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愛の示し方  作者: べーこ
番外編
7/8

彼のレゾンデートル

彼らの本編途中の出来事で、夢に現れた赤城君が愛憎のままにほのかちゃんを詰り、ちょっと歪んだデートをするお話です。

 夜が大嫌いだ。

 眠りたくないと心の中で思う。ベッドに入って横になる。すぐ側で陽光君が私をじっと見つめている。

 彼の視線が嫌で壁側に体を向ける。

 陽光君がいつものようにいる。こっそり用意した盛り塩は結局効果がなかったのかと内心で思う。

 眠りたくない。眠ってしまえば2人きりの時間がやってくる。そして夜が明けるまで彼の愛憎を一身に受ける事になる。だけど目蓋が重たい。目を開けていられない。


***


 気がつくと普段授業を受けている教室にいた。

 結局今日も夢に引き込まれてしまったのだ。

 教室には西陽が差し込んでいる。そのおかげで教室全体がオレンジ色に照らされている。窓から見える空は茜色に染め上げられている。

 すぐそばには学生服姿の陽光君が佇んでいた。相変わらず果物が熟れたような甘くて重い香りがする。


「こんばんは。また会えたね」

「こんばんはってさっきまで私の事見つめていたじゃない」

「そんなに嫌な顔しないでよ。今までお話しできなかった分だけ君とお話ししたいだけだよ。ほら立って話すのもどうかと思うし座ろうよ」

「わかった」


 彼が指差した先に目をやると向かい合わせになった机が2台あった。

 彼に言われるがままに席に座る。そしてその向かいには陽光君が座る。友達と机をくっつけてお弁当を食べるみたいだなって思ってしまう。


「こうやって誰かと机をくっつけてお話しするのは初めてなんだ」

「そうなんだ……」


 陽光君は私を見て少しだけ嬉しそうに笑う。


「この世界はいいね。だって誰も僕と信濃さんの逢瀬を邪魔をする事はできない。それに君だって僕からは逃げられない。あの時は信濃さんに避けられてとっても寂しかったよ」

「ごめんなさい……でも陽光君は私がいなくても。だってたくさんの人に囲まれるようになっていたじゃない」

「もしかして僕に寄ってきた女子の事言ってるの?僕が一緒にいたかったのは君だけ。彼女らなんてどうでもよかったよ」

「でも彼女たちは何の取り柄もない私なんかよりもずっと魅力的だったはずよ」

「それは信濃さんや世間一般の価値観の話でしょ?何度だって言うけど僕が求めていたのは君だけだよ。それなのに君は僕を……」


 陽光君は言葉を切る。目は責めるように私を射抜く。この後に続く言葉はきっと「裏切った」だろう。

 私は自分可愛さに彼を切り捨てて大多数の輪に入る事をを選んだ。周りから浮いてまで彼を選ぶほど私は強い人間ではなかった。そしてその時は自分の事でいっぱいいっぱいで彼の気持ちを全く顧みようとしなかったのだ。

 だからこうして霊となった彼に憑かれてしまった。裏切りの代償はあまりにも大きいものだった。


「お願い許して。貴方にひどい事をしたのは謝るから」

「許してか。僕を避けたことを言っているの?」

「そう。お願い私を解放して……そしてもう誰も傷つけないで」

「ごめんね、信濃さん。どちらのお願いも聞いてあげられない。だって僕はこうして化けて出るくらいに君のことが好き。君がいる限りは成仏できないんだ。それにね、言ったでしょう。君の肉体が朽ち果てるまで側にいるって」


 彼の一生離れない宣言に身体がゾクッとする。小さいけれど芯のある強い意志を持った声に嘘は見られない。言葉通り彼は私が死ぬまで側にいるのだろう。

 彼は身を乗り出して私の右頬をゆっくり撫でる。彼の真っ白い手は生きている人間にはあり得ないほどに白い。まさに死者の手だ。冷たいひんやりとした感覚が私を襲う。

 彼は私の夢の中だけでは実体を持つみたいで物に触れる事ができる。いつもの現実の世界だと姿は見えるのに霧のように触れる事はできない。


「何もしてないのにそんな怖がる顔をしないでよ。それに僕がこうやって周りを呪うのは信濃さんへのお仕置きでもあるんだよ」

「お仕置き…」

「そうお仕置き。部屋にこっそり塩を盛ったよね。僕が部屋に入れないように対策したつもりだったの?あわよくば消えてしまえばいいとでも思った?本当に酷い人だね。でも残念だったね。盛り塩とか全然効かないんだ」


 血の気がひいていく。

 バレないように試したつもりだったが陽光君にはお見通しだったみたい。寝る時に何も言わなかったからバレていないと思っていたが私の認識が甘い事をはっきりと理解させられる。

 間違いなく陽光君の機嫌を損ねてしまった。彼の機嫌を損ねると大概ロクな事にならない。


「かーわいい。顔にぜーんぶ出ているよ。図星だったんだね。何か言い訳してみる?自分が可愛くて可愛くて仕方がない臆病者の信濃さん」


 陽光君は私の頬を撫でるのをやめて姿勢を正す。彼は口元だけを歪めて笑う。目だけはどこまでも冷え切っている。夜の湖のような冷たさだ。彼の冷めた瞳に見つめられると水の底まで引きずり込まれてしまいそうになる。


