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8.悪夢

鬱夢注意



そこは衣料品店のようだった。

見渡す限り並ぶ女物の衣服、窓の一つもない広大なフロア。

相当に大きな建物の内部なのだろうとアイゼルは思っている。


「げほっ、ごほっ!」


もくもくと黒い煙がフロアに満ちてくる。

どこかから悲鳴と、バキバキと何かの壊れるような音がする。

袖で口元を覆いながら、姿勢を低く保つ。


煙を吸い込んでしまったらしく喉がひどく傷んだ。

咳き込んでいると、ぎゅっと腕を握られる。


「大丈夫」


痛む目をこじ開けて前を伺えば、私服姿の少女がいた。

相変わらず顔には霞がかかってしまって見えなかったが、確かに彼女は笑っていた。


「私が守るから。大丈夫だよ」


安心させるように、落ち着いた声で彼女はそう言った。


ぎりぎりと歯噛みしながらアイゼルは怒鳴り声を上げる。


(ックソ!女に何言わせてんだっ!男のお前がそんなんでどうすんだよ!!)


けれども夢の中の相沢は、いつもと変わらない動きで少女の手を握り返した。

少女の指先はかすかに震えていた。


これはアイゼルの大嫌いな夢だ。


そうして何度も繰り返してきたように、相沢少年と少女は手を取り合ってこの場から逃げるために移動を開始する。


目を背けたいのに、それすら自由には出来ない。

アイゼルの願いも空しく、二人はその場所へと近づいていた。


そっちへ行くな。戻ってこい。

どれだけ願っても、夢の中の相沢は思うように動くことはない。

ただ、決まりきった動きを同じように繰り返すだけだ。

すでに起こってしまったことは変えられないように、変わらない未来に向かって突き進む。


そして突如としてフロアに爆炎が巻き上がった。

ごうと地鳴りのような音を立てて中央の床が抜け落ちる。

その下からのぞくのはすべてを焼き尽くす真紅の炎だ。

肌を焼くような熱風が吹き抜ける。

息苦しささえ覚える灼熱に、吹き飛ばされていた相沢はすぐに身を起こした。


赤々と燃える炎が階下から立ち上って揺れている。

ごうごうと熱と炎を巻き上げて、全てを燃やし尽くせと踊っていた。


その炎の手前に、むき出しの鉄筋にすがるように捕まっている人影を見つけて相沢は走った。

負傷したのか右足がひどく傷むが、必死な思いで駆けつける。


「   っ!」


聞こえない少女の名を叫んで、かろうじてぶら下がっている少女に向けて腕を伸ばす。


はっと顔を上げた少女も片腕を伸ばすが、その腕は届かない。


「ミツ、逃げて…お願い…っ!」


少女の声が震えていた。

爆発に巻き込まれたときに怪我をしたのか、あちこちに切り傷を作り指先は赤く染まっていた。


「嫌だっ!!」


相沢少年が叫んだ。


それを聞いた少女は仕方がないと言うように微笑んだ。


「    っ!!」


ふわりと少女の体が宙に浮く。


燃え上がる炎の中へ落ちてゆく少女。

そうして相沢は、少女へと腕をさし伸ばすことしか出来ずにいる。


「     ーーーーッ!!!」






「…くそったれが」


目を開いて、アイゼルはそう吐き捨てた。

何とも目覚めの悪い夢を見たものだ。


アイゼルならば。

少女にあのような顔をさせることもないのに。

どんな苦境でも、絶対に諦めたりしない。


嫌な気持ちを抱えたまま一日を過ごすことになるのかと重いため息を吐き出す。

胸にたまる不快な思いに舌打ちをして、そうして起き上がろうとしたところでアイゼルは体が重いことに気が付いた。


「あ?なんだ…?」


上半身だけ起こしてみれば、理由はすぐに判明した。


アイゼルの足に覆いかぶさるように、ベッドの脇からしがみついて少女が眠っていた。

柔らかそうなひまわり色の髪が、朝日の中できらきらとまばゆく輝いている。


アイゼルは騎士だ。

眠っている時でも警戒は怠らないはずなのに、まったく気が付かなかった。

そのことに内心驚愕していると、「あいじぇるぅ…」と少女が幸せそうな笑みを浮かべて呟いた。

どうやら夢の中までアイゼルを追いかけまわしているらしい。

思わず苦笑が漏れる。けれども何故だろう、嫌な思いはしなかった。


気持ちよさそうに眠っているレイナリースの髪に、アイゼルはそうっと指で触れた。

さらさらとした絹糸のような髪が指先から零れ落ちる。


「……まったく、眠っている姿は可愛らしいのにな…」


そう呟いて、アイゼルは布団によだれが染みついているのを見つけた。


「…乙女が聞いて呆れるぜ」


くっと小さく笑いをもらす。


いつの間にか胸にたまっていた不快な思いもきれいさっぱり無くなっていた。


気持ちよさそうに眠るレイナリースの髪を撫でて、穏やかに笑っていたアイゼルは突然の寒気を感じて慌てて顔を上げる。


寝室の扉がわずかに開いていた。


そのかすかに開かれた扉の先。

縦に並んだデュークとリアンゼルの顔があった。


そろって同じように目を見開いた表情でこちらを凝視する二人。

そうして、ゆっくりと扉が閉められる。


パタン。


「……っ!!!」


アイゼルは声もなく絶叫した。


待て!誤解だッ!!


