2.輝く朝
2.輝く朝
村の真ん中を走る通りに面した一軒の藁葺き家の玄関の戸が、からからんと勢いよく開いて、子どもが一人飛び出してきました。
子どもは、道の中程で立ち止まると、両手を大きく広げて空を見上げました。
「雪だあ」
灰色の空からは、わくわく、わくわくと湧いてくる、真っ白な綿雪が、次から、次から、くるくると渦を巻いて降りてきています。
雪は、顔や手のひらにふわりと止まって、じわり、と肌に溶け込むように消えていきます。
その子は、そのまま、ゆっくり、一回転して周りを見渡しました。
家々はみんなフードの付いた真っ白なオーバーコートを着ているようでした。
道も、家も遠くの山も森も空もすべてが真っ白な世界でした。
ただ、煙突のすぐ近くだけが、かまどの熱で雪が溶けて、煙突からは、紫色の煙がゆっくりと立ちのぼり、どこからか、みそ汁の甘い匂いがしていました。
「りょうた」
突然の声に、その子は、はっとして周りをきょろきょろと見回しました。
「ここだよ、りょうた」
振り向くと、すぐ側の家の軒下にうずくまるようにかがんだ、けんすけが、青い野球帽をかぶり、赤い手袋をして、左手を頬の下にあてがってにっこり笑いながら、右手を顔のすぐそばで小さく振っていました。
「いったいそんなところでなにをやっているんだ、けんすけ」
「雪合戦だよ」
「なに、雪合戦、誰と?」
「ヒロとやっているに決まっているだろ」
「えっ、なんだ、ヒロもいるのか」
りょうたは、この白く輝く朝に足を踏み入れたのは、自分が一番最初だ、と思っていましたので、少しがっかりしたのでした。
でも、その日の朝の空気はきりっとしまって、すごく寒くはありましたが、それは気持ちの良いものでした。
りょうたとヒロとけんすけは同じ小学校の同じクラスなのでした。
「それで、ヒロはどこ?」
「あっちだよ」
けんすけが、りょうたの後ろを指さして、その方向にりょうたの顔が動きだした瞬間のことでした。
りょうたの赤いほっぺたをかすめ、まつげのすぐ先を揺らすように、白いものがヒューンと飛んできたのです。
「わあ」
びっくりして、思わず大きくのけぞったりょうたは、ちょっと飛び上がって、そのままどすんとしりもちをついたのでした。
その場にぽかんとしゃがみ込んでいる、りょうた、のところへ、息を切らして、ヒロが駆け寄ってきました。
「やあ、りょうた。ごめん、ごめん。けんすけをねらって投げたんだけど、りょうたがその前にいるんだもん、びっくりしたよ」
「何だと、わざとやったな、ヒロ、びっくりしたのはこっちのほうだ」
りょうたは、足もとの雪を両手で一握り、すくうように、つかみあげると、ヒロをめがけて投げ付、ました。
「ヒエー。何をするんだ」
ヒロは、叫び声と同時に、今まで見たこともない、すごいジャンプをして、これをよけました。
「りょうた、僕は、わざとやったんじゃないんだよ、今説明しただろ」
ヒロが少し怒ったように、口をとがらせて言いました。
「りょうた、僕も味方するぞ」
二人の様子を黙って見ていた、けんすけが、雪をつかんで、ヒロに投げ付けました。
「やめろ、やめろ、急に投げつけるなんてひきょうじゃないか」
「何がひきょうなもんか、今まで僕に雪玉を、さんざん、ぶつけたくせに。りょうた、遠慮はいらないよ、きっとヒロはわざとやったんだよ。ヒロを、やっつけてよ、りょうた」
「ようし、ヒロ。いくぞ」
りょうたが、しゃがんで足下の雪をかき集めているすきに、ヒロは、「ひえー」と、再びかん高い声を残して、ジグザグに走っていって、少し離れたところで立ち止まると、振り返ってこう言いました。
