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3..あみ山

3.あみ山

雪は止むことなく、いっそう強くなって、降り続きます。

「けんすけ、ヒロ、どうだい、たとうさんに、行ってみないか」

りょうたが口をもぐもぐさせて、それから、白い息をひゅっとはきながら言いました。

たとうさんというのは村のはずれにあるあみ山という小さな丘を越えて、さらにまた、しんたての森を過ぎたところにある広い野原のことです。

「よし、行こうよ」

ヒロもけんすけも、もう雪合戦には飽きていましたので、元気良く答えました。

それに、三人は、春から秋へかけて芝生と雑草の繁る緑のたとうさんしか見たことがありませんから、冬のたとうさんが、どうなっているのか、少し興味があったのです。

 村外れのお地蔵さんのところで三人は、手をかざして、たとうさんの方を見つめました。

 道は、真っ直、あみ山に向かって続いています。

 あみ山の向うにある、暗くて深い、しんたての森を突っ切ったところに、たとうさんは、あるのです。

 道の右はしにそって、電信柱が等間隔に並んでいて、その間に張られている電線が少したわんで、風に吹かれて、ぶーん、ぶーんと唸っていました。

 電柱の上のほうに取りつけてある白いガイシが時々、ジジッ、ジジッと言っていました。 道の片方には、草が生えていて、そのすぐ下には、五丁川という小さな川が流れているはずですが、川は、雪に埋もれて、分からなくなっていました。

