新生活始めました
異世界エリューシアには、各国の王都にある神殿に、"送界の間"と呼ばれる部屋があるらしい。
そこには稀に、この世界を見守る神様が、選び、エリューシアに送り込んだ異界人が現れるらしい。
エリューシアへと渡った私達も、最初にいたのはそこだった。
異世界エリューシアの中の国のひとつ、フェリオン皇国にある神殿の、送界の間。
そこに私達は四人だけで降り立った。
一緒にこの世界へ送られたものの、ここに姿の見えない他の人達は、きっと別の国の神殿へと降り立ったのだろう。
恐らく、パーティーごとに分けられたのだと思う。
これからはこの四人で力を合わせ、この世界で頑張って生きて行かなくては。
「……って、そう思ったのにねぇ」
現在私は、冒険者ギルドで一人、依頼が貼られた掲示板の前にいる。
そう、一人で、だ。
この世界に来たあの日、送界の間に"神力"と呼ばれる神様の力を感知した神官の人達がすぐに現れ、私達にこの世界についての簡単な説明をした後、自身のステータスを表示し、私達の職業を確認するよう言ってきた。
何でも、この世界では皆、15歳になると神殿へ赴き、自身の能力に合った、適した職業をいくつか神官さんに調べて貰い、その中から選んで就くらしいのだけど、私達異世界人は特例で、神様が決め、既に職業に就いているのだそうな。
ほとんどの人はその人に最も適した職業を与えられているらしいけれど、一パーティーに必ず一人、神様が試験的に導入する新しい職業を与えられているのだそうで、私達はドキドキしながら自分のステータスを確認した。
すると。
先生は、教師。
女子生徒は、庭師。
男子生徒は、司書。
そして、私は…………拾い物士。
聞いた事もない職業を目にして、『これ何!?』と咄嗟に叫んだ私は、悪くないと思う。
そんな意味のわからない職業を与えられてしまった私に、先生達は優しかった。
うん、最初は、優しかったんだ。
けれど、先生は神官さんの紹介で貴族の令嬢の家庭教師に付き、その令嬢にいたく気に入られたようで、働き出してすぐ住み込みでと誘われ、それを受けてしまった。
女子生徒は、同じく神官さんの紹介で皇城の庭師になり、そこで使用人をしている同性の友達ができたらしく、先生が住み込みになるのに合わせて、皇城の使用人宿舎へ移ってしまった。
男子生徒は、やはり神官さんの紹介で皇都の図書館の司書となり、気の合う司書仲間ができたとかで、これまた先生に合わせて、司書仲間の住む図書館近くのアパートへ移ってしまったのだ。
こうして、四人で協力してお金を出しあって行こうと借りた4Kのアパートには、たった一ヵ月足らずで私一人になってしまった。
私を残して去っていく日の先生の言葉は忘れられない。
先生は、『貴女にもちゃんと仕事はあるのだから大丈夫よ! それにほら、あの男の子! 貴女を必ず見つけるって言ってたでしょう? きっとすぐ再会できるわよ! それまで元気で頑張ってね! 応援しているわ!』と、私をパーティーに受け入れた時と同じ笑顔を浮かべて言ったのだ。
あの優しそうな顔に騙された。
あの先生、ちっとも優しくなんてなかったんだ……。
私一人では、とてもあのアパートの家賃を支払っていくのは厳しい。
拾い物士というのは、手に入る収入が所謂"出来高制"というような感じなのだ。
拾い物士としてのレベルが低い私は凄く低収入である。
なので私はそこを引き払い、冒険者ギルドで事情を話して、安全面はしっかり考慮した上でできるだけ安い宿屋を紹介して貰った。
とりあえずは、そこに住む。
一人で仕事をして得られるお金と相談しながら、このまま皇都で居を構えるか他の街に行くか、これからの事を考えたいと思う。
「うん、今日は、これとこれにしようかな」
手に取ったのは、【森の落とし物】と題された、つい先日、皇都の近くにある森に行った際に落としてきた、小さな女の子の大事なお人形を見つけてくるという内容の依頼書と、【材料求む】と題された、同じその森に生息している虫の、脱皮後の抜け殻を見つけて持って来るという内容の依頼書だ。
依頼を出すほど大事にしてるお人形なら何としても見つけて返してあげたいし、虫の抜け殻は、ちょっと苦手な分野だけど、魔法薬師さんが作る何かの材料になるらしく、ほんの少し、気持ち程度にではあるけど他の探し物より報酬額がいいから、逃したくない。
手にした依頼書を受け付けに持って行き、依頼を受ける手続きをする。
『ではお気をつけて。行ってらっしゃいませ』と言ってくれる受付嬢さんに頷いて背を向け、歩き出したところで、見知らぬ少年少女に前を塞がれた。
ああ、これは、あれかな。
「こんにちは……私に何か?」
「あの、初めまして。僕達、新人の冒険者なんです。パーティーメンバーを募集してて……。貴女は、ソロで活動してらっしゃるんですか? 良かったら、一度パーティーを組んで貰えませんか?」
ああ、やっぱり。
「それで、もし戦闘とかの息が合えば、そのまま……!」
「……私は別に構いませんが、でも私、戦闘はできませんよ? 治療とかの後方支援も無理です。私の職業、拾い物士ですから」
「………………え? ひ、拾い物士? それは、どういう……?」
「地面に落ちている物を発見して、拾う。私にできるのはそれだけです」
「え…………………………?」
私の言葉に目を見開いて固まった少年少女は、しばらく呆然とした後、顔を見合せて、『え、えっと……ごめんなさい。僕達新人なので、そういう人と組む余裕は……声かけたの僕達なのに、すみません』と言って去って行った。
うん、よくあるパターンである。
私がパーティーを組めるのは、人のいいベテラン冒険者さんが、その日限りで入れてくれる場合のみだ。
役に立たないお荷物なのだから仕方ないと、もう諦めている。
そうして、私は今日も一人で、仕事に向かったのだった。