酒場の魔術師6
「ああ、そう言えば今日は町に旅人が来てたよ」
「へぇ、どんな奴だった?」
「綺麗な吟遊詩人が一人に、旅の戦士が二人、いや三人だな。
吟遊詩人は都で評判の魔術師を探してるらしいが、お前さんの事じゃないのかい?」
「よせやい、俺は町のしがない魔術師だぜぇ。
吟遊詩人が尋ねて来るわけねーじゃん」
そう言って、腹を抱えて笑い出す。
「で、その吟遊詩人、何て言ってた?」
「美貌の魔術師だとか言ってたぞ」
アルディスもマスターも、他人事のように笑っていた。
「俺、明日はヒマだから、そいつの顔見に見に来ようかなっ。
どーしよ、魔術師っぽい恰好しようか、それとも騙しちゃおうか」
笑い過ぎて、グラスを持つ手が震えている。
「いつもの恰好でいいんじゃないか?
お前、それでなくても魔術師らしくないんだからな」
マスターに言われて、壁の鏡を見ると、服だけは黒だが、魔術師にはとても見えない自分の姿が映っていた。
「…まー、見えねーよなっ」
膝近くまで流れる、金に近い長く伸ばした髪。
透き通るように白い肌、意思の強さを秘めた青い瞳、身長の割に華奢な身体。
とても一見しただけでは、魔術師には見えない。
「この町に来たばかりの時のお前も、とても魔術師には見えなかったよな」
一年前のアルディスを思い出して、頬笑むマスター。
「あの頃のお前さん、可愛かったよな」
「…何思い出してんだよ、マスター。
つまんねぇ事思い出してんじゃねーよ」
いつ年前の自分を思い出して、頬を少し染めるアルディス。
「お前、酒場に来た途端に騒ぎを起こしてくれたよなぁ」
「あー、そんなコトもあったっけなー」
昼の酒場にも酒を飲みに集まる人々がいて、夜には劣るが、それなりに賑やかな雰囲気を醸し出していた。
そこに、一人の旅人が顔を出した。
長い髪の、美しい魔術師。
「火酒を、一杯」
「いらっしゃい、この町は初めて?」
カウンターの席に、座る魔術師にグラスを出しながら、問いかけるマスター。
グラスを受け取りながら、頷く。
一息でグラスを空にすると、被っていたマントのフードを跳ね除ける。
フードから現れた、その美しさに、その場に居た全員が息を飲む。
「もう一杯」
マスターが差し出すグラスに手を伸ばそうとした時、その手を止める者がいた。
「…………」
掴まれた手首を不愉快そうに一瞥していると、そのまま手を引かれた。
「あんた、綺麗だな、俺と一晩どうだ?
優しくするぜぇ」
下卑た笑みを浮かべて、男が誘いをかける。
「…あいにくだが、俺は男だ」
掴まれた手はそのままに、きつい口調で睨みつける。
「あんた、男か?
でもあんたくれぇ綺麗なら、どっちでもいいや。
どうだい、楽しませてやるぜ?」
「騒ぎは…」
マスターが止めようと口を開きかけたが、言い終わる前に、騒ぎは起きた。
男が魔術師の身体を引き寄せて抱こうとした、その時、男の周りに風の竜巻が起き、身体を引き裂いていった。
「とっとと離せよな…」
髪の下から光る、氷のように冷たい瞳。
服を血に染めて、傷だらけになりながらも、今だ魔術師の手を離そうとしない男に業を煮やし、更に攻撃をと、呪文を唱える。
風に髪が舞い、ナイフのように冷たい視線を投げかける、その妖しい美しさに、周りの人間全てが目を奪われる
「うわぁあああっ!」
男の叫びに、気が付くと、傷ついた男の身体に炎が巻き付いていた。
「…早く離さねーからだ…」
掴まれていた自分の腕を取り戻し、何もなかったかのように、カウンターの席に戻る。
「マスター、勘定を」
そして、そのまま酒場を出ていく魔術師。
それがアルディスとの出会いだった。