「何だよ、りょうた。わざとやったんじゃないんだよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
そうして、目のしたに、人差し指を当てて、「あかんべー」と言うと、くるりと向きを変えて、又、走って逃げて行きました。
「それ、追いかけろ」
りょうたとけんすけは、雪玉をなげつけながらヒロの後を追いました。
ヒロが逃げる、りょうたとけんすけが追いかける、りょうたもけんすけもヒロがこんなに足が速かったなんてびっくりしたのでした。逃げるときのヒロったらまるでつむじ風のようでした。
「待てえ」
「待ってたまるか」
はあはあと息を切らせたヒロは、通りに面した家の軒先のすぐ近くの、かいずか、の茂みに身を隠しました。
「それ、ヒロが茂みの中に逃げ込んだぞ」
りょうたとけんすけは雪玉をつぎからつぎにかいずかの茂みに投げ付けました。
ヒロも負けずに茂みの陰から投げ返します。
「それ、けんすけ、どんどん投げろ」
「りょうた、ヒロが左のほうにまわったよ」
「どうだヒロ、降参するか」
「何を言う、誰が降参するものか」
朝早く、まだ人通りの少ない道で、三人の声がこだまするように響き渡っていました。
みんなは、段々と、むきになってきていました。
「ガチャン」
雪道に足を滑らせてバランスを失ったりょうたの手から投げられた雪の固まりは、かいずかの、茂みを大きくそれて、後ろの家の台所の窓ガラスに命中したのでした。
「こら」
割れたガラス窓をガチャガチャと開けて大人の人が顔を出して大声で叫びました。
「こら、誰だ、そんなところで雪遊びなんかやっているのは、見ろ、ガラスが割れたじゃないか、こっちへ来い」
三人は、首をうなだれて、ガラス窓のところへ近づいていきました。
「なぐられるだろうな、りょうた」
ヒロが、小さな声で言いました。
「ヒロが悪いんだ、あんなところに隠れたりするから」
けんすけが、ヒロの背中を突っつきながら言いました。
「うるさい」
ヒロが、振り返りながら、けんすけの頭をげんこでぽかりとなぐりました。
「うへ」
りょうたと、ヒロとけんすけは、台所の窓の下で、うつむいて立っていました。
「誰だ、この窓ガラスを割ったのは、ちゃんとこっちを見ろ」
すごい剣幕にりょうたもヒロもけんすけも、気を付け、の姿勢で緊張しながら立っています。
「あなた、どうしたの」
家の奥の方で女の人の声がしました。
「ああ、恵子、この悪ガキどもが窓ガラスを割ったんだよ」
「あらあら、そうなの」
そういいながら、女の人が、窓からひょいと顔を出しました。
「こら、悪ガキどもめ、ちゃんとこっちを見ないか」
「ごめんなさい」
りょうたとヒロとけんすけは、頭をぺこりと下げて、男の人と女の人を見上げました。
「あらまあ。宮ノ下のりょうた君じゃないの」
「えっ、りょうた、ああっ、それに、竹内通りのひろゆきとけんすけじゃないか」
「どうも、ごめんなさい」
りょうたが又、ぺこりと頭を下げながら言いました。
「あなた、割れたものは仕方ないじゃないの。それより、寒いわ、風が入ってこないように、何かをここにはらなくっちゃ」
「そうだな」
男の人は、ちょっと考えていましたが、奥から、ちりとりとほうきを持ってきて、こう言いました。
「さあ片づけよう、悪ガキども、手伝ってくれるよな」
「はい」
三人は、元気良く返事をして仕事に取りかかりました。
窓の外と内を、きれいに掃除をして、割れた窓を風が入らないに厚紙で塞いで、それをテープで留める手伝いをしました。
それが終わると、男の人と女の人は、それ以上、叱ることもなく、帰りには、海苔でくるんだ焼き餅をくれたのでした。