プロローグ
これは、現実だろうか。
ただの夢だと思いたい。
そう考える度に、正面に浮かぶ、とてつもなく美しい容姿をした青年はその視線を私に移し、『まぎれもない現実だ、何度も言わせないで貰えないか』と告げてくる。
そしてそれは私に対してだけでなく、この場にいる全員に対し行っていた。
その行為から、ここにいる全員が同じ気持ちでいる事を知る事ができる。
けれどそれは、当たり前だろう。
私は、いや、私達はさっきまで、バスの中にいたのだ。
なのに気がついたら、何もない真っ白な空間にいて、正面には空中に浮かぶ青年がいて、『君達は死んだ』などと聞かされたら、悪い夢だと、現実逃避をしたくなるだろう。
入学したばかりの高校を経由するバスの中は、その高校に通う学生で埋め尽くされていた。
だから今ここにいるのはその学生だけ……あ、違った、二人だけど大人の姿もある。
あの人達は確か、先生だったはずだ。
学校の中で見かけた気がする。
「……そろそろ、現実を受け入れてくれただろうか。もう一度だけ説明するから、理解してくれ。死後の世界たる天界にも、受け入れられる魂の数に限界がある。よって、不慮の事故等で死んだ若い魂には、そのまま別の世界、下位の世界へ送りそこで生き直して貰う事がある。君達にはそうして貰う事が決まった。君達が行く世界の名はエリューシア。君達の世界でいうところのファンタジー世界だ。そこで無事に生き続ける為に、四、五人に分かれパーティーを組んでくれ。決まり次第、エリューシアのそれぞれの国に送る。さあ、始めてくれ」
青年のその言葉を受け、戸惑う様子を残しながらも全員が動き始めた。
見知った顔を探し、それぞれパーティーを組んでいく。
……私は、どうしよう?
ざっと見回したけれど、クラスメートはいないみたいだし……知らない先生だけど、どちらかに組んで貰えないかなぁ?
「灯、来いよ。あっちにサッカー部の先輩達がいるからさ」
「えっ、ちょっ、ちょっと勇、引っ張らないでよ! それに私はっ」
「ああ、悪い。まあとにかく来いよ。せんぱ~い!」
「ん? おっ? 矢島じゃねえか! お前もいたのか……!」
「はい。すみません先輩、俺とこいつ、先輩達のパーティーに入れて貰えませんか?」
「"こいつ"?」
「あっ! 矢島お前! その子彼女か!?」
「へっ!? い、いえ、違いますよ! ただの幼なじみです!!」
「ほおぉ? 幼なじみねぇ? ……まあ、いいけどよ……あの浮いてる男、"四、五人のパーティー"って言ってたろ? 俺ら、四人いるから、入れるのは一人だぜ? 二人は無理だから、悪いけど他当たれよ」
「あ。…………ん~…………。……悪い、灯! 異世界着いたら絶対お前探し出すから、一度離れよう! 絶対見つけるから、それまで我慢してくれ! なっ?」
私に何も聞かず、勝手に手を引っ張って行った勇は、困ったように自身の頭を掻いたあと、私に向き直り、顔の前で両手を合わせてそう口にした。
本当に、勝手な奴である。
「……あのねえ。……別に探さなくていいよ。私は私で、どうにか生きてくから。じゃあね、バイバイ勇」
「お、おい拗ねんなよ灯! 絶対探し出すから! 絶対だから、元気に待ってろよな!!」
「遠慮しとく」
元々私は、高校進学を機にあんたと縁を切るつもりだったんだ。
たとえそれが無理だったとしても、距離を置く予定で、その為に、勇とは違う高校を選んで受験した。
……はずだった。
なのに受験当日、勇はいつものように当たり前の顔をして『行くぞ』と家に迎えに来て……。
意味がわからないまま混乱する私の手を引いて、勇は私の志望高校に向かい、そのまま試験を受けたのだ。
そうして二人とも合格し今に至る、というわけで。
勇が受験すると話してた高校とは違う高校だったはずなのに、どうして一緒に通っていたのか今だに意味がわからないけど、まあ、もうそれはいい。
今度こそ縁を切ろう。
「あのっ、すみません、先生のパーティーに、私も入れて戴けないでしょうか?」
既に女子が四人群がっていた男性教師の側を通り過ぎ、大人しそうな生徒が男女一人ずつ側にいた優しそうな女性教師に声をかける。
するとその先生は、よくお似合いの優しい笑みを浮かべて、しっかりと頷いてくれた。
こうして私は、四人組のパーティーに属し、異世界エリューシアへと、旅立ったのだった。




