とある殿下の邂逅
末の弟の行方がしれない。
そんな報せが急報として届いたのは、久しぶりに家族の顔を見に帰ろうと王都に向かっていた最中だった。
それを見て、帰路をゆく足を速めて街道を急ぐ。
そして王都に着き、城門をくぐると、後ろから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あっ!! で、殿下! ロアンシル殿下!! お待ち下さい、ロアンシル殿下!!」
駆け寄りながら発されているのだろう荒々しい息と共に呼び掛けるその必死な声に足を止め、振り返る。
目に入ったのは数人の騎士の姿。
だが、その誰にも見覚えがない。
「……君達は? まずは、名と所属を聞こうか」
「はっ! 第二騎士団所属、キワシンでございます! 突然お声をお掛けし、申し訳ございません!」
「同じく第二騎士団所属、キニフシでございます! ご無礼を承知で、是非ともお聞きいただきたい事がございますっ!!」
第二騎士団……王都の街を守る役目を担っている騎士達か。
しかし姓を名乗らないという事は、平民の出か……俺に直に声をかけるのは、さぞ勇気がいっただろうな。
それほど、彼らにとって大事な話、という事か。
「聞こう。話せ」
「はっ! ありがとうございます! 実は……!!」
彼らから話を聞いた俺は、彼らに同行を命じ、直ぐ様父である王の元へと向かった。
そこで彼らから聞いた話を語る。
前日、とある少女が空色を纏う身元不明の子供を湖で保護したと届けを出した事。
翌日である今日また、その少女が子供の身元が判明したかを聞きに来た事。
まだ不明なままと知って帰って行った事。
そのしばらく後、侯爵令嬢が私兵の騎士達と共に、王子殿下の誘拐犯だと言ってその少女を捕らえて来た事。
彼らが『それは違う』と反論しても令嬢は聞く耳を持たず、私兵の騎士達が少女を拷問にかけ、牢へ入れてしまった事。
平民の彼らでは侯爵令嬢に逆らう事はできず、少女を救うべく騎士団長にすがろうと王城へ来て俺の姿を見つけ、咄嗟に助けを求められた事。
その全てを話すと、王は深く頷いた。
「行方のわからぬ末王子とおぼしき者を保護したという少女の話は今、騎士団長より聞いていた。これより迎えを出そうと思っていたところであった。……その少女には、申し訳ない事をした。無実であろうに、拷問など。……可哀想だが、一度牢へ入れたとあっては、末王子の目覚めを待ち、その口から事実を語らせ無実を確定させるまで出す事は叶わぬな」
「はい。……けれどせめて、待遇の改善はしなくては。食事も与えぬなどあってはならぬこと。そうだな、騎士団長?」
「無論です。すぐに詰め所へ戻ります。陛下、殿下。御前、失礼致します」
「俺も行こう。少女に、弟を助けてくれたお礼と……そのせいで酷い目に合わせてしまったお詫びを、兄として言わなければならんだろうからな」
「ロアンシル、ならば、あの馬鹿者も連れていけ。もとはと言えば、あれが、弟が城を抜け出したと気づいていて口をつぐんでいた事が原因だ。あれにもしかと詫びさせよ」
そう言って王が一瞬顔を向けて示したのは、部屋の隅で顔を青ざめさせて縮こまっている弟の一人だった。
俺もそちらへちらりと視線を向けると、再び王へと向き直り、深く頷いた。
「かしこまりました。では騎士団長、行くとしよう。少女の待遇改善は、急がねば」
「はい」
騎士団長は俺の言葉に頷くと、すぐに扉へと向かった。
俺は弟のほうへ歩を進め、そんな俺を見て怯え狼狽える弟の襟首をむんずと掴み、そのまま扉に向かう。
当然、弟は俺に引きずられる形になる。
「あっ、あっ、兄上っ!」
「何だ、リロアーク? 引きずられるのは不服か?」
「あたりまっ……! ……っ、いえ……それも罰ならば、受け入れます」
「よし。わかっているならいい。急ぐぞ」
「うっ!」
言葉と同時に足を速め、遠慮なく弟を引きずり回す。
背後から時折何かがどこかにぶつかる音や聞き覚えのある誰かの呻き声が聞こえるが、一切気に止めずにひたすら歩いた。
隣を行く騎士団長はさすがに憐れみの視線をちらちら弟に向けている。
優しい男だ。
そうして辿り着いた騎士団の詰め所にある牢。
その中に横たわる少女を一目見た途端、身体中を衝撃が駆け抜けた。
その名は、歓喜と、焦燥と、切望。
ああ、この子だ、会えた……会う事ができた。
早く、早く、こんな場所から出して、あの流れる涙を拭わなくては。
そして早く、その瞳に俺を映して欲しい。
いや、待て……それよりも。
「騎士団長、厨房はどこだ。まもなくできるだろう彼女の食事を貰ってくる」
「はっ? いや、確かに今作らせてはおりますが……そのようなこと、殿下がなさらずとも」
「いい。俺が取りに行く。場所を教えてくれ」
「は……で、では、ご案内致します」
「あ、兄上……??」
騎士団長の案内で厨房へ行った俺は食事を受け取ると牢へ戻り、渋って止める牢番を含めた彼らを振り切り牢を開けさせ、自らもそこへ入り少女の側に座り込む。
そして優しく少女に声をかけながら揺り起こし、目覚めた少女を抱き起こして食事を食べさせた。
何が起こっているのかわからない少女は目を白黒させながら、呆然と俺が差し出す食事を口にしていく。
その様が可愛くて、可愛くて。
こんな場所にいながらも、俺は幸福感に包まれていた。
ただ、ひとつ。
『兄上が入るなら自分も入る』と言い張った弟が少女の近くに座っているのが、邪魔だった。
まあ、弟がいるのは俺の側でもあるのだが…………ちっ。