 雪は、ざんざん、降っていました。

 三人はしばらく、お互いの顔を見合っていましたが、声を合わせて叫びました。

 「さあ、出発だ」

 白い道に三筋の足跡を残して、大手を振って、サクサクと歩いてゆきました。

みんなは道の真ん中を歩きます、なぜなら、端っこを歩いて、気付かずに、五丁川に落ちでもしたら、風邪をひいてしまうからです。

 冷たい風が、びゆんと吹いて、三人の顔をぴしりと叩くようになでて行きました。

みんなの頬は、みるみる真っ赤になってしまったのです。

粉雪が、また、いちだんと強く渦を巻いて降って、地上をサラサラと流れるように転がり、三人の足跡を一つずつ吹き消していきました。

「風吹け、風吹け、りゅんと吹け。雪も子供も吹き飛ばせ」

風が、電線を、唸らせながら歌を歌うように吹き抜けて行きました。

「何か聞こえなかったかい」

けんすけが、ちょっと驚いたように周りを見回して言いました。

「うん、僕にも何か聞こえたような気がしたよ、りょうたは、聞こえなかったかい」

ヒロがりょうたに尋ねました。

「それはきっと風の音だよ」

りょうたが言いました。

粉雪が、また一段と強く、激しく、渦を巻いて強く降り出しました。

「おお、寒い」

けんすけが、ジャンバーの中に首を縮めて、手をすりあわせながら言いました。

すると、どこからか、不思議な鈴を降るような声が聞こえてきました。

「おお寒、こ寒、子どもは風の子、ツン、ツン、ツン。泣き虫小僧が泣いている。みんなおいでよ、ツンツララン」

けんすけとヒロが、びっくりしたように、顔を見合わせました。

 「りょうた、やっぱり何か聞こえるよ」

けんすけとヒロがりょうたの手を取って言いました。

 強くなったり、弱くなったり、風が吹いて、粉雪が渦を巻いて、空から下りて来ます。

「なんだか怖いよう。風が強くなったし、雪もたくさん積もって、もしかしたら、帰れなくなるかもしれない、今のうちに引き返そうよ、ねえ、りょうた」

けんすけが、泣きそうな顔をして言いました。

 ヒロは何にも言いませんが、どうやら、けんすけと同じ考えのようです、口に出さないのは、りょうたが弱虫と思うかもしれないと考えたからでした。

また、風が強くなって、不思議な声が空から湧出て、降るように聞こえてきました。

 それは多分、地上を転がる雪の音か、または、電線を揺らす風の音に違いないのですが、聞きようによっては、誰かが歌っているように聞こえるのでした。

 「うん、確かに歌っているね」

 りょうたが言います。

 「ほらね、りょうたも、やっぱり、そう思うだろう、何て歌っているか分かるかい?」

 「うん、分かるよ、はっきり聞き取れるよ」

「なんて言っているの?」

けんすけが聞き返しますと、りょうたが答えました。

「泣き虫けんすけ、わーいわい。泣き虫けんすけ、わーいわい。シクシク、コンコン雪コンコン。雪はコンコン顔たたけ、泣き虫けんすけの顔たたけ、ってさ」

 「なんてこと言うんだ、りょうた」

 「悪い、悪い、けんすけ、冗談だよ」

 けんすけが追っかけるとりょうたが逃げていきます。

 しばらくすると、風は本当に強くなって近くの電線を鳴らしながら吹き付けて、エンドウ豆のようなアラレが降り出して、三人の頭に、パチリ、パチリとあたっては跳ね返りました。

