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甘いオトコ  作者: 七海
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喫茶店「ラパン」に通う女

秋空を見上げると、大好きなオリオン座。

仕事帰りの暗くなった夜道。


どこからか、コーヒー豆の芳醇な香りが寒くなって人恋しい私の身を包み込み、足元を照らす古いランプの明かりが寒くて冷えた私の心を温かくにした。


都会の喧騒を忘れてしまいそうな昭和チックな喫茶店に吸い寄せられるように、私がドアノブを引くと、チリンチリンとドアベルが鳴った。


「お帰り、雪ちゃん」


白い髭を生やした美しい立ち姿の紳士が微笑んだ。


この店のマスターだ。


「マスター、ただいま」


その笑顔に顔が綻び、1日の疲れも吹き飛びそうだ。


「いつものカフェラテでいいかな?」


すかさず、私が口を挟む。「ミルク多めで」


「分かってるよ」


マスターはコーヒー豆を挽き始め、私はコートを脱いでカウンター席に座った。


マスターの真ん前が私のお気に入り。


にゃあーと鳴く声が足元から聞こえて、その声の主を抱き上げた。


「ただいま、マル吉」


ふわふわの毛に頬擦りして、私の癒しNo.1のマル吉にデレデレしてしまう。No.2はマスター。順位なんてつけられないけど、だってだって私はここが大好きなんだもの。


マル吉を膝に乗せて、長い長毛の毛を優しく撫でると、心地が良いのかマル吉はゴロゴロと喉を鳴らした。目を細めて、まるでお礼言っているようだ。


こうして、仕事帰りにこのレトロな喫茶店に寄るのが私の日課だ。


マル吉の尻尾がフサフサと猫じゃらしのように揺れるのをぼんやり眺めていると、ぬっと白い手が私の前に伸びてきた。


「カフェラテになります。ミルク多目の」


甘くて優しい声に、顔を見上げると唇の薄い塩顔男子が私に微笑んだ。彼がそっと、私の手元にマグカップを置くのに見とれていると、「なぁっ」と鳴いてマル吉が膝から飛び降りた。


「雪ちゃん、その子ね、僕の孫のハルトだよ。しばらく僕のところに居るみたいだから、仲良くしてあげてね」


私は、マスターの顔を目をぱちくりしながら見た。この老紳士も大変美しい顔立ちをしているが、ハルトは私のタイプどんぴしゃなことに、びっくりして開いた口が塞がらずにいた。


そう認識すると、全身がカッと熱くなり、私は急に恥ずかしくなり、いたたまれなくなって、自分の両頬を手で押さえた。


「すいませーん」と店の奥の席から客に呼ばれると、ハルトは注文を取りに踵を返した。


美青年の仕草にドキドキしながら、惚けていると、ハルトが応対している二人組の女性客もうっとりして彼を眺めていた。


彼が振り向いて、こちらへ戻ってくるのに動揺してしまった私は、うっかりスプーンを床に落としてしまった。カランカランと虚しく金属音が店内に響渡る。


急いで拾おうと、しゃがみこんで手を伸ばすと、きれいな指が私の落としたスプーンをつまみ上げた。


ハルトは私ににっこり微笑むと、私も釣られてうっとり微笑んだ。しかし、彼の言葉で私の淡く短い恋は閉ざされた。


「お前、ドシな。さっきからマジ見すぎで、うざい」


「え…?」


そう言って彼は、口角を上げて悪戯に微笑み、私が落としたスプーンを回収し、カウンターの中へ戻って行った。



それをただ私は呆然と見ていた。




※※※




頭が割れそうなほどの、爆音で私は目が覚めた。

目を開けるのがめんどくさくって、頭の上の携帯を手探りで探し、摑まえると慣れた手つきで、アラームを解除する。


低血圧な私は朝が苦手で、一時間ずっとアラームを鳴らしっぱなしなのだ。私が起きるのは勝手だが、近所にとってはいい迷惑。…まあ、そんなことは大してきにしていないのだが…。


出版社に勤め、女性向けエッセイの編集を担当している私は昨夜も仕事に終われ、またベッドではなく、机に突っ伏して寝ていた。


「はぁ…今日も女子力、ヤバ…」


ボサボサになった髪を掻き上げると、うねった短い茶髪のくせ毛をヘアゴムでひとつにまとめて、昨夜淹れたインスタントコーヒーの残りを口に含んだ。


ほろ苦いこの風味は、まるで昨日の淡くて短い恋のようで、苦い思いで眉を寄せると、私はイライラしながらカーテンを開けた。


「ふわぁ…ムカつく」なんてぼやきながら、朝日を見ながら背伸びした。


頭の隅に、昨日のイケメンの余計な一言がぐるぐるとし、私の心をかき乱していたが、ボツになったメモ書きをクシャクシャ丸めて、その気持ちも一緒にゴミ箱へ放り込んだ。


身支度をいつも通り整え、私はテキパキ歩きながら、いつも通り出勤し始めた。


職場へは電車を使い、家から30分ほどかかる。


その途中、朝ごはんとコーヒーを買い、出社するのがいつものルーティーン。


朝の満員電車はめんどくさいが、人間観察が趣味な私は意外と心地よい。


ぼんやりしながら歩いていると、いつのまにか、私は自分のデスクの前に到着していた。


さて、私はどうやってここまできたんだっけ?と、一瞬フリーズして、手元を見ると、しっかり朝食のタマゴサンドとコーヒーを持っている自分に安堵し、溶けるように椅子に腰を下ろした。


間抜けずらをしていると、ひょっこり、満面の笑みが目の前に飛び込んできた。


「お早う、真城くん」


私の上司の佐藤。若いのに、デスク(次長)で、しかも気さくで皆の人気者だ。同じ大学だったのだが、その甘いマスクと苗字から、通称シュガー先輩!…なんて呼ばれてたのは、今では一部の人しか知らない。


「佐藤さん、お早うございますー」


きゃっきゃっと黄色い声の方へと課長は振り向き、新人の女の子たちとお喋りをしながら、自分のデスクへと戻っていった。


深い溜め息をついて、パソコンのモニターの上から覗く佐藤をチラッと盗み見た。


実は彼は、私の元彼なのだ。




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