プロローグ
「あぁクソッ! 雪が降ってきやがった!」
雨雲よりもさらに重圧を感じるほどの厚さを感じる雲を睨むように商人は街の商業場の一角でいらだちを吐く。
「おい奴隷共、商品が濡れちゃあ商売になんねぇ。場所移すぞ」
「あ、う?」
「ちっ、言葉くらい教えとくべきだったか。
不便で仕方ねぇ」
男は奴隷商人だった。
王国マグナブールではこういった商人は大量に居る。
この王国では奴隷と騎士によって栄えた国なのだ。
奴隷を酷使することで炭鉱等で資源を得て、奴隷を鍛え上げて戦力とする。
そして奴隷を実験にして魔法や科学、医療を非道ながらも他の国より早く発展させてきた。
奴隷が足りなくなったのであれば他国に侵略を繰り返し植民地にすることで補充を行う。
世界で最も身分による格差が酷い国だった。
「あ~、寒い寒い」
奴隷商は数人の奴隷を引き連れて屋根のある場所へ向かう。
奴隷たちはまともな教育も受けていないため、首輪に付けられた鎖が引っ張られる事で奴隷商の考えを読み取るしかない。
だが、このマグナブールは現在冬。
それも朝方には湖も凍りついている程の気温の低さ。
無骨な鉄で作られている首輪は既に氷のように冷たく、奴隷たちは鎖を引っ張られる度に冷たさによる痛みに身を震わせた。
奴隷商は歩いているうちにいい場所を見つけたらしく、その場所に携帯型の椅子を設置し座り込んだ。
だが奴隷たちは鎖で座って良いという合図は受けていないので商人の横で順番に立って並んでいる。
子供ながらに自分たちは商品であることを理解しているのだ。
「さて、今日で全部売れるといいんだがなぁ」
凍りついた石畳の上で冷たさに耐える奴隷を尻目に商人はパイプを吸いはじめる。
●
「おいおい、よりにもよってお前が売れ残るのかよ」
「ゴメンナ、サイ」
「冗談じゃねぇぞ! 一番仕入れるのに苦労したヤツが一番めんどくせえ在庫になるとか勘弁してくれよ!」
商人は一人売れ残った少女に激昂して怒鳴りつける。
この少女はほかの売れていった奴隷と違う点があったのだ。
まず耳が人間のものではない。
丸い耳ではなく、長く尖っていた。
劣悪な環境で生きてきたため肌は荒れているがシミ一つない薄い肌色。
この大陸の人間の青い瞳とはちがうエメラルドのように碧い瞳。
そして一目見て将来美しく育つことがわかる容姿と金糸のような髪。
少女はこの大陸で圧倒的に数の少ないエルフと呼ばれる種族の子供だった。
「あ~、クソ。どうすんだよマジでよ。
エルフとか相場高すぎるから安く売るとほかの奴隷商から叩かれちまうし。
かと言ってこのままじゃいつまでたっても売れる気もしねぇし」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ・・・・・・」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
「あう!」
名も付けられていないエルフの少女は他の奴隷が使っていた謝罪の言葉を覚えていた。
ただ、他の言葉はろくにしらないため奴隷商が機嫌を損ねている時にゴメンナサイと謝り続ける以外の言葉を知らなかったのだ。
壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し続けるエルフの少女に気分を害した奴隷商は力任せに鎖を引っ張る。
幸いにして首の骨を折ることはなかったが、大の男に強く引っ張られた事でそのまま薄く積もった雪の上に転倒する。
「ほんとどうしたもんかなコレ。
次の奴隷を仕入れるのも時間かかるし、こいつ一人のために寒い街繰り出すのも面倒だしよぉ」
荒れ切った足と手に力を入れて起き上がるエルフの少女を尻目に商人は考える。
奴隷市場にも値段の相場はあった。
そしてそれは幼く、異種族であれば値段は釣り上がっていくのだ。
特にエルフの少女ともなれば貴族ですらおいそれと手が出せない高額な品となる。
それほどまでにこの時代、この世界ではエルフは希少な種族なのだ。
「ゴメンナ・・・・・・サイ」
「ッ!! うるせぇっつってんだよ!」
「あぐっ」
苛立っている商人は力任せに鎖を引っ張る。
そしてこれいじょう怒られまいと涙を流しながら許しを請う奴隷。
既に彼女は限界だった。
余りにも寒い街。
既に足裏は凍傷でズタズタになっておりこのままではじきに腐るであろう。
さらにこの日まで何度もこの奴隷商に暴力を受けており、纏っているボロ布の下は青あざだらけ。
満足な食事も与えられておらず、もはや何かのきっかけで唐突に死にかねないほど衰弱が始まっていた。
「お前なんか仕入れるんじゃなかったよクソが!」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!」
「だからそれやめろっつってんだろうが!」
「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
雪の上に倒れているところを何度も商人に踏みつけられる。
無論彼女は商品。
殺さないように、目に見える外傷は与えないようにとボロ布で見えなくなっている部分を狙って何度も踏みつけた。
だがそれですら弱った子供には地獄の責め苦だった。
泣きながら叫ぶように謝り続ける。
恐怖と暴力以外何も与えられずただ怯え続けてきたこれまでに彼女はなにも思うことはない。
恨みもや憎しみというものをまずどんなものかすら知らないほど無知であり、彼女に残っている感情は恐怖しかないのだ。
「こ、このクソガキ・・・・・・ッ」
ごめんなさいと、癇に障る言葉を吐き続ける少女に完全に激昂した商人は頭が怒りに染まった。
冷静さなど一片もなくなった商人は大きく足を上げ、頭に狙いを定めた。
その時
「そのお嬢さんを私に売ってはくれまいかね?」
「あぁ? あ、これはこれは騎士様!
