女王杯
ヒューは考えていた。
あの男はヒューバート自身だった。毎日鏡で見ていた不遜な「氷の貴公子」。
だが先ほどの派手な女との修羅場を現在馬であるヒューは経験していない。あの女に多少見覚えはあるが。
少しずつ歴史が変わっているのだろうか。
だとしたら。
だとしたら何かが変えられるかもしれない。
白馬のヴァレリーが傷つかない未来。
愛するヴァレリーが笑える未来に。
何かが変えられるかもしれない。と思ったヒューだが、かと言って繋がれた黒馬の身では動き回ることは出来ない。どこかそわそわした気持ちで競技は始まり、
ヒューはヴァレリーを背にのせて走った。
結果は4位だった。表彰台にも登れずにヴァレリーは肩を落とした。
昨日まで眠り続けていたとは思えぬ活躍だったと付き添いの厩番たちは彼女を慰めた。
ヴァレリーの出場した障害物競技の後にヒューバートの出場するレースが控えていた。紳士淑女のスポーツだが、賭けの対象にもなっているので観戦する人々もレースには熱い視線を注いでいる。
競技を終えた後のヒューはヴァレリーに手綱を引かれレース場の隣にある控えのトラックでクールダウンの為にゆっくりと歩行をしていた。垣根で遮られているがレースの状況はよく見えた。
ヒューバートは白馬に跨り、厳しい表情を浮かべていた。白馬は滑稽に見えるほどの煌びやかな装飾が施された鞍を着けていた。金色のモールの下には鞭打たれた裂傷があるのだろう。
「ヒューバート様…」
ヴァレリーが心配そうにつぶやいた。ヒューも白馬を見る。
やはり蹄の調子が悪いのか、前足をしきりに足踏みするように動かしている。
控えのトラックには競技を終えた選手と馬が数組いて、同じくレースの状況を眺めている。
「さあて、誰に賭ける?」
「そうだな、俺はグラント伯に賭けるぜ。」
「あれ、ダンヴィル子爵ではなくてか?」
意外そうに驚く青年に他の男たちが笑う。
「だって、出来レースだって言ってなかったか?」
「お前、今朝のアレ見てなかったのか?伯爵令嬢との修羅場!」
「あの高飛車なお嬢様の鼻っ柱をポキンと折った子爵にはスッとしたけどね。」
「お蔭で怒り狂ったお嬢様が、他の競技者にもっと金積んで本気で相手してやれって嗾けたんだとさ。」
またも未来が変わり、レースは出来レースではなくなった。ヒューとヴァレリーはレース場に目をやった。ヒューバートは白馬の首を優しく叩いた。
もういいよ。と言っているように見えた。
そこでスタートの合図があった。
馬たちは一斉にスタートしたが、白馬はわずかに出遅れた。やはり蹄が合っていないのか、足首がうまく地面をとらえていないように見える。
馬上のヒューバートは厳しい表情で何かを言っている。
白馬は先頭集団になんとか食らいついているが、集団の後方に追いやられている。
観客は白熱するレースに興奮し歓声は鳴りやまない。
白馬を心配するヒューバートは最後のカーブに差し掛かった時、吹っ切れたように前を見据えた。
「頑張って…!」
ヴァレリーが手綱を強く握る。視線はヒューバートから離れずに。
ヒューバートが白馬の首を叩くと、白馬は最後のスパートをかける。
観客は後方から追い上げる白馬に熱狂の叫びを上げた
「頑張って!!」
白馬は外側からぐんぐんとスピードを上げ、先頭でゴールを切った。




