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鱗の裏側  作者: 銀タ
16/22

新たな可能性


 

 



 ずきずきとした痛みを感じ、ゆっくりと目蓋を持ち上げる。見知った私室の天井を見て、ここが自分のベッドの上だと理解したヴィアは、起き上がろうと身をよじる。途端全身に走った痛みに呻き、再度ベッドへと倒れ込み、ぐったりと力を抜いた。

 

「いたい、さいあくだ……」

 

 そんな事を呟きながら、リリアナはどうなっただろうかと思いを馳せる。なんとか痛みを落ち着かせたヴィアは、ゆっくりと腕を持ち上げてみた。

 

「……おいおい精霊達よ、戻るのが早すぎではないか?」

 

 あちらこちらに巻かれた包帯の隙間から、当たり前のように存在する鱗に目を据わらせ、不満気な声をだす。そんなヴィアに反論するかのようにざわざわと蠢いた精霊達にうんざりし、目を閉じてじっとしていると、小さく扉が開く音が聞こえた。

 

「あら、ヴィア様! 目を覚まされましたのね!」

 

 聞こえてきた声に顔を向けてみると、水差しを持ったルトミナが顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 

「ああ、心配をかけたか? すまなかった」

「まったくですわ!」

 

 水差しをベッドの横のテーブルに置いたルトミナは、腰に手をあてヴィアを睨み付ける。

 

「あれから半日程しかたっていませんが、皆とても心配していましたのよ?」

「そうか、それは悪いことをした。それで、リリアナは無事か? 騎士達に口止めは?」

 

 自分のことをそっちのけでそんな事を聞くヴィアに、呆れたように溜め息をついたルトミナは、ベッドの横に置かれた椅子に座って腕を組んだ。

 

「まったく、少しは自分の心配でもしてくださいませ。ああ、リリアナなら無事ですわ。少し気落ちはしてますが、怪我もありません。あと、騎士達にも魔術による事故だと説明しておりますし、口止めもしてありますわ。ご安心を」

 

 それを聞いて少し安心したヴィアは、うっすらと笑みを浮かべる。そしてふとある事を思い付き、顔を輝かせた。

 

「なあ、ルトミナ、少し実験に付き合ってくれないか?」

「実験? なんのです?」

 

 不思議そうな顔をするルトミナに、ヴィアは国王からされた話と、精霊王の助言について説明する。最後まで話を聞いたルトミナは信じられないと言わんばかりの表情で、呆然としていた。

 

「私も信じられなかったが、ちょうど怪我もした事だ。魔石化もしたばかりで容量に問題はないし、試してみる良い機会だと思わないか?」

「それは、しかし……」

 

 今だ戸惑いが隠せないのか、珍しくおろおろしているルトミナは、心配そうな顔でヴィアを見つめる。それを安心させるようににっこりと笑い、ルトミナの助けを借りて痛む体を起こし、包帯の巻かれた左手に手を当ててゆっくりと意識を集中し始めた。

 いつも魔石化する時のように、ざわざわと鱗が蠢くのを感じながら体にある異常を吸い取るような様子を思い浮かべ、それが魔石になるように想像する。

 暫くすると、長い髪がふわりと舞い、ほうっと手が白く光って熱を持ち始める。その初めてみる光景に、ヴィアもルトミナも目を丸くしていると、次第に光りは消えてゆき、髪も力を無くしたように下に落ちた。

 

「……どう、ですの?」

 

 静まり返った空間に、ポツリとルトミナの声が溢れる。ゆっくりと腕から手を離したヴィアは、自分の膝の上に落ちてきた黒い石を見て、にんまりと笑った。

 

「怪我も治ったようだ。痛みもない」

 

 そう言って包帯を乱暴にむしり取ると、その下には傷一つない肌が――正確には鱗まみれだったが――現れ、ルトミナは息を飲む。

 

「こんな事があるなんて……」

「まったくだ。だが、これで国王に良い話ができるだろう。ルトミナも一度やってみてくれ、右腕の怪我は治していないから」

「私が、ですの?」

 

 戸惑うルトミナの前に右腕を差し出し、心踊らせながらその時を待つ。目を輝かせて待っているヴィアを見て、諦めたように溜め息をつたルトミナは、恐る恐る右腕に手を当て目を閉じた。

 少しの間静寂が広がるが、すぐに先程と同じように手が淡く光り、じんわりとした熱が伝わってきて、ヴィアは目を細めた。

 

「……どう、です?」

 

 心配そうに見つめてくるルトミナに、ニヤリと笑い、すするすると包帯を解く。

 