みっともない所をおみせして申し訳ありません!」
商人の肩を掴み、一人の大男がその凶行を静止させた。
奴隷商は一瞬訝しんだが、相手の言葉と身なりを確認すると即座に営業用の笑みを浮かべた。
その男は明らかに一般人とも貴族とも違う姿。
背丈は2メートルを超え、樽のように太い胴体。
大の大人の胴体より太いであろう腕。
それを包むように銀のフルプレートを装着した男。
ヘルムまで装着しているため顔すらわからないが、恐らく名のある騎士だろうと商人は考えた。
「随分とボロボロなエルフの子供じゃないか」
「へぇ、ちょっと言うことをきかないもので、躾をしておりました」
「ふん、そうは見えんかったがな」
「そ、そんなことより値段の交渉を始めましょう!」
奴隷商はこれ以上聞かれないようにするため無理やり話を変えた。
ボロボロな少女はうつぶせで頭を抱えて暴力に耐える姿勢で固まっていたが、ようやく状況が収まったことに気づいて頭を上げた。
どうやら自分を連れて行ってくれるかもしれない人が現れたらしい、その程度までは彼女も理解できた。
だが少なくない頻度で買い手と商人との話がこじれ、買ってもらえない時がある。
そうなれば気分を害した商人はその奴隷をひどく痛めつける癖があった。
その暴力で死んだ奴隷も少なくない。
少女はそのことを考え、怯えすくむ。
少女は慌てて買ってもらえるようになにかアピールをしようと立ち上がるも、先ほどの暴力で体が言うことを聞かず途中で尻餅をついてしまう。
その音を耳にして騎士は少女に一瞬目を向け、すぐに商人へ言った。
「これだけあれば足りるだろう。それでは彼女は私が貰い受けるぞ」
そういって騎士は担いだ革袋から硬貨が山ほど入った布袋を取り出して商人に渡す。
布の紐を取って中身を確認する商人。
まだ値段交渉すら始まっていないのに勝手に値段を決めている騎士を不信がっていたが、中に入った金貨の量を見て目の色をかえた。
「交渉成立でございます。
お買い上げまこと感謝致します」
「ああ。それでは失礼する」
商人にもはや用はない騎士は早足で未だ起き上がれない少女の前へと歩み寄り、正面に立った。
「う、あうぅ」
「言葉も与えられていないか」
怯えたように自身の姿に目を向ける少女に騎士は哀れんだ。
「騎士様、こちらが首輪の鍵となります」
「必要ない」
騎士はしゃがみこみ、彼女の首輪を指で掴み力をいれた。
「んなっ」
驚く商人。
それもその筈、騎士は指の力だけで鋼鉄の首輪をちぎった。
騎士はそんな商人など意にも介さずそのまま鎖が取れたことも気づいていない少女を抱き上げた。
そしてそのまま歩みを始め、どこかへと足を進み始める。
ここで少女はこの騎士が自分を買ってくれたのだと理解した。
だが買ってもらったのに満足に動くこともできず手を煩わせてしまっていることに慌てる。
「ご、ゴメンナサイ」
一つしか言葉をしらない少女は心から謝った。
同時に即座に頭を庇う。
いつもこの言葉を口にすると殴られるのだ。
もう条件反射のように謝罪と自己防衛がセットの流れになっていた。
しかし、抱き抱えられる彼女に今度はなにも暴力は来ない。
「・・・・・・あ、う?」
殆ど初めての展開に戸惑ったエルフの少女は怯えつつ防御姿勢を解いて騎士の顔を様子みる。
「ん? どうした?」
「・・・・・・」
どうやらこの人は自分をあまり殴らないらしい。
顔はみえないが、それだけは雰囲気で理解できた。
「ゴメンナサイ」
