4.しんたての森
4.しんたての森
しんたての森はたとうさんへの入り口です。
ここを通り抜けなければ、たとうさんへ、行くことができません。
しんたての森は、松の木やヒノキやクスノキやそのほかの名前も分からない木が沢山おい茂っている森なのです。
しんたての森の中は、真夏の午後の強い陽差しでさえ、明るく照らし出すことができません。一日中、暗く静まり返っている森なのです。
あまりシンと静まり返っていますので、落ち葉の落ちる音が聞こえてくるほどなのです。
その上、この森には、大きな白いきつねがすんでいて、人をだましたり、驚かしたりすると言ういい伝えがあるのです。
三人は、立ち止まって、しんたての森をあらためて眺めました。
森は、白い雪の綿帽子を被って、静かに、静かに立っていました。
「さあ、行こう」
りょうたが言いました。
「さあ、出発だ」
ヒロが言いました。
「うん、行こう」
けんすけも言いました。
道は、少し細くなって、しんたての森の中に続いています。
りょうたとヒロは、並んでしんたての森に入っていきました。
けんすけも、恐る恐る、後に続きました。
森の中に一歩入ったとたん、風がさっとやんで、湿ったこけのにおいがしました。
しんたての森はしんと静まり返っています。
音と言えば、踏みつける枯れ葉の音と、はるか頭上でときおりふれあう葉っぱのささやきばかりでした。
りょうたを先頭に、そしてけんすけをどん尻に、三人は、奥へ、奥へと、ずんずん歩いていきました。
湿った、そして、少し温かいような森の空気は、杉の木やクスノキや松の木やツバキの木などの香りがしました。
それはまるで木々たちが、密かに呼吸をしているように思えるのでした。
三人は、もう、ずいぶん森の中を歩き続けましたが、まだまだ、しんたての森は続きます。
しんたての森の奥へずんずん進んで行くにしたがって、葉っぱのすれる音、風に揺れてきしむ木の音、踏みしめる落ち葉の音、それらが、不思議なことに、誰かの話し声のように聞こえだしたのでした。
それに一番先に気が付いたのは、けんすけでした。
リスの親子が、三人の前を通り過ぎた時のことでした。
「もぐもぐ、けけけ、きっと君が一番弱くて、弱虫だね」
リスの子どもが木の実をかじりながら足元で、けんすけを見上げて何かを言ったような気がしたのです。
そしたら、今度は、親リスが、けんすけに、ぴょこんと頭を下げました。
「おや、この子ったら、そんな失礼なことを言ってはいけませんよ、すみませんね」
「ねえ、りょうた、ヒロ、このリスたち、なにか言ったよ」
けんすけは、驚いて、ヒロの手を取って言ったのです。
「そういえば、何か聞こえたね」
ヒロが答えました。
「僕も聞いた」
りょうたも振り向いて言いました。
先ほどから、ざわざわと頭上の木の葉のささやきが何となく騒がしくなり、その上、森の空気が、ぴんと張りつめて、なんだか鳥肌立つような感じがして、三人は、思わず上を見上げました。
「こら。貴様ら、いったい何をしに来たのだ」
急に大声が響きわたったので、みんなはびっくりしてしりもちを付いてしまいました。
「ヒロ、何か言ったかい。」
「いいや、僕は何も言わないよ」
「けんすけは?」
「なんにも言わないよ」
けんすけは、今にも泣き出しそうに眼をパチクリさせています。
「ワッハッハッハ。わしだ、この大杉の木だ」
目の前に、天まで届きそうな大きな杉の木が、りんと立っています。
「貴様らはこのしんたての森をとおって、たとうさんまで行く気だな。 それはならんぞ。だんじてならん。ここは、正直なよい子だけしか通ってはならんのだ。 お前らは、ならん、ならん、だんじてならん」
杉の木の声は、ウワン、ウワンと、しんたての森に響きわたりました。
「でも、僕たちはよい子だよ」
りょうたは、ヒロとけんすけを助け起こしながら、胸を張って言いました。
「ふん、いい子だと、それは、お前らが勝手に決めるものではない、周りのものが決めるものなのだ。ならば聞く。お前は一度もうそを付いたことがないというんだな」
「うん、もちろん一度もないよ」
りょうたは、即座に答えました。
「なに、一度もないだと、ウワッハッハッハ、この、大うそつきめ」
杉の木は、枝を一つピョンと動かして、りょうたの頭に、雪をバサリと落としました。
「うわっ、つめたい」
「かくしたってだめだ、だめだ、さっき、北風からお前たちのことは全部聞いたのだからな。つぎ、お前はどうだ、一度くらい、うそを付いたとことがあるだろう」
言われて、ヒロは、ちょっと考えていましたが、
「うん、一度だけあるよ」
と、答えました。
