違和感(1)
本来の「違和感」の部分はそのまま載せてしまうとかなり長くなってしまうのでここでは(1)と(2)に分けて掲載させていただきます。
違和感
ドサッ…。
何かがぶつかったような物音で僕はその日目が覚めた。音のしたのは君の部屋だった。声をかけて部屋に入る。ノックはしない。いつもそうお互いに。そこには俯せに倒れこむ君の姿があった。
「何してるの?寝ぼけたの?」
最初はただ寝ぼけたのかと思った。君はあんまり寝相のいいほうではない。
「…。」
「…?ねぇ?」
「…ない。」
「え?」
「起きれない。」
「え?」
「起こして。手かして。」
僕は君に手を差し出した。何が起きているのかよくわからないが手を貸せと言われたからそうした。君をベッドに戻して僕はこの日初めて君の顔を見た。
初めて見る顔だった。痛そうでもなく眠そうでもなく、まるで証明写真でも撮るかのような無機質な顔でどこか一点を見つめていた。驚いている様子もないが明らかにいつもとは違う。僕はそんな君にどうしたらいいのかわからなかった。そんな君を見て戸惑ってしまった。
「ありがとう。おはよう。」
君はそう言った。いつもの声で。優しくてやわらかくてどこまでも穏やかな声で。
「大丈夫?」
僕はそんなことしか言えなかった。
「ごめんね。」
と君は言った。僕にはその意味が分からない。何を謝られているのか。君は優しいから言ってくれたのかな。そんなこと気にしなくていいのに。優しい君の顔はもう僕の知っている顔に戻っていて僕は安心したんだ。
足がうまく動かないと言って君は母と病院へ行った。君は帰ってこなかった。
君と一緒に行った母だけが帰ってきて僕に話してくれた。原因はまだわからないが現状どうすることもできないらしい。今後どうなるのかもはっきりとはわからない。でも確かなことが一つ。足が動くことはもうない。僕は信じられなかった。あんなに足の速かった君が、一瞬の風になれた君が、優しくていつも誰かのもとへ駆けて行っていた君が、もう自分の力では立つこともできない。
どうして君が?なぜ君なんだろう。そんなどうにもならないことをずっと考えていた。悔しかった。
しかし事態はもっと深刻だった。そこまで静かに話してくれていた母の目が潤んだ。そのまま僕をじっと見つめている。なかなかその先を言ってくれない。ためらっているように、受け入れがたいように。僕の目線の高さにある母の唇が冬でもないのに震えていた。
「もうあの子はここへは帰ってこれない。」
長い沈黙の後母はそういった。君がもう走れないと聞いただけで頭が真っ白だったのに帰ってこれないとはどういうことなのか。僕はもう何がなんだかわからなくて逆に落ち着いていた。僕の頭はいたって冷静だった。感情と頭の中が全く別のところで整理されているようだった。君が走れなくなり、君が帰ってくることはないことを母から伝えられた。これが頭の中。真っ白な中に悔しさや動揺やよくわからないモヤモヤが溢れている。これが僕の感情。
ここへ帰ってこれない。つまりずっと病院の中。母は震える口で、しかししっかりした声でその先も全て話してくれた。医師にも何が起こっているのかわからないらしい。原因や発症している場所がつかめないため今後どのようなことが起こるか予測できない。現状足にはもう何の反応もなく痛みを感じることもない。そしてこれは足だけでとどまる保証がなく、このまま何もできなければいずれ全身にわたって自由が利かなくなり体が動かなくなるかもしれない。自分では何もできなくなる。それは一年後かもしれないし明日かもしれない。その状態の人間を自宅に返すわけにはいかないということだった。
その日の夜は静かだった。普段うるさいわけでもないが静かに感じた。そして寒く感じた。