取り敢えず、謝る。
彼女にはそれしかなかった。
そうやって謝り続けて、されど許されず暴力を受け続けてきた人生だったのだ。
故に他人とのコミュニケーションなどそれ以外ロクに知らなかった。
「うん、まずは言葉を教えるところからはじめるか」
騎士は今後の方針を決めながら少女を抱えて帰路に着いた。
●
小さいながらも貧相さを感じさせない自宅に着いた騎士は未だ動けない少女をソファーに寝かせ、鎧掛けに次々と自身の装備したフルプレートを掛ける。
少女はその鎧の中にいる姿を見て驚いた。
「はは、驚いたか?」
「あうあ」
男は人間ではなかった。
浅黒い肌、異常なまでに発達した筋肉。
ここまでは普通の人間でもたまにいる。
しかし顔が明らかに違うのだ。
顎は人より前に出ており、巨大な犬歯が唇からはみ出ている。
頭髪は一切なく、まるで鬼のような風貌。
男はこの世界で言うところのオーガと呼ばれる種族だった。
今まで人間しか見たことのない少女には彼の風貌はあまりに新鮮なもの。
オーガは驚くのも無理はないと苦笑いし、少女に近づく。
「ゴメンナサイ」
「おいおい、怯えちゃったか」
生理的なものなのだろう。
生き物は本能で自身より巨大なものを恐れる。
無論例外も存在するが、エルフの彼女は禍々しい風貌かつ巨大なオーガを見て怯えすくんでいた。
同時にこれから自分はどうなるのかという不安で押しつぶされそうでもあった。
このオーガの機嫌を損ねて暴力を受けるかも知れない。
それでいてこの体格、その責め苦は商人の比ではないだろう。
それを想像し、少女は必死に命乞いをするかのように謝る。
「誤解はゆっくり解くとして、取り敢えず・・・・・・風呂にするか」
オーガは体を震わせる少女の肌や服に目を向ける。
見れば雪と土の混じった汚れがいたるところについている。
体だけではない、顔や唇まで余すことなくだ。
それも当然か、彼が声を掛けるまで地面に叩きつけられた挙句踏まれ続けていたのだから。
触れば体も冷え切っており、人の体温とは思えない。
オーガは割と慌てて彼女を抱えて風呂場へと駆け込んだ。
●
「う、あうっ」
「熱かったか、スマン」
オーガは少女のボロ布を剥ぎ取り、そのまま浴室でシャワーを浴びせた。
温めで設定はしていたのだが、冷え切っていた肌にはそれすら熱く感じる。
「ゴメンナサイゴメンナサイ!」
「あぁいや怒ってないよ」
お湯に驚いて少し暴れた事に気づいた少女はすぐに動きを止め、詫びる。
熱くて傷口にも染みるが大人しくされるがままになろうと彼女は体を固めた。
オーガは未だ自分におびえている彼女に苦笑いをしながら洗剤をタオルに染みこませて体を丹念に擦る。
純白だったタオルは一瞬で茶色く汚れた。
「湯浴みすらまともにさせていなかったか、あのクソ商人」
泥汚れだけでなく彼女の肌は長いあいだ蓄積した垢も酷い。
手などささくれ立っており、足の裏など血まみれだ。
「はい、終わり。もう一回シャワーだぞ」
「うー?」
身を固めてされるがままになる少女。
まぁ、暴れられるよりはマシかと思いオーガもそのまま気にすることなくシャワーをかけて髪と肌についた泡を洗い流す。
「そしてお待ちかねの湯船だ」
「あう?」
オーガは少女を抱き上げ、ゆっくり肌に慣らせるように湯船に入れていく。
少女は初めての湯船に戸惑うが、オーガが自分をこの桶の中に入れようとしているという事に気づいて自分からお湯に使った。
だがそれでよかったのかという確証がなかったため、怯えた顔で彼の顔を伺う。
