雨
今回、短文です。
ヴァレリーを背中に乗せてヒューは走った。
しばらく走ると時々見え隠れしていた月が厚い雲に覆われていき、遠くから雨の匂いがしてきた。
T字路を迷うことなく左に折れる
あの時の記憶を手繰りよせながら走る。ヴァレリーもためらわず手綱を捌いた。
先を行く白馬の匂いは消えていないが、やがてぽつりと頬に雨粒が落ちる。
「行きましょう、ヒュー。雨がひどくならないうちに。」
まるで雨がひどくなることを予言しているようにヴァレリーは言った。
農地に入り、民家から漏れる灯りは遠く、夜目がきかないヒューは残された匂いを頼りに走っていたが、それも強くなった雨に流されそうだ。
何も見えず、何も匂わなくなっている。
道のりを思い出そうとしてもあの時は夢中で手綱を切っていたので一体どこを走っていたのか覚えていない。
焦れば焦るほど息が整わない。
不自然にぶるると唸って前足で地面を掻く。
「ヒュー、落ち着いて。大丈夫、大丈夫よ!」
ヴァレリーは騎馬したまま、ヒューの首に手を回して抱きついたが、黒馬は首を振り回して主人の抱擁から逃れようとする。
「あっ」
ヴァレリーがヒューの背中から落ちる
(ヴァレリー!)
泥まみれの水たまりに尻もちを付いた彼女の白い肌と、白いドレスが汚れていく
「つ…っ」
よろよろと立ち上がるヴァレリーにヒューは鼻を寄せる。
心配そうにすり寄るヒューの頬を撫でる
「平気よ。」
そして雨に濡れながら2日前の夜のようにふたり寄り添って目を閉じる
「好き…」
雨音に消されそうな囁きだが確かに聞こえた。
「あなたが好きよ。」
(俺も、好きだよ。ヴァレリー。)
自分が何者であっても構わない。彼女の為に生きようと心に誓う




