黒馬と白馬
レースは素晴らしい盛り上がりを見せ、ヒューバート・ダンヴィル子爵の勝利で幕を下ろした。
ヴァレリーはヒューにブラシをかけた後、パーティーに出席するために屋敷の中に入った。
厩には今回の女王杯に出場した上位の馬が並んでいる。
ヒューの隣には白馬のヴァレリーが居た。レースが終わってしばらく経っているが未だ疲れが抜けていないのか、辛そうにぶるると唸っている
(やあ、すごいレースだったね。おめでとう)
出来るだけ気安く白馬に話しかけた。白馬は優しく微笑んだように見えた。
(ありがとう。あなたはケンジット男爵さまのお馬ね。)
(ご主人は君とおんなじ名前だよ。ヴァレリーと言うんだ)
白馬はそうね。と言って笑った。
(足は大丈夫なのかい?)
右の前足をわずかに地に付けずにいるのにヒューは気づいた。あれでレースを走ったなら痛んでいるはずだ。世話係の管理に憤りを感じる。
(きっと、蹄をとめる釘がうまく入っていないのだと思うわ。痛みは少ないのだけれど)
物言わぬ馬である以上に白馬は我慢強い馬だった。日々行われる折檻にも悲鳴を上げず堪えているのを知っている。ただ、その瞳を悲しそうにするだけ。
(ヴァレリー、今日はまっすぐ家に帰った方がいい)
急にそんな事を言われて、白馬は困惑する
(それは…ヒューバート様のご意志によるわね)
(そうだろうけど、それでも。)
黒馬と白馬の目線が合い、しばらく黙り込む。
あの日、白馬ががむしゃらに手綱を捌くヒューバートに従わず家路についていれば白馬が傷つく事もなかっただろう。
(ヒューバート様は)
白馬は悲しげに微笑んだように見えた
(馬に…私に乗っている時だけ、本当の優しい彼でいられるの。私はそれを見ていたいから)
(君は、ご主人が大好きなんだね。)
まるで遊戯のように恋愛を楽しんでいる母親や姉を見て育ち、妙に冷めてしまっている自分から素直に「大好き」という言葉が出てきたことに驚きを感じながら黒馬は白馬の横顔を見る
(彼が…とても、大切なの。私はそれを言葉で伝えることは叶わないから。だから、その代わりに彼には彼の思うように私を駆ってほしいと思うの)
(君は…)
黒馬がつぶやいた時、厩にヴァレリーがやってきた。ずいぶんしょげているように見えた。
「今ね、ヒューバート様にお祝いを言いに行ったのよ。でも、わたしったら急いで屋敷から出てきたからドレスの準備をすっかり忘れていて、大叔母様のお古を貸していただいたのだけど、少し大きかったみたい…」
ずいぶんしょげた様子で肩からずり落ちそうな袖を引っ張っている。
だが、デザインが古く、サイズが大きいとはいえ、クリーム色のドレスはヴァレリーによく似合ってるとヒューは思った。まあ、彼女を想う故のひいき目なのかもしれないが。




