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彼岸花

『セイザンソウ』のサブキャラである、ティロルの描いた絵が発端となっている話です。


セイザンソウとは関係ない、独立した話ですので気軽に読んでいってください。


 楽しんで頂けたら幸いです

 とある美術館に人を食らうと噂される一枚の絵画があった。

 勿論、私はそんな噂を信じているわけではないし、警察も本気で取り合わない。

 しかし、ここ最近起きている三件の失踪事件の被害者の足取りを追うと、おかしなことに三人ともここで途絶えているのだ。

 ここでなにかの事件に巻き込まれたのかと思い訪れてはみたものの、なんの変鉄もない美術館の一角であり、死角があるわけでもなく、なぜ、ここで消息が絶たれているのか疑問を抱かずに得ない。

 美術館は大きくもなく、小さくもない、三百枚くらいの絵画を展示できる程度のもので、新しくも古くもなくなにか突出したものがあるわけでもない、ごく、普通の美術館だ。

 どうしてこんな所でそんな事件が起きているのか理解が出来ない。私は独自に調査をするために訪れていた。


 私の名は鵜飼芳。フリーのジャーナリストだ。主に国外の情報を取り扱っているが、その片手間に読者が喜びそうな記事も書いている。

 都市伝説などオカルト的な話は、芸能ゴシップと同等に世間を賑わすのだ。

 絵のタイトルは『奈落の華』と銘打たれた、血のように赤い彼岸花の花畑だ。

 美しい中にも影があり、素人の私でも素晴らしい絵だと評価できるだろう。

 しかし、どこか薄気味悪く、長時間見ていれば夢にでも出てきそうだと感想を抱いた。

 作家名はティロル。有名かどうかは知らないが、今回の事件にはおよそ関わりのない人間であろう。連絡先などは調べていない。

 全てを解明した後で、話を聞くくらいは面白いかも知れないが……。


 さて、先程も述べたが私は失踪した三人はここでなんらかの事件に巻き込まれたと考えている。恐らく同一犯の仕業であろう。

 被害者の接点は、ここで音信不通になったと言うことだけだ。

 ならば、ここにいればなんらかのアプローチがあるだろうと張っていた。


「御客様、当館は七時を持って閉館致します」


 ずっとここにいる私がこのままでは閉館後も居据わるとでも思ったのか、黒と白のスーツに身を包んだ男が寄ってきて、口許に笑みを浮かべたままで忠告してきた。

 時計を見るとすでに六時半を回っている。ここに通い始めて三日、今日も収穫はなしになりそうだ。


「ああ、分かっているよ。じゃあ、そろそろ退散させてもらうか……」


「またのお越しを心よりお待ちしております」


 回りに人が減ってきて、私の姿が目立つようになっていた。

 こんな人の目を引くような状況では、犯人からのアプローチはないだろう。

 私はまた明日来ればいいかと、ベンチに置いておいた荷物を手に取ると、美術館の出口に向かう。

 その時、花の香りを嗅いだ気がして振り返り、なにをバカなことをと自分の思考を掻き消すと、辺りを見回した。

 絵から花の香りを感じた気がしたのだ。

 辺りには花などなく、やはり気のせいかと私は美術館を後にした。


 家に帰った私はパソコンのマウスを操作して待機モードを解除する。

 仕事柄、帰宅後すぐに記事にしたい事や、検索を掛けたい事が多いため、パソコンの電源は常に入れたままにしてある。

 私はすぐに某有名検索サイトを開くと、『ティロル、彼岸花』と入力して検索を掛けた。

 どうして今更そんなものを検索したのか自分でも分からない。もしかしたら、あの時感じた花の香りは錯覚などではないと、本能で悟っていたのかもしれない。

 提示された画像に私は驚愕した。

 ティロルの彼岸花と言う作品には、彼岸花は十に満たない数しか描かれていなかったのだ。

 あの美術館にあった絵画には、花畑と言えるほどに彼岸花が描かれていた。

 冷静に考えればなにかの間違いだろう。しかし、頭の何処かではあの絵画になにか危険なものを感じていた。

 ジャーナリストの勘なのかも知れない。

 今度は『ティロル、絵描き』と入力して検索を掛けてみる。

 三十件以上表示された検索結果を見ていくが、分かったことはティロルの素性や所在は誰も知らないと言うことと、この作者の絵が飾られている場所では、悪いことが絶えないと言うことだけだった。

 一番有名なのは、ティロルの作品展を訪れた客が全員発狂したと言うあの事件だろう。

 やはり、原因不明の怪事件として片付けられたが、ティロルと言う画家の名前が世間に知れ渡った出来事であった。

 こうなると、今回の失踪事件もあの絵画の犠牲者と思えてしまうから不思議だ。

 取り合えず、今この場で出来る事はもうない。新しい情報が入るまで違う記事を纏めることにまた明日美術館に行ってみる他ないだろう。

 スクープは現場百回と言うくらいに、現場へ足を向けるのが大切なのだ。


 

 翌日、私は懲りもせずに彼岸花の絵の前にいた。

 ここにいれば犯人からの接触があるはずだと信じながらも、頭の何処かでは、失踪した人々はこの絵の彼岸花にされているのでは、などと言う馬鹿な妄想が頭から離れず、恐怖で絵を見ることが出来ずに背を向けている。

 その時、風が吹いた。

 私は美術館の空調の風がたまたま頬に当たったのだと気にも掛けていなかったが、目の前に花びらが風に吹かれているようにゆっくりと舞い落ちた。

 赤い、彼岸花の花びらだ。

 私はなぜか花びらを拾うと振り返って絵画を見つめてしまい、言葉を無くしてあり得ない光景に、いや、あってはならない光景に瞳を逸らせず魅入っていた。

 絵画の中で彼岸花が風に吹かれたように揺れていたのだ。

 彼岸花が中央から二つに割れて、中心にそれまでいなかった着物姿の少女が姿を表した。

 少女は私を見ると微笑んで手招きをしてくる。

 私は逆らうことも出来ずにゆっくりと絵画に向かって歩き出すと少女に手を差し出していた。


 幾人もの刑事が私の、いや、私たちの前を行き交っている。

 美術館の館主が事情聴取を受けて首を捻っている姿が見える。

 三件の失踪事件に続いて、私も荷物だけ残して姿を消した事件を追っているのだろう。

 警察さえも解決の出来ない事件だが、私はもうその真相に辿り着いていた。

 そう、私はとうとう警察を出し抜いたのだ。


 しかし、誰も思うまい。

 私も含めて失踪した四人が、絵の中で彼岸花になっていることなど……。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いのにちゃんとしたミステリーで雰囲気もあり文章も上手く感心しました。
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