6.旅の仲間たち
今回は区切りの都合で短めです
気絶したリアンゼルを別室に運び入れて、改めてレイナリースはアイゼルの仲間たちを見渡した。
アイゼルの友人のデューク、変態女騎士、紫髪の美少女、スキンヘッド。
なるほど。
アイゼルの仲間は世情に疎いレイナリースの目から見ても変わっている。
類は友を呼ぶ。
ふと頭に浮かんだ言葉に、レイナリースはそっとアイゼルに視線を向ける。
まじめそうに見えて、彼らを惹きつける何かが出ているのだろうか?
確かにいい匂いはしているが…。
「な、何だよっ…!」
レイナリースの眼差しに何を感じたのか、居心地悪そうにアイゼルが身じろぎした。
「アイゼルも苦労しているのね…」
「一番苦労を掛けているのはお前だッ!」
命を狙われているデュークとこの愉快な仲間たちを引き連れて旅をしてきたのだ。
レイナリースの想像も及ばないような苦難の連続だったに違いない。
何やらアイゼルが叫んだような気もしたが、きっと
苦ともしていないというようなことを言ったのだろう。アイゼルならそうに違いない。
これからレイナリースも彼らと共にアイゼルを支えて助けてゆくのだ。
「…私はレイナリース・ノイスヘル!アイゼルと一緒に行くことになったの。これからよろしく!」
胸を張ってそう宣言したレイナリースに、紫の少女はぱちりと目を瞬かせた。
そうしてふわりとほころぶような微笑を浮かべると、スカートの端をもって小さく挨拶を返した。
何たる女子力。まるで花の妖精のような姿にレイナリースはよろめいた。
「私はシアン・フェリタと申します。薬師の見習いをしておりますの」
二つに結わえられたラベンダー色の髪が、少女の動きに合わせてふわりふわりと揺れていた。
小首を傾げた姿すら愛くるしい。
わかってやっているとすれば、何とあざとい女であるか。
思わず「ググゥ…」っとうなり声が漏れる。
「……ヤス・ヤマダ」
シアンの可愛さにダメージを受けているレイナリースに、いつの間にかスキンヘッドが名を名乗っていた。
無口なのだろうか、たったそれだけを口にしたスキンヘッド…もといヤスは元通り壁際に立ち尽くしている。
なんだろう、ひどく気配が希薄な男であった。
騎士とはふつう、もっと存在感がある気もするのだが。
絵本の中で読んだ騎士物語は、威風堂々たる騎士が怪物を倒して活躍するものばかりであった。
実物がこれと変態女騎士では煌びやかな騎士像は粉砕されて木端微塵だ。
ヤスという名も明日には忘れてしまいそうな気安さが感じられる。
ヤスと名乗るよりスキンヘッドとでも名乗ったほうがよほど記憶に残るだろう。
ヤスと呼んだら「へい、アニキっ!」と答えてほしい。何故かはわからないが。そんな気がする。
若干げっそりしながら振り返れば、アイゼルと目が合った。
ありふれた旅装ではあるが、まっすぐに伸びた背筋に澄んだ青い瞳はレイナリースが想像していたままの騎士だ。
何度見なおしても格好いい。
つい「むふふ…」と笑い声がもれる。
アイゼルが照れたようにびくりと身を震わせていた。
そうして残る一人。
仕方なく問題の女騎士へとレイナリースは怪訝な眼差しを向ける。
レイナリースの視線の先では、亜麻色の波打つ髪を背にたらした女騎士がいた。
その顔つきはきりりと引き締まっている。
先ほどまでの狂乱ぶりはどこへいった。
「私はロザンナ・レーセリア。デューク様の騎士をしております」
亡者の如き様相であった女騎士は、リアンゼルを別室に運んでしまうとだいぶ落ち着いたらしい。
そうして背筋を正して立つ姿は先ほどまでの姿を見なければ、絵本に出てくる強く気高い女騎士の姿そのものであった。
うろんな目でロザンナを見やるレイナリースに、弁解するようにデュークが声を上げる。
「ロザンナは普段は立派な騎士でしてっ!女だてら近衛騎士団に入るほどの腕前なのです!!」
「へー、”普段”はねぇ…」
「うっ、」
じとりとデュークをみやれば、引きつったデュークの顔が背けられる。
普段がどうあれ、あのような狂人めいた様を見せられた後となっては全てが嘘くさい。
女性としてみても美しい顔の女が、リアンゼルの前ではただの変質者に成り果てるのだ。
ギャップ萌えどころではない。ギャップ萎えだ。
