7.
7.宇宙エレベーター
みんなは、空を見上げました。
あの雲の上にはきっと果てしない大空が広がっているはずなのです。
「天の川のボートレースか、ちょっと見てみたい気がするね」
りょうたがそう言って、二人の顔を見ますと、
「うん、面白そうだね」
ヒロはまんざらでもなさそうでしたが、けんすけは、あまり気乗りがしない風です。
「そろそろ帰ろうよ」
けんすけがそう言いかけた時でした。
足元の雪が、次々と舞い上がって頭の上で、渦を巻きはじめました。
雪の渦は、さあっと舞い降りて来て三人を囲んでものすごい勢いで回転し出したのです。
雪を含んだ風がゴオーゴオーと音を立てて三人の周りを、円を描くように吹きましたので、周りの景色が段々と霞み始めたのでした。
強い風でしたが、不思議なことに、渦の中心にいる三人は風を感じません。
そのうちに真空の中におかれた時のように、周りの音が次第に消えて、完全に聞こえなくなったと思った時、驚いたことに、体がじわりと浮かび上がるような感じがしたのでした。
「一体、どうなっているの」
けんすけが心配そうに言います。
「体が、上に向かって浮かび上がっているようだよ」
ヒロが面白がって言いました。
「そうだね、何が始まるのだろうか。これは、興味深いぞ、僕ら、どこに行くのだろう」
りょうたが、興奮したようにヒロとけんすけの顔を見てにっこりと笑いました。
「冗談じゃあないよ、僕ら、つむじ風に飛ばされて、どこかにとんでもないところに運ばれているのじゃあないの」
けんすけは少し震えています。
「僕らは、間違いなく、上に向かっている、りょうた、もしかしたらこれ」
「うん、ヒロ、僕もそう思う、これはきっと北風が、僕らを案内してくれているのじゃないかって」
「もしかしたら僕たち、天の川のボートレース会場に向かっているのか?」
三人は声を合わせて叫びました。
すると、どこからか鈴を振るような美しい声がしました。
「みなさん、本当に良くいらっしゃいました、みなさんが、今乗っているのは、銀河星雲行き、宇宙エレベーターです。少し揺れますので、宇宙酔いに注意してください」
みんなはきょろきょろと見回しますが、声がどこから聞こえて来るのか分かりません。
声は途切れ途切れ聞こえてきますので、どうやら、周りを吹く、風の中から聞こえて来るようです。
声がまた響きました。
「さあ、みなさん、足元をご覧ください。みなさんが遊んでいた、たとうさんが小さく見えますね。もう少しすると、みなさんの家が見えますよ」
言われるとおりに足下を見て、みんなは驚きました。
そこはガラス張りのように透明で、下の様子が良く見渡せます。
雪の草原、たとうさんが、少しずつ、遠くなっていきます。
暫くすると、しんたての森と、そして、そこから延びる道が見えました。
道の向こうには村があって、そこに、りょうたとヒロとけんすけの家が小さく見えました。白い雪をかぶった家々は、まるでサイコロの様でした。
「わあ、すごいや、あれはけんすけの家だね」
りょうたとヒロが感嘆の声を上げます。
「そうすると、僕の家の隣の隣がヒロの家だから、あれだ」
「そうだ僕の家だ、それなら僕の家から少し離れた、そら、煙突から煙の出ているのが、りょうたの家だよ」
「本当だ、僕の家だ、すごい、もうすぐ見えなくなってしまう、わくわくするね」
騒いでいる間に家々は米粒のように遠く小さくなってしまいました。
「皆さんご注意願います、宇宙エレベーターは、もうすぐ、厚い雲の中に入ります、若干揺れますので、ちょっとだけご注意ください」
そよ風の中で静かに揺れる風鈴のような美しい声が流れてきました。
声の調子はあくまで静かで、その上、抑揚が少しもありません。大したことありませんという風に冷静を装う言葉ほど、信用のできないものはありません。
その上、声の端々にかなりの緊張が感じられました。
「おい、けんすけ、ヒロ、こいつは大きく揺れるぞ、気を付けろ」
互いに手を取って支え合う三人に不安と緊張が走ります。