「よーしよしよし。それで合ってる。
素晴らしいぞ」
オーガは機嫌よく彼女の濡れた髪をワシワシと不器用に撫でた。
どうやらオーガは機嫌よくしてくれたという事を理解した少女は人生で数えられる程度しかなかった喜びを感じる。
「あうあ!」
「おう!」
オーガも少女もなれないながらも心からの笑顔を浮かべ合った。
●
グツグツと、釜の中の湯が煮える音が小さい家の中に響く。
「だから立つんじゃなくて座ってろと言っとるに」
「ゴメンナサイ」
オーガは厨房で食事を用意していた。
暖かいウサギ肉のスープ、野草のサラダ、牛のステーキ。
それを手馴れた様子で用意していく。
その間彼は少女に何度もソファーで座って待っていろと言葉やジェスチャーで伝えるも、どうにも伝わらない。
彼女は怯えながらひたすらオーガの機嫌を伺うことに必死なのだ。
今まで彼女は寒い牢屋の中以外は首輪を付けられて、商人から離れることを許されていなかった。
そのため自分は牢屋以外の場所で飼い主から離れてはならないという常識ができてしまっているのだ。
オーガはそれを察し、ひどく憐れむ。
恐らくオーガが買いに来るまで何時間も素足の状態で雪の上で立ちっぱなしだったのだ。
そのせいで子供の足はボロボロ。
もう立っているのは辛いのではないかと思うのだが、彼女はオーガが距離を置こうとしても怒られまいと必死についてきて、彼の背後に立とうとする。
見かねたオーガはリビングから木製の比較的小さいチェアをキッチンへ持ってきた。
「座れ。わかるか?」
「あー?」
チェアを指差し座れといい、次に自分が座る例を見せて理解を促す。
エルフの少女は首をかしげつつ主が何を言っているのかを理解しようとする。
「こうやって座る。ここでまってろ。オーケー?」
「・・・・・・」
一生懸命説明するオーガ。
エルフもなんとなくわかってきたのか、恐る恐るチェアに近づき遠慮がちに座る。
ここでようやく意思疎通ができた事を理解し、オーガは一息ついた。
「あああああああああああ!?
肉焦げてる! クッサ!」
「っっ!?」
突如大声を上げた彼に怯えて体を縮こませて頭を庇う。
「あ、あぁ。違うんだ。うん。
取り敢えずお前はここで大人しく座って待っているんだぞ?」
「ゴメンナサイゴメンナサイ」
「・・・・・・先は長そうだな」
元の木阿弥になってしまったことにオーガは眉を寄せて眉間に指を添えた。
まぁ言葉はゆっくりと教えばいい。
今はこの小さい体に食事を与えなければなるまいと思考を切り替え調理に再び取り掛かった。
エルフの少女はオーガから暴力が来ないことを理解し、防御姿勢を解いて視線を彼に向けた。
椅子に座ったことなど記憶にほとんどないが、暖かい部屋と痛む足をつけずに座れる椅子。
彼女は落ち着かないものを感じながらも今の状況が今までよりも自分に優しいものであると理解しつつあった。
●
「あうあ?」
「いいか、これはフォーク。
これはナイフ。これをこうやって使って肉を切る。やってみろ」
「あー、ナイフ。ホーク?」
「おしいフォーク、だ。そしてこれを、こう」
オーガは何度も何度も言葉を投げかけ、次第に彼が自身の動きを真似るように促している事に気づく。
彼のやっているように左手にフォーク。右手にナイフを持ち、ステーキを切ってみる。
ナイフ自体はとても良いものを使っているらしく、エルフの拙い使い方でも容易く切断ができた。
「よーしよしよしよしよし!