「ごめんなさい。全部陽光君の言う通りです。出来心だったの。もうしないから」

「正直で素直な信濃さんは好きだよ。ご褒美にどうして僕が君を悪く言う人間を呪うのか教えてあげる。お仕置きとか言ってるけど本当はただの嫉妬だよ」

「嫉妬?」

「身を焦がしそうな程に君を想っている僕じゃなくて、君の事を平気で悪く言う人間を選んだ事が許せなかったんだ」


 霊になってから陽光君は自分の気持ちをはっきりと示すようになった。生前の彼はこのようにはっきりと自分の感情を口に出す事はあまりしなかった。


「学校を歩き回っていると君の噂が嫌でも聞こえてくるんだ。君の事を大切にしてくれるならまだしも、君を陰で見下す人間を選んだのは悲しかったよ。ねえ君は彼女らといて楽しかった?」

「……楽しくなかったわ」


 自分の平穏のために陽光君を裏切ったという罪悪感がいつだって渦巻いていた。

 彼女らといる時はずっと脳裏に陽光君の姿が過ぎっていた。

 そして彼女らと行くショッピングや話の合わないお喋りよりも陽光君と過ごす穏やかな時間の方がずっと好きだった。


「そっか。ちょっと安心したよ。これで僕といる時よりずっと良かったとか言われたらどうしようかと思った」

「そう……」

「いじめ過ぎちゃったね。まだ夜明けまで時間があるね。せっかくだからデートしようよ」


 私たち付き合ってないのにと言いそうになったけどそれは野暮なものだろう。

 陽光君は立ち上がって私に手を差し出す。


「僕の手を取って」


 その言葉と同時に身体が勝手に動いて陽光君の手を取る。氷のように冷たい手が私の手を強く握った。

 席を立って、陽光君と手を繋いだまま教室を出る。

 廊下は人気がなく日が沈みかけているせいか薄暗く不気味な雰囲気だ。蛍光灯の明かりは冷たさを感じる白色でより不気味な雰囲気を醸し出している。


「ねえ陽光君どこに行くの?」

「すぐにわかるよ」


 そう言って陽光君は私の手を握ったまま階段を上っていく。そして屋上へと向かって歩いていく。

 屋上の扉を陽光君が開ける。外はいつの間にか真っ暗になっていて涼しい風が吹き込んでくる。

 学校の夜の屋上なんて初めてだ。


「屋上?陽光君ここで何をしたいの」

「見ていればわかるよ」


 その時に口笛のような音が聞こえて、何かが破裂する音が聞こえた。聞き覚えのある音だ。

 空を見上げると赤、緑、黄色と様々な色の花が夜空に咲いていた。


「花火だ」

「こうやって君と2人で花火を見てみたかったんだ。学校の屋上っていうのが青春って感じがするでしょう?」


 陽光君は花火を見上げたまま話し出す。


「青春か……陽光君の口からは似合わない言葉だね。そういうの興味無さそうな顔してたから」

「僕だって高校生だよ。それなりに青春には憧れだってあるよ」

「そっか」


そんな言葉を言いながら彼は私の青春を台無しにして行った。この人は矛盾だらけだ。


「信濃さん、花火見ながらでいいから聞いていてね」

「うん……」

「僕は信濃さんの事愛してるよ。それこそ君と一緒にいるためなら僕はなんだってできる。君以外はどうだっていいんだ。君が僕の存在理由なんだ。だから絶対に君の事は逃してあげない。お願いだから逃げようとしないでね。もし君にそんな事されたら……その時は殺しちゃうかもね」


 花火の音がうるさいはずなのに陽光君の声はなぜかハッキリと聞こえる。ゆっくりと言い聞かせるように紡がれる言葉は確かな感情がこもっている。


「わかったよ」


 音が聞こえなくなった。

 花火が全て終わったみたいだ。花火という光源を失った屋上は真っ暗だ。さらに風の音ですらよく聞こえるほど静まりかえっていて不気味だ。

 その時立ちくらみに襲われる。目の前が暗くなって座り込んでしまう。


「もうすぐ目が覚めるんだね。2人きりの時間が終わるのは寂しいな」

「目が覚めたってすぐに会えるじゃない」

「信濃さんと2人きりがいいの。わかってよ」


 やっと解放される。彼が嫌いなわけじゃない。ただ怖いのだ。花火を見ていた時の陽光君の言葉は本気だ。彼はいつだって全力で愛の言葉を私に囁く。

 燃え上がる炎のような熱情が怖い。そしてその情熱は狂気の炎となって私の周りを燃やし尽くしていく。

 受けいられるわけがない。

 だって私は今まで生きていてそんな感情を向けられたことがない。

 そして彼と同じ想いは絶対に持つことができない。だって私は愛のために一心不乱となって突き進む事はできない。

「愛してる」

 どこにだってある愛の言葉に私はずっと怯え続けるのだろう。

 寝ても覚めても美しい男の愛に私は怯え続けるのだ。


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