風になった君
君は足が速かった。僕のほうがお兄ちゃんなのに全く追いつけなかった。
運動会なんかでかけっこの種目名に『一瞬の風になれ』なんて言うけれど、本当に風みたいに速かった。すごくかっこよくて悔しがるのを忘れていた。いつも一位の旗の列に並んでいて二位の僕に嬉しそうに自慢していた。僕だって遅かったわけではないし、むしろ学年でも速いほうだったのに僕らの差は歴然としていてまるで話にならなかった。
クラスメイトは君が同じレースにいると僕でも一位になれないので残念がっていた。僕らはそれぞれ別々のレースにしてくれと先生に抗議した子もいるらしい。君さえいなければ確かに僕は一位になれる。それくらいの自身はあった。でも僕は敵わないとわかっていても、君と走るのが好きだった。真横を風になった君が通り過ぎていく。ほかの子ではならない君とのレースはとても楽しかった。
君が風になるのは運動会の時だけじゃない。泣いている子がいたら真っ先にかけていった。探し物をしているのを手伝って学校中駆けまわって先生に叱られた。そこから逃げるのも速かった。
竜巻みたいに速いけど決して乱暴な風ではなくて、君は優しい風だった。
だけど君はある日突然走れなくなってしまった。