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ロアンシルの幸福

 パラ、パラ、と書類を捲る音がふたつ、質のいい家具が並ぶ室内に響く。

 ふいにそのうちのひとつが止み、視線を感じた。


「……異界からの来訪者とはな。……ロアンシル、大丈夫か」

「ええ。ご心配ありがとうございます父上。ですが、大して感傷は湧かないのですよ。会った事もなく、言葉を交わした事もなく消えてしまった(えにし)だからでしょうか。……少々、薄情過ぎるかもしれませんが」

「いや。……そなたが辛い思いを抱かずすんでいるのなら、それで良い。私が気にかかるのはそれだけだ」

「ありがとうございます。……辛くなどありませんよ。俺の番は、こうして今、この腕の中にいるのですから」


 そう言って、腕の中で眠る少女を見る。

 牢で気を失った彼女を、この腕に抱いて連れて来た。

 それからずっと離さずにいる。

 気を失う直前、何やら穏やかではない事を呟いていたが、それが現実のものとなる事など決してない。

 そんなこと俺が断じて許さないし、そもそもそうなる理由がない。

 この子はレヴァロアの恩人で、何より俺の番であるのだから。

 ーーそう、番。

 やっと見つけた……いや、現れてくれた、と言うべきか。

 番とは本来、同じ世界で生まれた者同士がなるものだ。

 けれど稀に、異界から訪れる来訪者を番と判ずる者がいる事がある。

 それは総じて地位のある者か、潤沢な資産を持っている者か、世界的に有名な名のある者で……つまり、異界からの来訪者を問題なく養える者なのである。

 これは神が、異界からの来訪者がこの世界で無事に暮らせるよう配慮してそうしているのだと考えられている。

 そして……異界からの来訪者が番となる者は、既に、この世界で生まれた本来の番を亡くしている者に限られる。

 俺の本来の番も、既に何かの要因で亡くなってしまっていたのだろう。

 父上も弟達も、その事実を知って俺を気づかってくれたのだ。

 けれど、出会う事なく……その姿を一目見る事すらなくいなくなってしまった、名も姿形も知らぬ女性を思い悼むより、俺の番となり、俺の前に現れてくれたこの少女のほうにこそ、俺はこの心を割きたいと、そう思う。

 神により再び与えられた幸運を、二度と失わぬように。


「……早く目覚めてくれ、アカリ嬢。君の事をもっと色々聞きたい」


 そう言ってそっと頬を撫でるが、まだまだ目覚める気配はない。

 ならばと、俺は再び書類に視線を戻した。


「そうだな。その調査報告書にあるように、神はまた新たな職業をこの世界にもたらしたようだからな。私も、その詳細を聞かねばならん」

「拾い物士、ですか。"地面に落ちている物を発見して拾うのみ"、とありますね。随分とユニークな職業のようだ」

「うむ。そのような職業では、今まで相当に苦労をしたであろうな。現に、その少女、泊まっている宿屋で出される故、朝晩の食事はきちんと取れていたようだが……昼食は取らない事が多かったようであるからな」

「ええ。流石は王城の諜報部隊。この短時間でも詳しく調べてあって、とても助かります。……これからは、そんな苦労など、私がさせませんので。ご安心下さい、父上」

「うむ。……ああ、それと、件の侯爵令嬢と従者達、そしてその父親だが。今、捕縛に向かわせておる故、処罰は私に任せて貰うぞ、ロアンシル」

「処罰、ですか。……重罪に処して下さるのならば、構いませんが」

「……レヴァロアが行方不明という事は知る者を限定した極秘事項であった。自身の娘とはいえ、それを洩らした父親はそうする予定だ。だが、娘のほうは、ただの早とちりと思い込みで取った行動に過ぎぬからな。厳重注意といったところか」

「っ、アカリ嬢をあんな目に合わせた者を、その程度で許すと!?」

「落ち着け、ロアンシル。相手は、親の加護のもと暮らしている未成年の、甘えたで我が儘な貴族令嬢だ。父親が厳罰に処されれば、同じ事よ。そうであろう?」

「……では、その父親はどのように?」

「王族に関わる極秘事項を洩らしたんだ、個人的には、斬首刑に処してやりたいね」

「!」

「……ノックはどうした、オーザウェン」


 突然割り込んできた声に振り返れば、父上に似た容貌を持つ男が立っていた。

 次いで聞こえた、父上の呆れたような声に、それが誰であるかを確信する。


「……ご無沙汰しています、オーザウェン様」

「違う。兄上、だろう、シル? ……申し訳ありません、父上。シルを驚かせたかったもので、省きました」

「全く、お主は。……斬首にはせんぞ。男爵に落として僻地へ送る」

「……軽すぎませんか? それでは。シルも納得しないでしょう」

「送るのがクロゼートでもか?」

「!」

「……あそこですか。それはそれは。とても楽しい日々が送れそうですね。毎日が死と隣り合わせだ」

「今朝ちょうど、現領主が年齢の衰えを理由に隠居を願い出る要望書が届いてな。お主と後任を決めようと思っていたのだ。ちょうど良いだろう」

「そうですね。お前もそれでいいかい、シル?」

「お任せ致します。私はこれで失礼致しますので」

「我が母上は今視察という名目で旅行に出かけていて留守だ。主だったお付きも連れて出ているよ」

「!」


 言い放たれた一言に、立ち去ろうと浮かしかけた腰が止まる。

 視察として、旅行。

 王妃殿下は今不在か。

 そして、主な従者を連れているのなら、困った報告をする目や耳もない……。

 動きがぴたりと止まった俺を見て、オーザウェン様ーー兄上はにこりと微笑んだ。


「お茶会がしたいな、シル。リークやレヴァも一緒に。勿論、クーザも呼んであげていいだろう? 兄弟が揃って、喜ぶよ」

「……。……この少女も一緒でよろしければ、お受けします」

「勿論だ。起きたら紹介しておくれ。既に中庭に用意するよう頼んである。行こうか」

「はい、兄上。では失礼します、父上」

「うむ。……仕事がなければ、私も交ざるのだがな」

「はは。夕食は全員で取れるよう、精を出して下さい父上」

「そうしよう」

「……兄弟が一同に会するのは、久しぶりですね」

「だね。シルは旅に出ていたし、リークやレヴァは近づいてはくれないから。……我が母上がもっと長時間の外出をしてくれればいいのにね。困った人だよ、本当に」

「……。……こんな場が持てると知っていれば、菓子や茶葉のひとつでも土産にしたのですが。すみません兄上」

「構わないさ。……それより、それ、もっとたくさん言って欲しいな」

「……ええ、そうですね。今のうちに。兄上」

「リークやレヴァにも呼ぶように言ってね、シル」

「はい兄上」


 俺はアカリ嬢を大事に抱えながら、兄上について中庭へと移動を開始したのだった。

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