「成功だな。痛みもない」

「っ! よかったですわ……」

 

 ほっと息を吐く様子を笑いながら、では早速国王の元へ報告に、とベッドから出ようとしたヴィアに、ルトミナの鋭い視線が突き刺さる。思わず震え上がり、すごすごとベッドに退散すると、何故か険しい顔で詰め寄られた。

 

「ヴィア様? いくら傷が治ったからといって、油断はできませんわ! いいですか、今日はゆっくり休んでくださいませ!」

「だがルトミナ、国王には早く報告をした方が……」

「ヴィア様!」

 

 ――コンコンコンッ

 

 ルトミナの叱責とノックする音が被さり、思わず顔を見合わせて扉を見つめる。しばらく待っても誰も入ってこない事に二人して首を傾げていると、ようやく扉が小さく開き、隙間から覗き込むようにリリアナが顔を見せる。

 不安気な顔でこちらを見つめる様子に、ベッドから飛び降りたヴィアは急いで駆け寄った。

 

「リリアナ! 体は大丈夫か?」

「ヴィア様、私よりヴィア様は?」

 

 リリアナの顔を覗き込むヴィアに、リリアナが泣きそうな顔で問いかけてくる。それに小さく微笑んで、大丈夫だと頷いた。

 

「私はなんともないさ」

「よかった……本当に、私、ごめんなさい……」

 

 ポロポロと涙を流すリリアナをそっと抱き締め、ゆっくりと頭を撫でてやる。ルトミナもいつの間にか傍にいて、そっと肩を叩いていた。

 

「大丈夫ですわ。皆最初から上手くいくものばかりではありませんもの。またしっかり訓練をして、次に望めば良いのです」

「そうだぞ? それに途中まではいい感じにできていたんだ。次はきっと上手くいくさ」

 

 二人でそう励ますと、リリアナは鼻を啜りながら顔をあげ、小さく笑った。

 

「は、い。次は、頑張りますわ。私も途中までは、上手くできていたと思うのです。でも、エルダンの姿が見えた気がして……つい動揺してしまって。あの、魔石化の時に幻が見えるのは、よくある事なのですか?」

「エルダン? どういう事だ?」

 

 言っている言葉の意味が理解できず、同じく眉を寄せているルトミナと顔を見合わせる。そんな二人に小さく縮こまったリリアナは、か細い声で答えた。

 

「あの、魔石化している時に婚約者の、いえ、元婚約者の姿が浮かんだのです。それで驚いてしまって……」

 

 段々小さくなる声をなんとか聞き取り、眉をひそめて首を掻く。ルトミナも難しい顔をして考え込んでいた。

 

「そのような話は聞いたことがないが……魔石化は精神状態も深く関わるからな。うーむ、はっきりとは分からないが、強くその者の事を考えていたから、とか?」


 ルトミナに同意を求めるように視線を送ると、じっと下を見ていたルトミナも、分からない、と首を振る。困った顔でリリアナに向き直ったヴィアは、誤魔化すように笑った。

 

「まあ、魔石化については我々にも分からない事ばかり、と言うことだ。そうだろう? もし魔石化の原理を説明しろと言われても、私にはさっぱりわからん。もう感覚的なもの、としか言いようがないからな……だから、はっきりとした答えは言えない、すまんな」

「いえ、私が次から気を引き締めれば良い話ですものね……本当に、助けて頂きありがとうございました。あと、ここに来たときは反抗して申し訳ありませんでした」

 

 深々と礼をするリリアナに慌てて手を振り、苦笑いする。

 

「これも私の勤めのうちだ。それに最初の時の事は、気にしていないさ。皆、同じような事を思ってここに来ているのだから……」

「はい、ありがとうございます」

 

 何度も何度も礼をするリリアナに、もう体を休めるよう促し、そっと部屋から出す。ちらちらと名残惜しそうに振り返る姿が見えなくなるまで見送ったヴィアは、部屋に戻ると先程からずっと考え込んでいるルトミナの肩を叩いた。

 

「ルトミナも、あまり考えるな。分からんもんは分からん」

「しかしっ……いえ、そうですわね」

 

 何か言いたそうな顔をしたルトミナだったが、ヴィアの困った顔を見て苦笑いし、首を振る。

 

「ああ、そうですわ。メルヴィル様が見舞いたいとおっしゃっていましたが、どうされますか?」

「メルヴィル殿が?」

 

 その名前を聞いた途端動きを止めたヴィアは、少しして、いや、と眉を下げた。

 

「見舞われるほどでもないし、な。大丈夫だと伝えてくれ。あと、明日城に登ると」

 