何が誤解かは自分でもわからないが、あの顔は何かを勘違いしたに違いない。

すぐにでも二人を追いかけて問いただしたかったが、膝の上にはなおも眠り続けるレイナリースがいる。


幸せそうな眠りを妨げないように、アイゼルは声もなく身もだえた。








「いや、アイゼルもすみにおけないよね。あれだけ怯えておいて、ねえ?」

「…僕はアイゼルにお兄さんって呼ばれるの?え、どうしよう…」


そう言ってデュークとリアンゼルの二人は同時にちらりと視線をアイゼルに向ける。


「っだから!誤解だって言ってんだろ…!」


その色々な思いが含まれていそうな視線にアイゼルは叫んだ。


ちなみに、起床したばかりのレイナリースはシアンとロザンナと共に階下に朝食をとりに降りている。


つまるところ、いま室内には男ばかりしか残っていなかった。


「…むっつり」

「ヤスお前もかッ!!」


壁際が定位置のヤスまでも、ぼそりと煽ってくる。


「あれは!勝手に俺の部屋で寝てるレイナが悪いっ!!」


そう声を荒げれば、三人からの眼差しが冷たくなった。


「女の子のせいにするなんて…良くないぞアイゼル」

「レイナを悪く言うなら僕が許しません!」

「…サイテー」


ぐさぐさと胸に刺さる言葉に、がくりとアイゼルは膝をつく。

何故だ。何故ここまで言われなければならないのだ。


世の理不尽さに、アイゼルは嘆いた。






こんがり焼けたトーストにかじりつきながら、レイナリースは真面目顔のロザンナを見返した。


「…ねえ、そのハム食べないならちょーだい?」

「リアンきゅんのパンツをくれるなら差し上げます」


きりっと凛々しい顔でそうのたまうロザンナをスルーしてレイナリースはふっと遠い目をして、反対側に座るシアンへと目を向けた。


朝からロザンナ節はキツイ。

爽やかな朝の為にも彼女には口を噤んでいてもらいたいものだ。

やはり朝は癒し系美少女だ。


「シアーン、そのハム…」

「もう、仕方ないですね」


ふくれっ面の美少女はそう言ってレイナリースの皿にハムをのせてくれた。

なんと心優しいのか。

この恩は今日一日忘れないと合掌して、レイナリースは手に入れたハムを口に放り込む。

はぐっと一嚙みで飲み干せるほど薄っぺらいハムだ。

何とも食べごたえのない。


仕方なくトーストを齧り始めたレイナリースをじっとシアンはじっとうかがっていた。


「ねえ、レイナリースさん」

「あ、レイナでいいよ」


そう言えば、シアンは小さくわかりましたと声を返す。

桃色の瞳が何かを決意するように、まっすぐにレイナリースを見た。


その眼差しの真剣さに、レイナリースも真面目な顔で口の中の食べ物をごくりと呑み込む。


「…あの、レイナ。この旅は危険だとわかっているのに、どうしてついてきたの?」


可憐な唇からこぼれたのは、そんな問いであった。


「シアンだっているじゃない」


ぱちりと瞬きをしてそう返せば、桃色の瞳が強く見つめ返してくる。


「おっ…私はっ!父から頼まれているの!」

「お?」

「っいいから!女の子には、危ない旅なんだよ?わかってるの?」


ぐっと拳に力を込めて、深い心からの心配する思いをにじませるその言葉にレイナリースは笑った。


「…うん。だからこそ、ついて行くって決めたの」

「どうして…っ!」


言い募るシアンに、レイナリースは落ち着いた声で答えた。


「私が守るから。危険があるのなら、私はアイゼルの為に戦いたい」

「レイナ…」

「アイゼルと一緒にいたいの」


呆然と、ただレイナリースを見返していたシアンは大きく肩で息をした。


「これだから……竜族は…」


小さく絞り出すように呟いて、シアンは目を伏せた。

彼女には悪いが、レイナリースとて故郷を離れるのに何も思わないわけではない。

