酒場の魔術師3
「あれから…もう二年経つんだな…」
ある日、ふとももらした言葉。
その言葉を聞いたのは、たった一人、酒場のマスターだけだった。
マスターは自分からは何も聞かない。
アルディスが自分から話し出すのを待っていた。
そして、酒のせいか、少しずつ、語りだすアルディス。
昔、約束したことがあるのだと、そして自分はその約束を守りたくて、待っているのだと。
いつになるかも分からない約束を、ただこうして待っているなんて、俺らしくないな、と苦笑いするアルディスに、マスターは何も答えず、とっておきの酒を一杯、彼に出したのだった。
アルディスの店の前に、さっきの男が待っていた。
「よぉ、早く着きすぎちまったよ」
そう言って笑う。
アルディスはこの男が嫌いではなかった。
名前の割には、この男の笑顔は無邪気で、子供のような笑い方をして、見ている者の気分を明るくさせてくれる。
「ちょっと待っててくれ、今開けるから」
そう言って、アルディスは戸にかけられた鍵を外した。
そして、薄暗い店に入っていくと、ランタンに火を灯し、男を呼び入れた。
「入って来いよ、ボーダー」
「サンキュ」
大きな身体でドアをくぐり、店の中に入る。
「相変わらず、何が何だか俺にはさっぱりだなぁ」
「素人にそう簡単に解られちゃ、俺が困る」
ボーダーの笑顔につられて、アルディスも笑顔を見せる。
「で、要件は?」
そして、数分後、手を振って笑いながら去っていくポーダーの姿があった。
「…また、面倒な仕事を持ち込んで来たよな、あいつ」
苦笑しながら、棚の薬瓶をいくつか選び出すアルディス。
「ま、面倒なだけで簡単だからいいとするか…」
そして、店の奥で薬の調合を始める。
この時代、魔術師は腕のいい薬師でもあった。
医者がいなくても、魔術師がいれば、よほどの事がない限り不自由はないと、小さな無医村などでは、魔術師は重宝されていた。
分量を正確に測り、すり鉢で細かく磨り潰す。
そして何堤かの調合薬を作ると、傍らの蝋引きの袋に入れた。
「あとは……と」
そして、作業台の上で宝石の入った箱を開けて、選別にかかる。
「…赤いのがいいよな」
赤く光る宝石をいくつか選び出し、その中でも特に美しい石をひとつ取り出す。
彼が作ろうとしているのは、ただ一人の為の指輪だった。
「おっと…こっから先の作業は店を閉めて置かないとな」
呪文を織り込むので、ちょっとでも邪魔が入れば、台無しになってしまい、また最初から、或いは使い物にならなくなるのだ。
店にクローズの札をかけてドアに鍵をかけると、また作業場に戻っていった。