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ルーシー

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この子を、守らないと。


あんなおぞましい人体実験から、守ってあげないと。


この子は、まだ三歳だ。


両親を失った今、誰かが守ってあげないと。


僕が、守るんだ。


この子を、人外になどさせるものか。


もう後戻りは出来ない。


僕がこの子を守るんだ。


----------




「はぁ、そりゃ良かったね」


ああ、とうとう来たのか。


「私もルーシーみたいになれるんだよ!…なんでそんな顔してるの?」


指摘されて初めて気がついた。確かに今、ものすごく眉間に皺が寄っている。

私はやっぱり、この子には人間でいて欲しかったのかもしれないね。


「ジェシカ。悪いことは言わないよ、やめといた方がアンタの為だ」


「なんで?だって、みんなと同じになれるんだよ?」


この子は世界を知らない。この貧困街で生まれ育った私だって、さほど世界を知っているわけじゃあない。けど、少なくとも私が知っている狭い世界ですら、こんな生物は受け入れられないんだよ。


「アンタにお説教が通じないのは、長年の付き合いで分かってるよ。アンタがガキの頃から知ってるからね。だけど、敢えて説教するよ。私がアンタを好きだからだ」


「ルーシー…」


伺えるのは困惑。そりゃあそうだ。今までやんわりとしか、やめるように促して無かったんだからね。


「アンタが実験で私達のようになりたいのは、普通の人間が自分と先生だけだからなんだよ。それに先生だってこう言っちゃ悪いが普通じゃない。過去に何があったのか知らないけどね、正常な人間の思考じゃないよ」


「そんなことっ…」


「良いから聞きなよ。先生の興味は実験にしか無い。それは分かるね?」


「…うん」


「結論から言うよ。アンタは先生に愛してほしいんだ。そして、先生の愛ってのは実験されることで初めて受け取れる。そう勘違いしてんのさ。いいかい?先生はね、実験の過程にしか興味無い。結果として出来た私達にはなんの興味も」


私の言葉を遮って、ジェシカが叫んだ。


「そんなこと思ってないっ!私はただルーシーやみんなみたいになりたいだけ!」


あぁ、やっぱりこの子には少し残酷だったかね。


「ジェシカ」


宥めるように名前を呼ぶも、ジェシカは落ち着くことなく叫ぶ。


「憧れちゃダメなの!?私はルーシーみたいになりたいの!ルーシーと一緒に木登りしたり、お昼寝したり…」


「黙って聞きなッ!!」


思わず声を荒げてしまった。この子と出会ってから十年間で初めてかもしれない。


そんな私の剣幕に圧倒されてか、ジェシカは言葉を切って黙り込んだ。


「いいかい?そんなことは人間だって出来るんだよ。私が普通の人間なら、アンタと一緒にいろんなことが出来たんだよ。それを出来なくしたのは…」


あとは優しく諭すつもりだった。だけど。


「そんなことないでしょ!ルーシーだってその身体で『自由』に生きてる!」


ジェシカは私の、私達への禁句を使った。


「…ざけんな………ふざけんな!私が自由だって?冗談じゃないね!十年だ!私は十年もこの牢屋で暮らしてんだよ!毎日毎日、出てくる飯だけ食って寝て過ごして、こんな生活のどこが自由だって言うんだ!私だってね、生まれは普通の女の子だったんだよ!わかるかい?アンタと同じように、普通の女の子だったんだよ!アンタは私が好き好んでこんな身体になったとでも思ってるのかい!」


感情が爆発した。自分でも収まりがつかないほどに、溜め込んでいた言葉が溢れ出す。


「アンタに先生のことを悪く言うのは可哀想だと思ったからずっと黙ってたけど、アンタがそこまで分からず屋なら教えてあげるよ!先生は十二歳だった私を実験体にしたんだ!それも、私や両親を騙して、だよ!」


私は自分の過去のことすらも、留めることが出来ずに吐き出していた。


「私には弟が居た!だけど弟は生まれつき身体が弱くてね、貧困街で医者なんざ掛かれる訳がない。日に日に衰弱してく弟を見てるしか出来なかったんだよ。そんな時さ!悪魔が家にやってきたのはね!」


「そいつは弟をあっという間に治療した!あぁ、両親も私も死ぬほど感謝したよ!だけど私達に払える金なんざ無い。それを伝えたら、そいつは言ったんだ!治療費は要りません。変わりに、試験薬のテスターになってくれませんかってな!」


「まさかそれが人体実験の被検体だなんで誰が思うんだい?簡単な手術だと言い聞かせて、そいつは私をこんな身体にしやがったのさ!」


「先生には良心や愛情なんてものは無いんだ!いい加減目を覚ましなよ!アンタは人間のまま立派に育って、普通の世界に戻るんだ!ジェシカ!アンタはまだッ…間に合うんだよッ…!私達みたいな化け物じゃないんだからさぁっ…!」


感情が昂り、思わず私は涙すら流していた。こんな風に感情的になるのも随分久し振りだと思った。




辺りには、私の嗚咽だけが響いている。

ジェシカはただ黙って、私の前に立っていた。


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