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女王杯目前

王都へは馬で駆けて半日ほどで着く距離だ。ヴァレリーは鈍っている体をほぐす為にヒューに乗って王都を目指した。数人の使用人は後から馬車に乗ってやって来る。


女王杯の会場近くにある彼女の大叔母の屋敷で一泊して翌日の女王杯に出場する。


女王杯当日。ヴァレリーは少し緊張した様子で厩へやってきた。


乗馬用のジャケットに白いスラックス。膝頭まであるブーツにハット。昨日まで青白かった顔は少し元気を取り戻したからか赤みが戻っていた。

早めに会場入りしたヴァレリーはヒューを散歩させながら子爵を探していた。


記憶を手繰り寄せたが、ヒューバートはこの時間帯、まだ別荘のベッドの上で眠っていた。前日の夜は母が連れてきたどこぞのお嬢様が寝室に忍び込んできたのを避け、遅くまで談話室で友人とどうでもいい話をしていた。おそらく競技会ぎりぎりに起きたはずだ。


探しても無駄だと引かれた頭を振ってみるが、ヴァレリーは宥めるように頬を擦るだけだ。

「緊張してるの?ヒュー。わたしもどきどきしてるわ。」


ヒューだけでなく、早めに競技場に入り、土の感触を確かめるものが多くいる。普段とは違う場所に移動しただけで歩行を嫌がる馬も少なくない。遠くに無理矢理手綱を引かれている馬が見える。


「あれは…」

ヴァレリーと二人で悲しげに嘶く馬を見た。


白馬


ヒューバートの馬、ヴァレリーだった。


「ダンヴィル子爵の馬だな」

「さすが何億も子爵が金を出して競り落とした馬。美しい毛並みだ」

周りの競技者から羨望のまなざしを受けながら、白馬は無理矢理に引かれ競技場の土を踏む。


「馬があまりに高価すぎて世話係にまで給金が回ってないって噂だぜ。ほら。」

男たちの話に聞き耳を立てながら白馬を見ると白馬の横腹や尻のあたりには裂傷が目立っている。


鞭打たれているのだ。


「いくら馬が良くたって、あれじゃあな…」

「知ってるか?どうやら今回は出来レースらしいぜ。」

「本当か?」

「子爵はどうしてもレースで優勝して、借金返済の足しにしたいらしい。」

「優勝して賞金が貰えても、買収したらまた赤字だぜ」

「違いねぇ!」

噂話が花咲きそうな周りを置いて、ヴァレリーはヒューを引く。


競技の開始時間が近くなり、周りには競技者や観戦にやってきた人々や煌びやかな衣装の貴族たち、飲み物や軽食を売る売り子たちでにわかに賑わってきた。


「いい加減にしろ!」

鞍を取り付けていたヴァレリーとヒューの近くで男の怒鳴り声が聞こえた。


長身で黒髪の男に肌も露わなドレスを着た女性がしなだれかかっている。男はそれを迷惑そうに押しのけるが、女はその腕をからめる。


「何故俺の馬に触れない!レースはあと一時間もないんだぞ!」

長身の男、ヒューバートは白馬の世話係に詰め寄っていた。


「申し訳ありません、ヒューバート様。あの、蹄の調子が…」

「何故今になって蹄の調子が悪くなる?ケアを怠るなと教えられていないのか?」


ヒューバートの剣幕に怯える世話係の若い男は今にも泣きだしそうだ。


「ヒューバート様、ひずめはこの男が直して下さるのでしょう?まだ一時間あるのですから大丈夫ですわ。それまであちらでお茶でも飲んでいましょうよ。」


派手なドレスと同じ布地で出来た日傘を振り女はヒューバートを引っ張るが、ヒューバートはその手を叩くように払いのける


「蹄の意味も分からないバカ女と飲む茶は無い。いい加減に俺の前から消えろ」

「な…!?」


女はぽかんと口を開けていたが、やがてヒューバートの言葉の意味に気づいたのか顔を真っ赤にしてぶるぶる震えた。


「大方母か姉が唆したのだろうが、生憎俺はお前のような空っぽな頭の女に愛想ふりまいてやれるほど紳士ではないのでな。」


周りに野次馬が増えている。プライドの高そうな女はそれだけでも屈辱に顔を歪めるがヒューバートはどこ吹く風だ。


「わ、わ、わたくしになんて口を利くの!ヒューバート・ダンヴィル!!貴方のっ!貴方のお父様へ出資するのを取り消されても良いというの?」


どうやら父の取引先のお嬢様らしい。高飛車なもののいい方からダンヴィル家より爵位が上のようだ。ヒューは隣ではらはらと婚約者の修羅場を見つめるヴァレリーを宥めるように鼻づらを押し付ける。


「あ、ごめんなさいヒュー。なんだか圧倒されちゃったわ…。」

ヴァレリーはヒューの鼻を撫でながら轡を取り付けた。


競技がもう少しで始まる。


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