仲間を庇うようにアイゼルも口を開く。
「…ロザンナはあれだ、名家の跡取りでもあるから、婿養子希望の阿保な男どもが殺到してな。今じゃすっかり男嫌いになっちまって、純粋無垢な少年への愛に目覚めちまったってわけさ…」
消え入るように十二歳までが守備範囲だと呟かれた言葉はかすかに震えていた。
自分で言いながら倫理観に苛まれているようである。
やはり、変態はどう言い繕ったところで変態だ。
「…少年というには、リアン兄は成長してると思うんだけど」
年を取りにくいうえに、小柄なために実年齢よりも若く見えるリアンゼルではあるが、それでも十七ほどには見えるはずだ。
少年から青年へと移り変わる過渡期の凛々しくも若さの感じさせる容姿は、ロザンナの守備範囲には当てはまらないように思える。
「ふふっ…!リアンきゅんの心は成長してもな純真さが失われていない奇跡の人よ…っ!私はそんなリアンきゅんのハートに惚れたの。結婚するなら、リアンきゅんしかいないって」
つい先ほどまで凛々しく前を向いていたロザンナの深緑の瞳は、いまやどろりとヘドロのように粘っこい眼差しで何かを思い出すように宙を見つめている。
何を考えているのか、恐ろしい。
「…あ、あの、デューク様方は黄竜様にお会いしに行かれたのでは…?」
レイナリースが身震いしていると、シアンがデュークに向けて声を上げていた。
この場の流れを変える質問に、ふっと安堵の空気が流れる。
そういえばアイゼル達は黄竜である父に会いに来ていたのだった。
すっかり綺麗に忘れていたレイナリースも慌ててまじめそうな顔で頷いた。
そんなレイナリースを胡乱な眼差しで見つめているアイゼル。
彼にはレイナリースが適当に相槌を打っていることがわかってしまった。
悲しいことに、レイナリースへの理解力は今日一日だけで大幅に上がったのだ。
「黄竜殿はご不在で会えなかった。…だが、ご息女のレイナリースが共に旅をしてくれることになったんだ」
シアンの問いにそう答えるデュークの表情は明るい。
「まあ…!それは心強いですね…!」
シアンの驚嘆に得意げに胸を張るレイナリース。
わかりやすい反応に、彼女を見守るデュークの眼差しは生暖かい。
レイナリースは人付き合いなどしてこなかったおかげで、世辞にとても弱かった。
何ともお手軽な娘である。
◇
「ひいっ!」
「リアンきゅんかわいいわリアンきゅん…!」
「黙れロザンナッ!!」
しばらくしてから目覚めたリアンゼルは、再び変態の洗礼を受けていた。
二度目ということもあり耐性が出来たのか、気を失うこともなく顔を恐怖にひきつらせてデュークの背後に隠れている。
「……僕は山に帰ります」
すわった目でそう宣言したリアンゼルだが、続くロザンナの言葉に恐怖することになる。
「デューク様、お世話になりました。ロザンナは本日をもちまして剣をお返ししますわ」
「えっ…、突然どうしたのロザンナ?」
狼狽えてそう問いただすデュークであったが、どろりとした笑みを浮かべて笑うロザンナに引き気味だ。
「リアンきゅんと山に帰りますの…っ!!」
「ヒィッ!」
獲物を捕らえた蛇のような眼差しでリアンゼルを見つめるロザンナは、ちろりと唇を舐めあげた。
その眼はまっすぐにリアンゼルを見据えたまま離れない。
リアンゼルは決断した。
あれだけ悩んでいたのが嘘のような即決である。
「ぼ、ぼくもレイナと一緒に行く…」
ぶるぶると震える手でデュークの服をつかみながら、必死にロザンナから視線を外してリアンゼルが言った。
一人ではロザンナに立ちうち出来ないと理解したのだろう。
竜も形無しの恐ろしさだ。
「リアン兄も来るの?やったー!」
「何だか…ごめんね、リアン」
純粋に喜ぶレイナリース、デュークはすまなさそうに顔をゆがめている。
気の毒なものを見るようにリアンゼルを見つめていたアイゼルは、小さく嘆息して口を開いた。
「リアンが来てくれるのは助かる。…そこの馬鹿はなるべく引き留めておく」
「リアンきゅぅううううん!!」
「…落ち着いてロザンナさん。リアンゼルさんが怯えていますよ」
鼻息も荒いロザンナの腕を、ついついとシアンの細うでがつつく。