 どこか覇気のない様子を怪訝に思ったのか、一瞬眉を寄せたルトミナは、何かあったのかと聞いてくる。それを適当に往なしながら、てきぱきと治癒の力を使い、他の場所にもある小さな傷を治していく。慣れたら手を触れずとも意識を集中させるだけで治す事ができるとわかったヴィアは、満足そうに微笑んだ。

 

 

 

 

「……治癒、の力か」


 人払いがされた部屋で国王と二人顔を付き合わせていたヴィアは、怪我を治した腕を見せながら、相手の様子を伺う。食い入るようにその腕を見ていた国王は、難しい顔をして唸った。

 

「また扱いにくい力を……」

「……治癒の力では、役にたちませんか?」

 

 思っていた反応を得られず、戸惑うヴィアを見て国王はいや、と首を振る。

 

「治癒の力は素晴らしいものだろう。だが、均衡が、なぁ」

「均衡? ですか」

 

 どういう事か、と顔をしかめるヴィアに、複雑な顔をした国王は、小さく唸った。

 

 治癒の力は素晴らしいが、それを国民に知らしめるには、その力を広く使わなければならなくなる。しかし、誰彼構わず治癒を施せば医者の仕事を奪う事になるだろうし、そもそも数の限られた愛し子がそんな大勢を相手にできる筈もない。

 考えられるのは、医者の手に終えない患者や、孤児などの貧困層への施しとしての治療になるが、そうなると一般の者から不満もでるだろう。また、現状王都に集められている愛し子では、治癒できるとしても王都、もしくはその近郊の者にしかできず、王都から離れた場所に住む者、また自力で王都まで来れない者にはその恩恵にはあずかれない。

 そしていざ治癒するとして、患者と触れ合う事になる愛し子には警護や誓約の変更も必要になるだろう。それらの問題を簡単に解決するのは難しい、と国王は眉をしかめた。

 

「……なるほど、そういう問題もあるのですね。よくよく考えてみれば、治癒の力があるならなぜ今まで使わなかったのかと不満もでてきそうですし」

 

 ヴィアの目に宿っていた希望の光が、みるみるうちに暗くなっていく。それをじっと見ていた国王は、表情を変えぬまま、視線を外へと向けた。

 

「それは問題ない。ちょうどいいことに先日精霊祭があった事だ。精霊王が新たな加護として、癒しの力を与えてくれたと言えば、皆信じるだろう」

「……そんな簡単な話ですか?」

「簡単なものだ。現に、そなたらの存在は贄ではなく愛し子と信じられているではないか。人は案外、物事の真実を知らずとも生きていけるものだ」

 

 目を細めて意地悪く笑った国王に、ヴィアも困った顔をしながら、小さく微笑んだ。

 

「ですがこれだけ問題が多ければ、せっかく見つけた治癒の力ですが、使えそうにありませんね」

 

 すっかり意気消沈したヴィアを一瞥し、徐に立ち上がった国王は、窓を大きく開けた。柔らかな風が頬を撫で、先程まで静かだった部屋に、小鳥の囀ずりや城で働く者たちの声が聞こえてくる。

 知らず知らずの内に、眩しそうに目を細めていたヴィアは、ゆっくりと振り向いた国王を見て、不思議そうに瞬いた。

 

「そういう面倒事を解決するのはブラウドが得意だ。あれに任せよう」

 

 どこか得意気に、それでいて悪餓鬼のような顔をした国王は、ふふんと鼻を鳴らして笑った。

 

「そうと決まれば、いくらか練習も必要よな。どこまでの傷や病に有効かどうかを確かめねば。よし、明日から城に来い、怪我人やらは用意しておいてやる」

「はあ」

「なんだその気の抜けた返事は。シャキッとしろシャキッと。嘗められるぞ」

 

 そう言って腕を組む国王に、何だか思っていた性格と違う、などと不敬な事を考えていると、ノックの音が響き、扉からブラウドが顔を覗かせる。どうやら国王との話はここまでのようだ。申し訳なさそうに部屋に入ってくるブラウドを一瞥し、国王を振り返ったヴィアに国王も小さく頷く。

 

「では、また明日」

「はい」


 そう返事して、こちらへ向かってくるブラウドの横を足早に歩き、部屋の外へと急ぐ。国王との話が思ったより長くかかってしまったが、護衛を部屋の外に待たせて居たのだ。

 待たされて苛々しているかもしれないな、と気後れしながらも、ゆっくりと扉の外を伺う。

 案の定、腕を組みながら苛々と貧乏ゆすりをしているラサイガが、壁に凭れながら待っていた。

 

 

 

 


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