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答えのないミステリー(掌編)

メモリ

作者: 檸檬 絵郎


 町外れの森の奥に無人の駅舎があるのを知っていた。知ってはいたが、それはただ頭の片隅に長いこと居座りつづけていたというだけで、じっさいに利用したことはないし、他人ひととの会話でその駅のうわさをすることもなかった。いつどこで知ったことなのか、駅はほんとうに存在するのか。—— 深く考えることもなく、その駅に関する不明瞭な認知とイメージとは、わたしの頭の片隅に残りつづけていた。

 それが今夜、ふとしたことがきっかけで、友人との会話の途中にわたしはその駅の話を持ち出した。その友人とは気のおけない幼馴染みの関係で、幼少のころからいろいろな話をして盛りあがった仲だった。最近はしばらく会っていなかったが、久しぶりに会って食事をしたいと連絡があり、わたしは彼と会うことにしたのだ。

 わたしは他人と駅の話をしたことがないと言ったが、この友人とだけはどのような話も一度はしていたつもりでいたために、この駅に関する噂話もいつかしていたはずだろうと思っていた。しかし、駅の話を聞いた友人は不審そうな顔をして、知らないと言った。友人の言うには、わたしとこの話で盛りあがったこともないし、そもそもが町外れの森の怪しげな無人駅の噂などまったく聞いたことがないという話だった。これを聞いて、わたしは軽い衝撃を受けはしたものの、そういえばこの話は他の友人ともしたことがないなと思いいたり、町ではあまりにも有名な噂話のためにあえて他人とこの話をする必要もなかったのだろう、この友人とも他におもしろい話題が絶えなかったためにあえてこの話をすることもなかったのだろうとそのときは納得した。

 ところが、友人と別れて家路につくと、わたしの心に疑念がふくらみはじめた。まず、友人はまったくこの話を知らないと言ったが、これはどう考えてもおかしなことだ。なにせ、町では知らない者のいないほど有名な話なのだから。わたしがむかし友人とこの話をしたというのは、わたしの記憶違いかもしれなかった。しかし、この町では有名なあの駅のことを友人がまったく聞いたこともないと言ったのは、やはりおかしなことだった。加えていうならば、そういえばこの友人、一時期オカルトや怪談のような趣味に非常に凝っていたことがあり、それを考えるとこの都市伝説めいた駅の話を友人が取りこぼしていたとは到底考えられないことだった。

 わたしの疑念は思わぬ方向へ向いた。そういえば、わたしはこの話をどこで知ったのだろう。思い返してみると、有名な話という認識はあっても、ふしぎなことに他人からこの話を聞いた記憶というのはわたしの記憶にも残っていなかったのだ。いつの間にか知っていて、知らないうちに当たり前の知識になっていた、ぼんやりとした話の輪郭。親から聞いたわけでもない、先生から教わったことでもない、—— やがてわたしの思考は、気のおけない幼馴染みの友人へと行きついた。

 そうだ、わたしはこの友人から駅の話を聞いたのだ。たしか、—— わたしは聞いた話の内容を驚くほど明瞭に思い出していった —— むかし、町のだれもが認める仲良しの二人組がいた。しかしある晩、彼らはふとしたきっかけから口論になり、彼らのうちひとりが、もうひとりを駅のホームから線路へと突き落とした。瞬間、まばゆいライトをともした列車が現れて、そのひとりをさらっていった。……今ではその路線は廃止になり、森の中に当時の駅舎のみが残っている。だれでも真夜中にその駅を訪れてホームに立つと、後ろにその人自身の親友が現れてにっこり笑うのだと言われている。—— そのような話を、わたしは親友から聞いたのだ。





 彼は、わたしになにか、隠し事があるのではないか。


 あるとすれば、もういちど彼に会って、聞き出さなくてはならない。




 —— わたしは得体のしれない感情にきうごかされて、はじめて訪れる薄暗い道を歩んでいた。なぜかはわからないが、今歩いているこの道が、彼のいる場所へつづいているという確信があった。




 約束だよ。そのときは……通って、くるんだ。



 —— 薄暗い道の先に、ぼんやりとした小屋のような輪郭が現れはじめた。吸い寄せられるように、わたしは歩みをはやめていった。







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