猛然とした勢いで突き進みそうになっていたロザンナは、その言葉にはっと我に返った。
リアンゼルとは末永く仲良くしてゆきたい。嫌われるのはロザンナの本意ではなかった。
「リアンきゅ…はっ!そ、それはいけないわね…」
シアンになだめられ、パンパンと勢いよく顔を叩いたロザンナの顔はきりっと引き締まったものに戻った。
まるで魔法のような早業だ。
「こ、これから、よ、よ、よよよよよろしくね…っ!リアンくん!」
「うっ…ハイ…」
顔は戻ったが、挙動不審なのは変わらないらしい。
デュークにしがみついたまま答えたリアンゼルに、ロザンナの顔は蕩けた。
そんなロザンナをため息交じりに見やって、アイゼルは「さて」と声を上げた。
「留守番ご苦労さん。さっきデュークが言った通り、黄竜殿には会えなかった。」
皆の視線を集めて、アイゼルは今後の予定を決めるのだとデュークを振り返る。
「…王城にいる白竜殿に会う伝手も得たし、そろそろ王都を目指そうと思っている」
「…危険では?」
伝手とはレイナリースのことか。
確かに白龍に会うくらいならばすぐに叶うだろう。
ふむふむと頷いている間に、スキンヘッド…もといヤスが口を開いた。
「危険ではある。が、いつまでも先延ばしに出来るものじゃないしな」
じっとヤスを見返しながら、アイゼルは傍らのデュークへと視線を向ける。
「…構わないか?」
「異論などあるわけもないです」
「よし。モリスから王都へ通じている北路はさすがに敵の監視も厳しいだろう。ここは一旦商都マリスタを経由して、南の国境線沿いにデガンタ領を目指そうと思う」
「デガンタ領を通るの?あそこは魔物もよく出る危険地域よ」
真面目なロザンナがそう異議を差し込む。
腐っても近衛騎士である彼女にしてみれば、無用な危険を避けるのは当然の行動だ。
どうやら職務を忘れたわけではない様子に、デュークは安堵の息をもらした。
「まあな。だが、それはどの道を選んでも同じだろ?敵が刺客か魔物かってだけだ」
それに…と続けて、アイゼルは言った。
「…デガンタ領のキリマスには、俺の師匠もいる」
「あぁ、アイゼルのお師匠さんですか。それは心強いな」
穏やかに微笑するデュークに、それならばとロザンナも頷きを返す。
無言で頷くヤスにシアンも「皆さんがよろしければ」と控えめに肯定してみせた。
「よし、ならさっそく準備にとりかかるぞ!まずはギルドに行って、レイナとリアンをパーティ登録だな!」
行程は決まったと頷いて、アイゼルはレイナリースとリアンゼルへと目を向けた。
「…ギルド?」
「ん?そうだ、レイナ達は冒険者ギルドに登録していないのか?」
首を傾げるレイナリースに、アイゼルははたと気づいたように尋ねてきた。
ぶんぶんと首を左右に振れば、驚いたようにアイゼルは目を見張ってから「わかった」と頷いた。
「あれだけ強いからてっきり登録済みだと思ってたんだが…、それならこれから登録に行くか」
「そうだね、ギルドに登録しておけば討伐した魔物も売れるし、パーティ申請もしておいた方が補償もある」
アイゼルの言葉にデュークもそう答えた。
デューク達も偽名を使って冒険者としての活動をして資金を稼いでいるのだ。
レイナリース達もギルドに登録しておいた方が、何かと都合がいいだろう。
そう思って振り返ってみると、そこにはきらきらと瞳を輝かせるレイナリースの姿があった。
「ふぉおおおおお!!!冒険者ギルドっ!ひゃっふう!」
そういった組織があることは兄から聞いて知ってはいたが、まさか自分も冒険者になるなんて思ってもいなかったレイナリースは歓喜の叫びをあげて飛び跳ねた。
そうして片腕を拳を天に突き上げる。
「うっひょおおお!!今行くわよ!冒険者ギルドッ!!」
アイゼルと一緒に冒険者になる。
その言葉だけでレイナリースは有頂天になれる。
この拳でアイゼルの行く手を阻むものなど粉砕してみせる。
鼻息も荒くそう決意を固めるレイナリースを、恐る恐るリアンゼルが口をはさむ。
「…レイナ、その、抑えて…ね?」
「…やべぇ、こいつをギルドに連れてくのが恐くなってきた…」
異様な盛り上がりを見せるレイナリースを前にして、リアンゼルはその張り切りように恐怖し、アイゼルはこれから巻き起こるだろう騒動を思い恐怖した。