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君がくれた夢

長めです。




 ずっと夢を見ているような感覚だった。足が動かなくなってどこへも行けないはずなのにこうして外の空気に触れて、大好きなメンチカツの匂いを嗅げて、綺麗な夕陽を眺めている。今までと変わらない毎日が続いている。そばにはいつもと同じように兄がいて一緒に笑ってくれている。幸せだと思った。本当に夢なんじゃないかと思った。ふわふわした感覚が抜けなくてでもそれがとても心地よくて。続いてほしいと思ってしまった。


続くわけがないと自分でもわかっていたのに。




 今日はいつにもまして夢のようだった。幸せすぎて怖いとかそんなんじゃなくて。体が思うように動かなくてでも疲れているわけでもなくて、いつも感じる心地よいふわふわが今日は少し窮屈に感じた。兄がそこにいるのに声が届かなくて起きたいのに体が反応しなかった。

いつもの優しい手が頬に触れた。


 目が覚めた。夢から覚めた感覚がした。窓の外の空は赤くて夕陽がもう沈むころだった。頬に少しひんやりとした寒さを感じた。濡れている。夢の中で何かあったのかな。夢は途中から覚えていない。優しい手が頬に触れてそれからはわからない。そのあとに何かあったのかな。こんなに幸せだったのに。走れなくなる前と同じくらいに幸せだと思えたのに。でもそれは夢だった。今は心地よいふわふわもなければメンチカツの匂いもしないし兄もいない。

広くて静かで何もない病室の中に一人。


 相変わらず足は動かない。ここは夢の続きじゃない。もうわかっていた。そろそろこの幸せな夢が覚めることも、もうこの体は動かなくなることも。

これが初めてじゃないから。




 足が動かなくなる前に夢を見た。夢の中で鏡の前に立っていた。小さい頃にお母さんが教えてくれたことが鮮明に夢の中で蘇る。

 喧嘩した兄に嫌いだと言って、そのあと何となく謝れなくて強がって冷たい態度をとってしまっていた時だった。お母さんが部屋に来て鏡の前で二人並んで立った。


 鏡は偽りであり真実なのよ。鏡には現実の世界にあるものしか映らない。鏡はありのままを移すだけで嘘はつかない。だけど鏡に映っているものは現実のものではないの。そこにあるのはただ色のない板に映ったもの。


「ここにいるお母さんはここにいるあなたを抱っこできるけど、鏡に映ったあなたを抱っこすることはできない。鏡のあなたは本物を映したあくまで鏡だからよ。わかる?」


その時はよくわからなかった。でも今は何となくわかる気がする。そしてお母さんはこう言った。


「だから鏡に映る本当の自分をごまかしてはいけないの。」


ごまかしても鏡の前に立ってしまえば真実が移る。それを受け入れて自分をわかっていくんだ。そしてその鏡は時には友達かもしれない。家族かもしれないし赤の他人かもしれない。誰であろうとなんであろうと鏡には真実が移る。結局兄には見栄を張っていたことがばれていた。




 夢で鏡に映ったのは車椅子の自分。最近は走ると足に鉛がついたかのように重い時があった。動きにくいことはあまり気にしてもいなかったがその夢は恐ろしかった。何の根拠もないただの夢なのにお母さんの言葉が頭にこだましていた。

 そして結局ごまかした。足が自由に動かないことを一緒に走った大好きな兄の前で。ごまかすなと一度教えてくれたお母さんの前で。そして気づかれなかった。でも最後の最後にばれてしまった。

まさかベッドから落ちるなんて思っていなかった。車椅子になるなんて思っていなかった。こんなことになるなんて思わなかった。


 そして今、足が動かない。医者に匙を投げさせたこの体だが、次に何が来てこの後どうなっていくのかは感覚でわかっている。誰にも説明なんてできないし理解してもらう気もない。そんなことをしても意味がないから。どんなに不条理でもこの体はもう長くない。


 優しい手が頬に触れた後、また鏡の前にいた。そこに姿は映らなかった。

つまりそういうことなのだ。もう怖くはなかった。この夢は誰かが残りの時間を知らせてくれている、そう思えば怖くはない。



残りの時間でやりたいことは決まっている。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回の部分は途中で切りたくなかったので長めになってしまいました。

お許しください…。


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