だがそれ以上に、アイゼルと離れることの方が苦しくて辛い。

それが、今ここにいる理由だ。

その決断は揺るがない。レイナリースは決意したのだ。

決めたのならばあとはもう振り返らず、前進あるのみだ。


心優しい少女にせめて、レイナリースは気に病むなという思いを込めて口を開く。


「心配してくれてありがと。でも、大丈夫だから」


シアンの言葉は真っ直ぐだった。

その目に浮かぶレイナリースへの心配も受け止めて、レイナリースは俯くシアンの肩に触れる。


穏やかで暖かい少女の気は、レイナリースにも心地の良いものだ。


「…いざとなれば、私が貴女方を守りますわ」


黙々と食事をしていたロザンナが唐突にそう言い放った。

その手は腰に佩いた一振りの長剣に触れている。


「か弱き者を守ることこそ、騎士の使命です」


深緑の瞳がまっすぐに少女たちを見据えている。


その眼差しは穏やかでありながら力強く気高さを秘めて、朝の陽ざしを浴びて亜麻色の髪が淡く光る。


愕然と、レイナリースは目を見開いて呟いた。


「ロザンナが……女騎士だ…」

「…私は元から女で騎士ですよ。レイナ嬢」


柔和な笑みを浮かべて、ロザンナは微笑んだ。

美しかった。清廉な空気さえその場に満ちる気がするほどに。


「ですが、レイナ嬢には私のことはぜひとも”姉さん”と呼んでいただ」

「さって、シアン!そろそろ上に戻ろうか!」

「はい。出立の支度をしなければなりませんね」


さっと腰を上げて声高に宣言すれば、すぐさまシアンが続いて立ち上がった。


本当に、これさえなければ立派な騎士様なのに。

その場には瞬時に淀んだピンクの妄想があふれている。


食器を手にシアンと二人振り返った先。

一人腰掛けたまま、怪しい笑い声をあげて妄想にふける女騎士の姿があった。


「うふふふふふふふ!リアンきゅん…っ!」

「…朝から元気ですね」

「うん、そうだね」


冷静なシアンの言葉に、レイナリースは頷いた。







どういった伝手でかは知らないが、デュークはいつの間にか一台の馬車を用意していた。

荷造りは万端らしい。

馬車の中には食料や寝具などが詰め込まれていた。


その手際の良さに、アイゼルも思わず見直したというようにデュークを見ている。

マリスタまでは山道が続く。しばらくはこの馬車で生活することになるのだ。


物珍しげに馬車を眺め見ていたレイナリースだったが、一つ問題が発生した。

馬車をひく馬がレイナリースが近づいた途端に落ち着きをなくしたのだ。


初めての馬車旅に興奮していたレイナリースも、その様子にあれっと冷や汗をかく。

レイナリースの嫌な予感は良く当たるのだ。


そうしてその予感は的中する。





無事にモリスを出発した一行はアグレールの山を遠くに眺めながらゴトゴトと道を進んでいく。


「解せぬ」


むすっとした顔でそうもらすレイナリースに、荷台から身を乗り出したリアンゼルは苦笑を浮かべた。


「仕方ないよ。レイナが近くにいると、馬が怯えてしまうから」


だからこれがぎりぎりの許容範囲なのだ。

そう告げるリアンゼルを、レイナリースはジト目で睨み付ける。


そう、怯える馬にこのままでは出発できないと考えた結果、思いついた案がこれだった。

馬車の最後方、幌の外側に突き出した荷物置き場に乗る。


馬からはもっとも離れた位置だ。

そう広いスペースではないが、女一人くらいなら何とか座れるだけの場所はある。

この場所ならば馬も若干怯えてはいるものの、馬車を引けないほどではないということでレイナリースは一人その場所に腰掛けることになったのだ。


同じ竜人であるリアンゼルのことは怖がらなかったのに、何故だ。

じっとリアンゼルを見つめれば、彼は困ったような笑みを浮かべた。


