ヴァレリーという女
「アントーニオ!やめてちょうだい!」
少女の声がしてヒューバートは目を開けた。少女はアントーニオと呼ばれたリーダーの猟銃を抱きかかえて撃つのを阻止している。
「お、お嬢様。」
「その子はダンヴィル子爵様がわたしに下さった子でしょ?わたしがちゃんと世話をするわ。だから止めてちょうだい!」
(ダンヴィルだって!?)
ダンヴィル子爵の婚約者とはつまり、彼女はヒューバートの婚約者。
「ヴァレリー様。」
赤毛に近い金髪はくるくると頬にかかっている。色が白い顔にはそばかすが少し浮かんで見えた。緑色の大きな目は怒りの表情でアントーニオをにらんでいる。
パーティーの会場で見たのはこんな娘だったろうか?
「さあ、わたしが後は面倒を見るから、あなたたちは他の子たちを見てちょうだい」
ヴァレリーは彼らの主人らしく背筋を伸ばして指示をした。男たちは仕方なくという雰囲気ではあったがヒューバートの処分は諦めて、他の馬の世話に取り掛かった。
「かわいそうに。傷だらけだわ。」
婚約者ヴァレリーの手がヒューバートの肌を撫でる。男たちに撫でられたときに感じた寒気はなかった。
「水も飲まされなかったのね。ちょっと待ってちょうだい。」
そういってヴァレリーは井戸から水を汲んで桶になみなみと注いだ。が、ヒューバートは戸惑いを隠せずにいて、水を飲むことをためらった。
水を飲もうとしない黒馬を見ていたヴァレリーはヒューバートの前で桶から水をすくい、それを口にした。馬が水を飲む桶だ。けして清潔とは言えない。
「さあ、毒なんかはいってないわよ。飲んでちょうだい。喉カラカラでしょう?」
そう言って桶からすくった水をヒューバートの鼻先にくっつけた。
何日かぶりに飲む水はとても冷たく美味しかった。ヴァレリーは水をすくいながら徐々に桶にヒューバートの鼻を近づけるようにうまく誘導する。気づいた時にはヒューバートは桶に顔を突っ込んで水を飲んでいた。