案の定、エレベーターが雲の中に入った途端、ガタガタと言う音と同時に、激しい揺れが三人を襲い始めたのでした。
「ヒロ、りょうた、下を見てよ、すごい稲光だ、揺れて、気持ちが悪い、戻しそうだよ」
「けんすけ、しっかり」
りょうたが、屈みこんで丸まったけんすけの背中をなでながら、力付けようとします。
「おい、けんすけ、頼むからここでげろしないでよ、臭くて汚いからね」
「ヒロ、そんなこと言ったって、気分が悪くなっているんだ、仕方ないだろう」
「おや、上もすごいことになっているよ」
ヒロが天井を指さして叫びました。
ゴロゴロという激しい雷鳴がして、暗闇の中で発生する電流が、光となって互いにぶつかり合っています。
暑い雲の中に呑み込まれた宇宙エレベーターは嵐の海に浮かんだ小舟のように、横に縦に斜めに大きく揺れて、中の三人はもう立ってはいられません、あっちへ転がり、こっちへ滑って、右往左往していると、急びブレーキがかかって、エレベーターの天井へすごい勢いで、ぶつかったかと思った、次の瞬間、今度は急に発信して、床に叩きつけられてしまったのでした。天井と床は、どうやら強化ガラスで出来ている様でした。
「こらあ、どうなっているんだ、安全運手をしろ」
けんすけが悲鳴を上げます。
もうだめだ、このままではみんなエレベーターの外に放り出されると覚悟を決めた三人は緊張のため気が遠くなりそうでした。そんな時、揺れがぴたりとやんだのです。
「コホン、みなさん、お疲れさまでした、宇宙エレベーターは、ただ今、厚い雲の層を無事に抜け出して、成層圏に到達致しました、これからは、静かで快適な旅になります、それではゆっくりとお楽しみください」
「何だよ、あの声は、言い訳のような、咳払いなんかしてさ、どこが無事に抜けだしたんだ、きちんと説明してくれなくちゃ、困るじゃないか」
ヒロが文句を言います。
するとまた、鈴を振るような声がしました。
「コホン、言い忘れましたが、すぐに成層圏を抜けて、宇宙空間に入りますので、重力が無くなります。何かに捉まるか、捉まるものが無かったら、それなりの覚悟をしておいてください。それではみなさん、終点、天の川駅でお会い致しましょう。快適な旅をお楽しみください、コホン」
「何だい、あのコホンと言う咳払いは、何だか胡散臭い、何かを隠しているみたいだ」
「ヒロ、そんなに人を疑っちゃあいけないよ。僕は何だかあの声に聞き覚えがあるんだ」
けんすけは何かを思い出そうとするけれども、思い出せずに,じれったそうです。
「そうだ、けんすけの言うとおりだ。ちょっと怪しいけれど、少しは、信用しようよ、ヒロ。それにしても、何だか、体が軽くなってきたような気がするね」
りょうたが、そう言った時、みんなの身体は、ふわりと宙に浮き上がっていたのでした。
「わあ、無重力だ」
けんすけがくるりと宙返りをして叫んだのです。
「月があんなに美しく、輝いている」
ヒロが指さします。いつの間にか、みんなの周りで渦巻いていた、雪を含んだ風はどこかに行ってしまって、宇宙エレベーターは、天井も床も周りの壁も、透明なガラス張りのように、何もかも、宇宙の全てが見渡せるのでした。
白く光る月は、クレーターの影もくっきりと浮かべて、冷たい輝きを放っているのでした。
改めてまわりを見回しますと、数え切れない星たちが暗い空間の中でその身から赤、青、黄、金、銀と七色の光を放って、瞬いています。
中でも美しいのは、みんなの足元で暗黒の宇宙空間の中で、少しずつ遠ざかっていく、みんなの生まれそだった、真ん丸で青い地球の姿でした。
暗黒の宇宙の中にぽっかりと浮かんで、少し頼りなげですが、その美しさときたら、哀しくて、切なくて、懐かしくて、泣きたくなるほどなのです。
「僕らの地球が遠くなっていくよ。何て素敵な星なんだ」
ヒロが言います。
「本当だ」
けんすけがため息を吐きます。
「僕たちは、あまりに身近過ぎて、その美しさに気が付かなかったのだね」
三人は、言葉を忘れてしまったかのように、手を取り合って、小さくなっていくふる里、地球をいつまでも眺めていました。