「きっとレイナリースの強さを感じ取ったんだろうね。馬は聡いって聞くから」


さすがに一人だけ外では可哀想だと、出発からリアンゼルはずっとレイナリースに付き添っていた。


「…私もアイゼルと一緒がよかった」

「レイナ…」


そう漏らされた声音は、普段の明るい彼女の調子からするとずいぶんと沈んでいた。


リアンゼルも小さく息を飲む。

代われるものなら代わってやりたかった。


何と言って慰めるべきか、言葉を思案しているとふいに肩を叩かれて振り返る。


「リアン、デュークが話があるってよ」


幌の中から顔を出したアイゼルがくいと後方を指し示す。


「あ、うんわかった」


頷いてリアンゼルは俯いたままのレイナリースを気づかわしげにみやった。


「少し戻るよ」

「…いいのよ、兄さんも気にせずゆっくり中で休んでて」


膝を抱えて座り込んだレイナリースは顔も上げずに返答する。

リアンゼルは心配そうに口を開きかけ、言葉が浮かばずに口をつぐんだ。


そうして幌の中へともぐりこむ。


「…」


がたごとと揺れる馬車は、街道をゆっくりと南へ向かって進んでいる。

遠ざかってゆく生まれ育った故郷の山々を遠目に見て、レイナリースは静かに別れを告げた。


「…行ってきます」


今は誰もいない我が家に、育った谷に、山を駆け抜ける風にそう声をかける。

また再び、この地へ戻ることはあるのだろうか。


先のことは考えてもわからない。


わかるのは、アイゼルの行く先がレイナリースの目指す場所ということだけだ。


ふいに後方の幌が揺れ動いた。

何かと思って目を向ければ、厚い布をかきわけて一人の男が顔をのぞかせる。


「…よう、その、なんだ」


どこか気まずそうな様子で、唯一のぞく左目を右往左往とさまよわせる。

なんて言って声をかければいいのかわからない。

そんな様子もあからさまな男に、沈みがちだったレイナリースの顔が破顔した。


「アイゼルッ!」


あーだの、うーだのと言葉に詰まっていたアイゼルだが、意を決したようにレイナリースへと視線をうつして言った。


「…そこ、もう少し詰めれるか?」

「えっ…、う、うん!!」


まさかの言葉に、どくんと胸が高鳴った。


慌てて端のほうへにじり寄れば、「…外側じゃ危ないだろ」とアイゼルの手で引き戻されてしまった。

そうしてわずかに出来た隙間に、ひょいと腕で体を持ち上げたアイゼルが滑り込むように腰を下ろした。

二人が座るには幾分か狭い。

アイゼルの体は半分ほど飛び出していたが、落ちないように荷台を掴んだまま落ち着ける位置を決めたようだ。

身軽に

一連の動作をおえたアイゼルにレイナリースは頬が熱くなるのがわかった。

格好いいのだ。これで惚れ直すなという方が無理である。


「…悪いな、こんな所で」


ぽつりとつぶやいたアイゼルはそう言って、視線はどこか遠くを見やったまま無造作に紙袋を突き出した。

その手は何かを耐えるようにぶるぶると震えている。


それもそうだろう。

だいぶ慣れたとはいえ、いまだにレイナリースを前にするとぶるぶると震えてしまうのは情けなくて言い出せない。

加えて今は、慣れないことに人に贈り物を渡そうとしているのだ。


アイゼルは朝の礼にとレイナリースが好みそうなものをモリスで買ってきていた。

あの夢を見た日は、最悪な気分を引きずるのがいつもであったが、今日は彼女のおかげか気分がよかった。

だからこれはその礼で、決して他意はないんだと自らに言い聞かせる。


こう見えて奥手なアイゼルにとって、どんな形であれ女子に何かを贈るというのは初めての経験であった。

どう渡せばいいのかわからず、とりあえず勢いに任せて突き出したのだ。