賢いなぁお前は!」
機嫌よくしたオーガがナイフとフォークを皿に置き大きな手で少女の頭を撫で回す。
少女も彼が機嫌よく自分を褒めているということを察し、下手くそな笑顔を浮かべる。
どうやら褒めるという行為自体を理解している少女を確認したオーガは今後褒めて伸ばしていく方針で行こうと心の中で決めた。
「オーケー。次はこの肉をフォークで刺して、こう!」
オーガは切り取った肉にフォークを突き刺し大きな口の中に入れて咀嚼。
「うおえ! コゲ肉マッズ!」
少女もそれを見つめて工程をなぞる。
「あむ」
脂の乗った肉を口に入れた瞬間、彼女は言葉を失った。
まず、それが美味しいものなのかどうかを理解するのに数秒。
なにせ今まではカチカチのパンと蒸した芋しか与えられていなかった。
故に美味いもの不味いものの区別自体をしたことがない。
何度かその肉を噛み、舌で味わう。
「・・・・・・あう」
溢れ出る脂の旨味にどこからともなく現れる幸福感。
この瞬間これが美味しいという感情だということを理解する。
「美味そうだな」
幸せそうに肉を食べる少女を見てオーガは目を細めた。
先ほど彼女を風呂に入れていた時に確認したが、彼女の肉体は枯れ木のようにやせ細っていた。
まともな食事も与えられていなかったのだろう、肉はついておらず肋骨は浮かび上がっており
体重など見た目の年齢の基準に明らかに到達していない。
怪我もひどく、このあと何かしら手当が必要だろう。
ついでに服も与えなければならない。
今彼女が来ているものはオーガのシャツとシーツを羽織っているだけ。
サイズが明らかにあわなさすぎて彼も困っていた。
「・・・・・・」
「ん?」
考え事をしていると不意に視線を感じた。
どうしたのかと思って視線を少女に向けてみると、こちらを見つめる姿があった。
どうやら一口目を飲み込んだらしい。
口元を油まみれにして次の命令を待っている。
「作法も教えないとな」
苦笑いしながらも、残りも食べたそうにしている彼女に満足した彼はジェスチャーで続けるように促した。
それを喜んだ少女は早速フォークとナイフを手に取って残りのステーキに必死に食いつく。
飢えた犬のようなその姿にオーガはそれを満足げに眺めながら、自分の皿の上にある調理の際焼け焦げた炭状の肉をどうしたものかと途方にくれた。
実に臭いのだ。
●
「あー・・・・・・うー・・・・・・」
ソファーの上で眠たげに頭を揺らす子供の姿があった。
その隣で座っていた巨人は子供の体を抱き抱える。
生憎と彼女を衝動買いした彼は、まだ彼女を受け入れる準備自体を整えていない。
当然彼女用のベッドも服も、生活用品は一切ないということになる。
さて、ここで彼女を寝させるのも可哀想だし風邪をひくといけない。
オーガは寝させる場所を探す。
「まぁ、俺のベッドでいいか」
オーガは答えを即座にだし、半分寝ている彼女を起こさないようにリビングの隣にある寝室へ入った。
そこには一人暮らしの男の部屋には少々大きい本棚と、大げさなまでに巨大なベッドがある。
オーガはそっとそのベッドの上に少女を寝かせ、暖炉をに薪をくべた後に隣に大型のチェアを置き座り込んだ。
余程少女は疲れていたらしい。
起きる気配はなく、むしろ熟睡に入ったのか穏やかな寝息をたて始めた。
「明日からどうするかな」
オーガは最初こそ騎士の格好をしていたが、実のところ彼は騎士でも何でもない。
一応とある理由によりこの都市において重要な人物かつ有名な存在ではある。
しかし彼の生業はその国とはさほど関わりのないものだった。
蓄えはまだまだある。
それこそ贅沢しなければあと数年働かずとも良いほどに。
一瞬目を閉じて今日のことを考える。
たまたま、久々に降った雪を物珍しく思った彼は街を散歩していただけだった。
そこで不愉快なものを見た。ただそれだけだった。
踏みつけられる異種族の子供、謝り続けるもそれが叶わず延々と泣き続ける姿。
その姿をひどく哀れんだから買った。
それだけだった。彼は彼女に用はなく、して欲しいこともない。
ただただその奴隷としての有り様に同情した、だから買った。
「子育てとかしたことないんだがなぁ」
見た所彼女はまだ十歳程度。
しかも言葉をまともに知らないところから考察するに、物心着く前に奴隷業者に攫われ
そこから数年間売れる年齢にまで虐待の中育てられたというところか。
本来エルフは知力は人間などよりも飛び抜けて高い。
言葉などどの種族などよりも早く覚えるはずなのだが。
恐怖と虐待の中育てられたせいでそれも無理だったのだろう。
「・・・・・・」
おだやかな寝息を立てる少女の額に手を置く。
寒空の下薄布一枚で連れ回されていたが、熱はないようだ。
傷の手当てももう済んでいる。
これで後は流行り病などのワクチンをしてやれば当面は安心して生活ができるだろう。
「悪くないな」
魔物の一種である彼は人より良心が薄い。
だからこそ奴隷を飼うことを避けていた。
買ったところで自分が暴力を与えるのではないか
そもそも同情で誰かを救ってもキリがない。
だから手を差し伸べることは避けていた。
はずだったのだが。
実際に子育てを初めて見ると、なかなかどうして悪くない。
彼は眠る少女の顔から目を離し、シーツを被って明日の予定を考えた。