まれる傾向にある貴族社会ではあまり魅力的ではないようで。
結婚したところで毒にも薬にもならない田舎の我が家と縁を結びたいと思ってくれる家は中々居ないという事もあり、現在は女学院を卒業しても縁談が来ないのを理由に実家の厨房に篭ってお菓子作りをしています。
そんな平凡な日々を送っていた私も、毎日お菓子を作っていて思うようになったのです。
自分の作ったお菓子を自分の手で売ってみたい!……と。
家族のお菓子に対する反応も最初は良かったのですが、連日焼き菓子が続くとさすがに堪えたのか残念ながら飽きられてしまいました。
それならばとダンデリオン伯爵領の比較的賑やかな街でお菓子を販売しようと密かに準備をしていたところ、通りすがりのこどもの「今日もうちのお菓子はクッキーだって。もう飽きちゃったよ」「げーってかんじだよねー」といううんざりした声が……。
なんということでしょう!
私、衝撃を受けました。
ダンデリオン伯爵領は領地の半分以上の面積を小麦畑が埋め尽くす広大な土地です。
故に、小麦が手に入りやすく家で出るお菓子は焼き菓子が一般的なうちの領地で同じく見飽きた焼き菓子を売っても誰にも手に取っては貰えないという当たり前の事実に打ちのめされたのでした。
自領で売っても誰にも見て貰えない。ならば物資の流通を主にしている領地でなら売れるかもしれないと思い、良い売り場の情報を探ろうとお茶会に行った先で。
社交界のファッションリーダーと名高いローゼブル侯爵夫人に是非うちに遊びにいらっしゃいというお誘いを頂きました。
ローゼブル侯爵領はダンデリオン伯爵領から少し離れた所にあり、賑やかでとても治安が良いと評判の街です。一般人でも届出を出せば商品を出品出来るマルシェもありますし、初めて商売をするにはうってつけです。
もしかしたら夫人は私がお菓子の売り場を探していると知っていたのかもしれません。
あの意味深なウインク。「あなたとうち、相性バッチリだと思うのよ!」という夫人の言葉。女性の情報網の凄まじさに恐れ慄くばかりです。
というわけで本日、勝手ながらマルシェの出店者としてお邪魔させて頂くことになったのでした。
出店者はほぼ平民出身の商人ばかり。貴族だとバレてしまうとややこしいことになってしまいそうなので、下町の人が着るような服も取り寄せて準備も万端です。
「へ、変じゃないかしら……ううん、だめよ弱気になっちゃ……!今日からは全部一人でも頑張るんだもの……!」
一人では何も出来ない自分とは今日でお別れです。
エプロンワンピースの解けかかったリボンをキュッと結び直し、私はよしと気合を入れました。
❂ ❃ ❅ ❆ ❈ ❉ ❊ ❋
ここ、ローゼブル侯爵領では毎週末様々な分野のお店が出店する《青薔薇マルシェ》が開かれています。
事前に申請をしておけば誰でも気軽に店を開く事が出来るとはいえ、商売をするのなんて初めての事なので緊張します。
ちゃんと買って貰えるでしょうか、どきどきです。
「ええと、私のスペースは……あ、あったわ……!」
私に割り当てられたのは広場に置いてあるピアノの近くのテントスペースでした。長いテーブルがあり、そこにカゴを置いてお菓子を並べ、小さな看板や値札などを立てていきます。
何度も外から見ておかしな所はないか確認して、ようやく納得のいく配置になり、私はほっと息を吐きました。
周りを見渡すと、マルシェはまだどこも開店準備中で、朝の慌ただしい雰囲気が漂っています。
広場の中央、噴水付近ではアコーディオンやバイオリンの奏者が音鳴らしをしていて、これから演奏が始まるのかと思うと何だかわくわくします。
「ふぅ……」
マルシェの開始時刻は10時。今は開店10分前です。
家から少し離れた領地で一人で商売。道行く人々はみんな私の事を知らないとはいえ、何だか緊張してしまいます。
「ねえ」
やっぱり、緊張を解すには甘いものです。自分用に持って来たお菓子を食べてしまいましょうか。
「ねえあんた」
マドレーヌとクッキーとカップケーキ、どれにしようか迷います。
「うーん、どれにしようかしら……」
「ねえってば!ちょっと、聞こえてる!?あんたのその頭の横にふたつ付いてる耳は飾りなのかよ!」
「え……?」
突然少し棘のある男性の声が降ってきて顔を上げると、目の前にとんでもない美形の男の人が立っていました。
腰まである、まるで星のように輝く銀色の髪に、見るもの全てを魅了するアメジストの瞳。そして神が作った芸術品ですと言われたら納得してしまうほどに恐ろしく整った顔立ち。
彼は麗しすぎる瞳をキュッとつり上がらせ、じっとこちらを見つめていました。
『もしかして……セシル様……?』
驚きのあまりぽかんとする私に「ぼーっとしてないでさ、客だよ客」と不機嫌そうに腕を組む、セシル様。私は彼を社交の場で何度か見たことがあります。
セシル・ローゼブル。
何を隠そう、この侯爵領を納めているローゼブル侯爵家の跡取り息子なのでした。
お読みいただきありがとうございます( *´︶`*)
天然ぽっちゃり令嬢のコレットさんと、ツンデレだけどポンコツで少し様子のおかしいセシル様の恋をよろしくお願いします〜
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