みんなは、急いでジャンパーを頭のうえまで引き上げました。

「へん。ちっとも痛くないやい」

りょうたは、そう言いながらくるなら来て見ろと言う目つきで空をきっと睨み付けました。

大きなアラレがりょうたの顔にパチパチとあたりました。

「えい」と言って、りょうたは、そのアラレを食べてしまいました。

ヒロもパクリと食べました。

冷たくて、そしてなんだか甘い味が口の中に広がっていきました。

けんすけも泣きそうな顔をしてパクリと食べました。

そして、みんなで空を睨み付けました。

すると、不思議なことに、風も雪も少し弱くなってきたように感じたのでした。

「へん、風のやつめ、アラレのやつめ、おまえらも弱虫じゃないか」

けんすけが言いました。

りょうたとヒロは、顔を見合わせて、クスリと笑いました。

けんすけも照れくさそうに舌を出して笑いました。

三人はしばらくお互いの姿を代わる代わる見合っていましたが、急にきゃっきゃっと笑い出しました。

それは、ジャンバーを頭のうえまで引き上げていましたから、みんなは、へんてこな、だるまさん、のような格好をしていたからでした。

三人はそのへんてこな格好のまま、たとうさんを目指して降りしきる雪の中をずんずんと進んで行きました。

あみ山の麓まで来たとき、雪はもうずいぶん積もって、長靴が全部埋まってしまうほどでした。

そして、いつもは簡単に登れるあみ山が、とても高く、険しく見えたのです。

けんすけは、そっと、後ろを振り返ってみました。

村が、遠くに煙って見えていました。

「さあ、行くぞ」

りょうたが、勢いを付けて、あみ山にかけ登りました。

けれども、途中まで行くと、づるづるっと後ろ向きに滑って落ちてきました。

今度はヒロが駆け登っていきました。

今度もまた、づるづると、滑り落ちてきました。

「ねえ、こうしたらいいよ」

けんすけが、積もった雪の中に手を入れて言いました。

「え、どうしたんだい、けんすけ、そんなことしたら冷たいだろう」

りょうたとヒロが言いました。

「いいから、二人とも僕の言うとおりやってごらんよ」

仕方なく、りょうたとヒロもけんすけの言うとおり、雪の中に手を入れました。

「けんすけ、あったまいい」

ヒロが、たまげたと言わんばかりにけんすけの顔を見て言いました。

「ほんとだね、けんすけ、かしこい」

りょうたがにっこり笑って言いました。

「ね、りょうた、ヒロ、こうすれば登れるだろう」

けんすけが、得意げに頬を真っ赤にして言いました。

「頂上まで競争だよ」

りょうたが言いました。

「分かった、行くぞ」

ヒロが言いました。

「ちょっと待ってよ、登り方を発見したのは僕だよ」

けんすけが言いました。

あみ山には一年中芝生や雑草が生えていたのです。

草達は冷たくて重い雪に覆われていても、しっかりとあみ山に根付いていたのです。

ですから、雪の下にしっかりと根を張っている草をつかんで、まるで、三匹の小熊のように体をくねらせながら、上へ、上へと登って行ったのです。

三人は、ほとんど同時に頂上にたどり着くと、かたまって座り込んで、息を何度も吐き出して、何度も吸い込みました。

体が、燃えるようにポカポカして、湯気が、頭と赤いほっぺから、立ち上って、三人の吐く息が、煙突から出る煙のように、長く、長く伸びていました。

りょうたは、立ち上がると、村を見下ろして、「ヤッホー」と大声で叫びました。

 ヒロもけんすけも同じように立ち上がって、「ヤッホー」と叫びました。

声は、すぐに風にかき消されて、村は、雪の真白いカーテンの遙か向こうにかすんで見えていました。

「あれー、おしりがぬれて冷たくなっちゃったよ」

雪を払い落としながら、けんすけが言いました。

「さあ、降りるよ」

りょうたが言いました。

「さあ、今から、しんたての森まで駆けていこうよ」

ヒロが言いました。

「そうだね。そうしよう」

りょうたも賛成します。

「でも」

けんすけは、ちょっと不服そうです、なぜなら、ちょっとばかり疲れて、そろそろ帰りたくなっていたのでした。

「競争だよ。一、二の三、それ」

ヒロの号令にみんな一度に駆け下りました。

りょうたとヒロは、ドバドバと雪をけちらして、一気に中程まで降りてきました。

「ちょっと待って、りょうた。けんすけはどこだい」

 ヒロが後ろを振り返って言いました。

「ほんとだ、けんすけは、どこだろうね」

二人は足を止めて辺りを見回しました。

「アハハ、あんな所にけんすけがいるよ」

ヒロが、上を指さして言いました。

けんすけは、まだ頂上から少しの所を後ろ向きに、おそるおそる、降りているのでした。

「オーイ、けんすけ、早く来いよ」

二人が声をそろえて叫びますと、

「待ってくれよう。つるつる滑って怖いんだよう」と言う声が返ってきました。

「チェッ、けんすけってのろまなんだから。仕方がない、りょうた、先に降りて待っていようよ」

「うん、そうしよう」

「おーい、けんすけ、下で待っているよ」

二人がそう言って、また、降り始めたときです。

「ヒャー」

返事の代わりに、鋭い悲鳴が返ってきました。

「わあ、ヒロ、大変だ、けんすけが転がり落ちてくる」

りょうたが、叫びました。

「うへ、どうしよう、りょうた、こっちへやってくるよ」

けんすけは、大きな雪の固まりになって、りょうたとヒロをめがけて転がり落ちてきます。

「いけない、ヒロ、早くけんすけを止めろ」

「ひゃー、りょうた、無理だよ、すごいスピードだ」

二人は、とっさに両脇に逃げました。

「おーい、助けてよ」

けんすけが、叫びながら、ものすごいスピードで、ゆき煙を上げながら、二人の真ん中を転がり落ちていきました。

けんすけは、そのままふもとまで転がっていきました。

そして、一本の大きな松の木の前で止まりました。

「ヒロ、急ごう」

二人は、大急ぎで、雪をかき分けて、やっと下までたどり着きました。

「けんすけ、大丈夫か」

ヒロが一生懸命、けんすけの体を揺すりながら言いました。

「大丈夫だよ、うるさいな」

しばらくぽかんとしていたけんすけは、ヒロの手を払い退けて、立ち上がると、身体中の雪をはたき落としながらこう言いました。

「あれえ、まだ目が回っているよ。もう少しで雪だるまになってしまうところだったよ」

「なんともなかったかい」

りょうたがけんすけの背中を、ボンボンと叩きながら言いました。

 すると、けんすけが、言ったのです。

 「どうだい、この僕が、一番だろ、エヘン」

 「そうだ、参った、参った」

 りょうたとヒロは安心したようにけんすけの背中をなでながら言ったのでした。

雪は、相変わらず曇った空から、まるで、砂糖袋が破れたようにざんざんと降り続いています。

その時です。松の木に積もった雪がその重みでどさりとおちました。

その音にハッとして振り返った三人の間をヒューンと唸るように、ひとしきり風が吹き抜けて行きました。

松の木の向こうに、白い雪を被ったしんたての森が静かにリンと立っていました。


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