叶わない明日
今日も僕は君に会いに行った。声をかけて部屋に入った。ノックはしない。いつもそうお互いに。
「やぁ。おはよう。」
返事がなかったからまだ寝ているのかと思った。君はあまり早起きではないから。いつも僕か母が起こしてあげていた。
「さぁ。起きよう。もう朝だよ。」
そういって君に近づいた。呼んでも起きないからいつものように君の頬をつねろうとして僕はそのまま固まった。君の頬は冷たかった。
今の季節は春ももう終わるころ。外は暖かいと通り越して少し暑いくらいだ。そんな時期にこんなに冷たくなるはずがない。いやな予感がした。そんなものはドラマや小説の世界の一つの表現で、現実の世界で感じることなんてないと思っていた。でも実際にこうして胸騒ぎを感じている。
震える手でナースコールをして急いで先生を呼んだ。僕は心の中で何度も自分に言い聞かせた。
落ち着け。まだ大丈夫だ。だって昨日も一緒に夕陽を見に行ったんだから。なんでもないさ。きっと大丈夫。大丈夫だ。きっと君はひょっこり起きてきて眠そうな目をして笑ってくれる。
何時間か経って、いや、何時間もたっていないかもしれない。外の空色はあまり変わっていない。あまりに長く感じたその時間は二度と味わいたくないものだった。それはまた味わうかもしれないという意味も籠っている。二度と味わうことはないと言いきれない所が僕にとって苦しくも嬉しくもある複雑な心境だった。
先生に挨拶をして君の元へ歩いた。もう一度君の頬に触る。つねるためでなくそっと撫でてあげるために。待っている間に僕の指先も冷えてしまっていた。それでも君の頬のほうがまだ少し冷たい。さっきより暖かさを感じるその頬に僕の涙が落ちた。
いけない。止めなくちゃ。だって涙のせいでまた君の頬が冷たくなってしまう。せっかく少し暖かくなったのに僕が冷やしちゃいけない。
僕はそっと君から離れそのまま静かに病院を去った。まだ日の沈んでいない賑やかな世界で僕は一人、色も音もなくなった世界を歩いた。
本当はもっと君の顔を見ていたかった。頬を撫でてあげたかった。けどもうダメだ。僕の中から溢れ出てくるものを止められない。今まで感じないようにしていた。いやこらえていたのかもしれない。君も笑っていたから。君が笑うと僕も嬉しい。でも君がいなくなったら途端に僕の顔から笑顔はなくなる。そして今日、僕の中のダムは限界だったらしい。君に笑顔をもらっているのに僕は何もしてあげられない。今日だって僕は君に何もできなかった。冷たくなった頬を温めてあげることもできなかった。僕はあまりに無力だ。
ごめんね。僕は何もできない。僕は…ぼくは…。
堰を切ったように溢れ出てくるそれは妙に暖かくて、頬を優しく撫でてくれているみたいだった。
これでもう半分くらいですね。
個人的には本と同じように縦書きが好きで書く時も縦書きなんですけど、ここでは横で見やすいように改行やらなんやらしています。
横書きでびっしりしてると読みづらさすごい感じる。
教科書的な…。