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甘いオトコ  作者: 七海
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スクールラブは甘くてしょっぱい



中高一貫性の女子校だった私は、大学になって初めて、思春期の男子というもに触れた。彼らは同い年のクセに、せわしく容姿や恋の話をして、裏では何処の女子が一番かわいいのかなどと話しているのを見かけた。


私が身近な男子と言えば、父だけで、私の記憶にある小学生の男子たちが思春期になり、打って変わった様子に、戸惑いを隠せなかった。


男子だけではなく、女子も例外ではなく、毎日色めきたち、お洒落やサークル活動に合コン。


いつぞやに、「雪ちゃんもおいでよ」と言われたが、それが数合わせだということを知っていた私はやんわり断った。


楽しいはずのキャンパスライフは、私にとってはとても窮屈で、回りに合わせることで窒息しそうな日々を送っていた。


唯一、心を許せたのは同じ学部で、今も同じ会社に勤める穂乃花だったが、穂乃花が居ない休み時間はとても退屈でランチを校舎の裏の隅で1人で食べることがあった。


回りから聞こえる楽しげな声に、自分の居場所は何処にも無いのではないかと、度々脳裏に過ることがあり私はその度自分の膝を抱えて小さく階段の隅で丸まっていた。


そんなある日、小さく丸まった私の横に誰かが少し離れて座り、お昼ごはんを食べ始めた。


「あーっ、旨いっ。君も1個食べる?」


美味しい匂いに釣られて、組んだ腕の隙間からチラッと盗み見ると柔和な笑顔の男子がミートボールを私に向け差し出していた。


「…え、と、大丈夫です。あなたが食べればいいと思います」


「…じゃあ、もう1個たべちゃおっ」


たぶん私はあんまりよい印象ではない受け答えをしたはずなのだが、彼は気にする様子もなく、あぐらを掻いて弁当を平らげていった。


可愛いランチボックス…中身は玉子とミートボールにトマト、おにぎりがこじんまりと収まっていた。


「彼女さんからですか?」

すると彼は首をブンブン横に振って、乾いた声でカッカと笑った。

「いやーさぁ、彼女からなんだけどね、俺さっきフラれちゃって」

「え?」

「で、だからへこんで此処で弁当1人で食ってんの。笑えるでしょ?」

と言って、片手で頭を押さえる彼は一ミリもそんな素振りは見えない。


「俺さ、よくフラれるんだよね。まぢで。あっ、俺、佐藤智秋。君は?てか、なんでここにいるの?」


「わ、私…雪。真城雪」


「…可愛い名前だね」


よく喋る彼は、にこにこと何の警戒心もなく単純な好奇心の瞳で私を見つめていた。


微笑む瞳がキラキラと輝いて、優しさに溢れているように見えて、他の男の子たちとは違う雰囲気に、私はその瞬間に恋に落ちたのだった。


フラれたはがりの彼に不謹慎だとは思いつつも、これは動揺からくる吊り橋効果かもしれないと冷静に精神を保った。


それからごくたまに、校舎裏で会うことがあり、一緒にランチしたり、お喋りした。


学校で彼を見かける度に、目が追いかけ、手を振って微笑まれると、遅れてきた青春と思春期に自分の心臓がバクバクと鳴り、ついていけないようだった。


ある日、ふと、彼がコーヒー牛乳を飲みながら彼が言った。


「付き合おっか?」


何気ないひとことに、思わずいつもの返事のように、


「うん、そうだねっ」


て頷いたのだが


「じゃ、これからは名字じゃなく、下の名前で呼ぶこと。いいね?」


自分の放った言葉に、頭の中で再生が繰り返されて固まっていると、佐藤先輩が私の肩を人差し指でつついた。


「雪ちゃん。名前」


そんな顔で催促されたら…断れない。


「ち、智秋くん」


不馴れなことをして、恥ずかしさに体が火照ってしまう。


そんなピュアなお付き合いを半年ほどしていたある日、校舎裏で元カノと抱き合う姿を私は目撃してしまった。


それから、なんとなく気まずくって、理由は濁したまま、佐藤先輩とは疎遠になった。


その後、風の噂で、あの甘いマスクと苗字から「シュガー先輩」と呼ばれていることを知った。


私もただ気まぐれで構ってくれていただけで、特別な感情はさして無かったのかもしれない。


悲しくってかなしくて、逆に涙もでなくって、モヤモヤした気持ちで、家に帰るのもイヤで。


それから一年、私は佐藤先輩のことをずっと引きずっていた。その時期の私は、表面上は平静を装いながらも、ほんの少し内心荒れていたと思う。


毎日の帰宅の足取りが重くなっていたある日、街中の路地で蹲っているのを店の勝手口から出てきた喫茶「ラパン」のマスターが見つけた。


そのときは真冬で拾われた猫のように、優しく温かいミルク多めのカフェオレを飲みながら、マスターが渡してくれた毛布にくるまって、隣にはマル吉がいて、久しぶりに安心した私はわんわん泣いてマスターに経緯を話したのだった。


その日から、私は「ラパン」の虜なのだ。


その後、何年か経て、就職先が佐藤先輩と同じ立ったけれど、何とか普通の会話も出来る関係になった。


上司と部下として。



※※


1日中、そんなことを考えてばかりいたのだが、仕事を何とか区切りのいいとこまで終え、私は帰ろうと上着を羽織った。


「真城」


後ろからの不意打ちの声にひゃっと跳び跳ねると、佐藤さんがくすくす笑っていた。


「仕事切りよくおわったんだろ?」

「は、はいっ」

「だったら、今から皆で飲みに行くんだけど、真城も行かない?」


と彼の後ろに目をやると、新人の女の子たちを数人侍らせていた。さすが、シュガー先輩…。


「すいません、私先約があるので」


深々とお辞儀をすると、佐藤の顔も見ずに、そそくさその場を立ち去った。


背中越しに


「彼氏じゃない?」


という声が女子達から放たれるのが聞こえたが、もちろん先約などない。


あるとすれば、日課の喫茶店に行くだけよ。


いいでしょ?今はマル吉とマスターが私の恋人兼家族だもんっ!


とせかせか歩いていて、あと100メートルで「ラパン」につく頃、あんなにも朝からイライラしていたのに、私は忘れていたことを思い出した。


「げ…孫、いるんだっけ?今日行けないじゃん。私」


げんなりして、私は深い溜め息をついた。



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