1.北風
雪の大草原
この作品は、昔、どこかの、文芸誌に投降したものです、その時は、何の返答もありませんでしたが、自分では、気に入っているものです。ジャンルとしては、童話のつもりです。当時、好きであった、宮沢賢治を意識しているところが、見えると自分では思っています。
1.北風
遥か北の寒い国から、日本海を越えてやって来た、凍る様に冷たい、風はしばらく海上でざわざわと騒いでいたのですが、とうとう決心をしたのか、海いっぱいに広がる白波を蹴って、びゅんと口笛のような音を出し、暗い海から急にどっと砂浜に一気に駆け登って、浜辺に立ち並ぶ松の林にどんとぶつかり、林を、ざざざっと右にそして左に、大きく波打つように揺らしました。
風はなにを思ったか、今度は急に空に向かってさあっと舞い上がると、氷のかけらのように冷え冷えと輝くオリオンのすぐ手前で突然にぷいっと向きを変えて、ひゅうんと地上にむかって舞い降りて来ました。
そして、松林の中に静かにたたずむ古い神社、三郎天神を見つけると、素早く近づき、神社の境内の中を竜巻のようにぐるぐると回転して、椿の堅いつぼみを次々と吹き飛ばしたのでした。
それから、神社の、長い長い石段をどっと駆け下りると、大きな御影石の鳥居をびゆんとくぐり抜け、鳥居の足下からまっすぐに続いている参道にそって勢いよくごごっという地響きをたてながら走り抜けたのでした。
参道は、少しずつ下りながら、桜の並木通りにある二番目の鳥居の下をくぐって、その先はせんだんの木とハゼの木の林の中へと続いていました。
風は、桜の木の間をぴゅんとぬけて一気に二番目の鳥居をくぐり抜け、大きなせんだんの木をゆっさゆっさと揺らし、次には、ハゼの木を真横に踏みつける様に倒して吹き抜けて行きました。
せんだんとハゼの林がとぎれるところから、視界がさあっと広がって、そこは小高い丘の上でした。
道は、さらに下りながら、少しくねって麓へと続いて、その向こうに小さな村が見えました。
風は、さらに勢いをつけると一気に道を駆け下り、村の入り口にある一本の大きな柳の木を下から上へと吹き上げたのでした。
柳の木は、まるで、腰まで届くほど伸びた黒髪を全て逆立てて、世の中のありとあらゆるものを恨んで立ちつくしている年老いた女の人のようでした。
風は、その枝の間を次々と渡って、びゆん、びゆんと唸り声をあげながら村の中に飛び込んで行きました。
家という家、雨戸という雨戸、窓という窓の全部を叩いたり、押したり、揺らしたりしていましたが、ふいに、ごおっという音とともに、暗い、暗い、空に向かって駆け上って行きました。
村の中は、一瞬、しいんと静まり返りました。
しばらくしてから、ずっと遠くの空で、かーんという何かが堅いものにぶつかるような音がしました。
何の音だったのかは、分かりません、激しい風によって、木と木がぶつかり合ったのかも知れませんし、何かが空から落ちて来たのかも知れません。
すると、暗い夜が、まるで粉々に砕け散った硝子のように、さあっと吹き飛んで、その後には白く輝く夜明けがありました。