すると、また、枝が一つ動いて、雪が落ちてきました。
「うへ、なにをするんだ」
「なんてうそつきな子どもばかりなのだ。まったく、あきれてものが言えない。おい、お前はどうだ」
さっきから、びくびくしていた、けんすけは、もう、怖くて、怖くて、仕方ありません。
だから、つい、こう言ってしまったのです。
「はい、僕は、いつもうそをつきます」
「なに、いつも嘘をつくだと、なんてお前は悪い子なんだ」
杉の木は、大変怒って、体を、ゆさゆさと、大きく揺らしました。
すると、杉の木に積もった雪が、一度に全部、ざっ、ざっざあと、けんすけに、落ちかかってきたのでした。
「うわ、たすけて」
けんすけの体は、すっかり雪に埋もれてしまいました。
「そういうお前は、一度もうそをついたことがないのか?杉の木」
りょうたは、雪の中のけんすけを助け出しながら言いました。
「ウワッハッハッハ、わしはしんたての森の大王だ。見ろ、この枝振りの良さを。まずもって、わしの右にでるものはいない。こんな立派なわしが、うそをつくことがあるはずがないであろう」
杉の木は、そう言って、威張って空を見上げました。
その時、しんたての森が、いっせいに、ざわざわと揺れました。
「うそだ、うそだ、大王は大うそつきだ」
しんたての森の木々がいっせいに、そう、叫んだのです。
すると杉の木の大王はゆっさ、ゆっさと身体を揺すって、怒って言いました。
「うるさい、みんな、黙れ、黙らないと罰を与えるぞ」
するとまた、しんたての森の木々が、いっせいに、ざわざわと揺れました。
そして、今度は、森のリスもキツツキもフクロウもみんな出て来ていっせいに叫びました。
「大王は、森の中で、一番背が高い、天に届きそうなほど、背が高い。大王は言ったではないか、今日は晴れると。ところがどうだ、朝早くから、雪また雪の大雪だ。大王は大うそつきだ」
するよ、大王は急に元気がなくなってしまいました。
「どうだ、杉の木。しんたての森のみんなは、ああ言っているぞ。僕たちはこの森を通るぞ」
りょうたが、力強く言いました。
「待て、待て、たとうさんは、もうすぐ、すごい嵐になる。嘘と思うならわしに耳を当てて聞いて見ろ。北風が、たとうさんを嵐にしようとせっせと雪を運んでいる、北風は、忙しく、言ったり来たりしているのだ、危険だ、危険だ行くのはやめろ」
大杉の木は、森のみんなをにらみつけながら言いました。
りょうた達が杉の木に耳を当てると、本当に、ゴウゴウと唸るような音が聞こえたのでした。
杉の木は、今度は、静かに言いました。
「なあ、分かったろう。これは空を駆ける、北風のうなり声だ。さあ。帰れ。帰れ」
すると、森はまたいっせいに言いました。
「嘘だ。嘘だ。大王はおお嘘つきだ」
すると、杉の木は、もう、大変怒って、体をゆさゆさと、大きく揺らしました。
「うるさい、黙れ。黙れ。雪の嵐は本当にやってくるのだ。なあ、子どもよ。本当に危険なのだ。やめろ。やめろ」
しんたての森は、杉の木の大王の、すごいけんまくにちょとシンとなりましたが、すぐにこんな歌を合唱したのでした。
「危険は空から降りてくる。危険は地からわいてくる。危険は風にのってくる。危険をおそれる子どもらは、たとうさんには縁は無し」
「杉の木。僕たちは、やっぱり行くよ。止めてもだめだ」
りょうたは、きっぱりと言いました。
ヒロもうなずきました。
けんすけは、少し迷っています。
杉の木は、もう知らないというふうに、黙って空を見上げていました。
りようたとヒロは、しんたての森を、さらに奥へ、奥へと、どんどん、進んでいきました。
けんすけも恐る恐る後を追いかけました。
もう、ずいぶんやってきたなと思ったときです。
りょうたがさけびました。
「見ろよ。森の向こうが明るくなった」
「あれは、たとうさんじゃないか」
ヒロが言いました。
「駆けていこうよ」
けんすけは、そう言いながらもう駆け出していました。
「あそこに何かあるよ」
けんすけが、前を指さして言いました。
三人が近づいて見ると、それは白い立て札でした。
そうして、それには、つぎの文字が青いペンキで書いてありました。
「これより、たとうさん。夢のない人、通るべからず」
「僕には夢があるんだ」
良太が叫びました。
「僕にも夢があるんだ」
ヒロが声を張り上げました。
「僕にも、夢は、たくさんあるぞ」
けんすけがこぶしを突き上げながら、いいました。
みんなが、その立て札を一歩過ぎたとたん、しんたての森がとぎれて、視界がさあっと広がったのです。
そこには、あつい雪をかぶった広い、広い、雪の大草原が姿を現したのでした。