そんな複雑な男心を交えて、震える指で渡そうとしているところであった。


「なにこれ?」


不思議そうに紙袋を見やるレイナリース。

後のことなど何も考えていなかったアイゼルは焦った。


「なんだ、その、日持ちがするらしいから買って来たんだ。多すぎたから、分けてやる!」


ぐいと差し出されたそれを、熊をひねりつぶしているとは到底思えない白いまろやかな手が受け取る。

レイナリースの敏感な嗅覚がほわんと香る甘い匂いをとらえた。


「…お菓子?」

「っこれ固いから!暇ならこれでも齧ってろよっ!」


そう言い切ったアイゼルはレイナリースとは反対側を向いている。

どこまでも広がる荒涼とした山々が夕焼けに染まっていた。


アイゼルの耳は後ろからでもわかるほど赤く染まっていたのは夕日のせいだけではないだろう。

じっとその背を眺め見て、そうしてレイナリースは手の中の紙袋をそっと開いた。


小さくごつごつとした見た目の焼き菓子が、紙袋にたくさん詰められていた。

見た目こそ味気ないものだったが、甘く香ばしい香りはたまらないものだ。


「……ありがとう」


わざわざ出発前の時間を使って買ってきてくれたのだと思うと、レイナリースの胸は何とも言えない暖かさに包まれる。

食べずに大切に一生とっておきたいほど、小さな焼き菓子が宝物のように思えてくる。


そうっと優しく呟けば、ぶっきらぼうに「お、おう」とだけ声が返る。

相変わらず遠くの山々を見つめたまま、アイゼルが口を開いた。


「…マリスタに着いたら、馬を魔獣に替える予定らしいぞ」

「…魔獣?何それおいし」

「食わないからなっ!!」


レイナリースの言葉に食い掛かるほどの勢いで振り返ったアイゼルは、ふんと鼻息も荒く腕を組んで荷物に背を預けた。


「…あれだ、魔獣ならレイナを馬車に乗せても大丈夫って話だ」

「え、そうなの?私もみんなと一緒に乗れるの?」

「ああ。だから、マリスタまでは悪いがここで我慢してくれ」


遠くアグレールに落ちる夕日を眺めながら、アイゼルは言った。

夕日のせいか、その顔が赤らんでいる気がしてレイナリースは小さく笑う。


「うん、わかった。アイゼル、ありがとうね」

「…べ、別にお前の為ってわけじゃねぇし」


礼を言えばむきになって言い返すアイゼルに思わず笑い声がこぼれる。


旅はきっと楽しいものになるだろう。

だってアイゼルが一緒なのだから。







ごとごとと馬車は山道をゆく。


後方からかすかに漏れ聞こえてくる笑い声を聞きながら、シアンは桃色の瞳を閉じた。


山の空気は澄んでいて、初めて訪れる土地であったが清浄な空気に疲れが癒されるようだ。


もうすぐ夜が訪れる。

御者台からは今日の野営の場所を相談するデューク達の声が聞こえてくる。


全てを照らし出す太陽は山の彼方に落ちて、闇の時間の到来だ。


「……人なんて、醜いだけなのに」


あの黄竜の娘は、どうして人間なんて代物にほれ込んでしまったのだろうか。

竜の愛は真っ直ぐに一途だ。

それは彼女を見ていればよくわかる。


だからこそ、不安で堪らなかった。

人間が、どれほど醜い生き物なのか、よく知っているから。

いいように利用されて、捨てられて終わってしまうだろうか。

それとも、彼女の思いを利用して子作りでもさせるつもりかもしれない。


人間ならば、それぐらい平気でやるだろう。

彼らほど残酷な生き物は他にいない。


出来ることならば、澄んだ空気に満ちたこの山に残ってほしかった。

その方がきっと、あの兄妹にとっても幸せだっただろう。


守らなければならない。

あの”人間”から。

ゆっくりと開かれた瞳は鋭く、その瞳孔は縦にのびていた。


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