マリア
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「あなたは自分が何をしているかわかっているのですか!?」
狂っている。
「自分の奥さんですよ!?正気の沙汰じゃない!」
狂っている。こんな人じゃなかったはずなのに。
「今、なんと…?…この子はッ!あなたの娘なんですよ!?」
狂っている。狂っている。狂っている。
「こ、来ないで下さい!撃ちますよ!…来るなッ、来るなぁぁぁぁぁぁ!!」
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あの子が来た。
「マリアー?いないのー?」
彼女も分かっているはずだ。こんな牢獄から出られるはずがない、いないわけがないと。
いつも姿を見せない私への配慮なのだろう。
彼女は私の姿を見たことがない。私は"人"に姿を見せることが嫌いなのだ。
「お父さんがね、今年も実験してくれなかったの。なんでなのかなぁ…」
それはきっと、あの人があなたを愛しているから。いや、違う。
彼はきっと愛情など持ち合わせていない。私をこんな姿にしたんだ。まともな人間のやることじゃない。
「適合率は人並みにあるんだよ?なのに、お前は実験台にならないの一点張り…」
彼女はたらたらと不満を吐き出す。
私はそんな彼女を、いつも同じ場所から見ている。
廊下のライトが当たらず、彼女の位置からでは見ることが困難な壁面に、四肢どころか六肢で。壁に付けた小さな傷に、それらを引っ掛けて。
「16歳だよ?もう大人だよー。来年こそしてくれるかなぁ…」
彼女の姿をじっくりと眺める。
幼少の頃から変わらない、まるで人形のように整った顔立ち。雪のように美しい白い肌。手足はすらりと細く長い。
間違い無く、他の追随を許さない美少女。
飾り気の無い白のワンピースが、その美しさを一層引き立てている。
あぁ、髪の毛はまだ自分で切っているのか。勿体無い。長さも揃っていないし、バランスも悪い。
腰辺りまであった後ろ髪も、肩の辺りでバッサリと切ったようだ。
−−ジェシカ。
あの頃のように、名前を呼ぶことも出来ない。
「そういえば、マリアはなんて"モデル"なの?」
"モデル"。実験の際、私達の身体に組み込む元の生き物のこと。
何がモデルだ。出来上がるのはただの化け物じゃないか。
腹が立ち、思わず顎がギチギチと音を立てた。幸いにも、ジェシカには聞こえていないようだ。
「今実験してるのは、バッタって生き物なんだってさ。コンチュウ?の一種…?だったっけ?忘れちゃった」
あぁ、忌まわしい。まだそんなおぞましいことを。
彼は一体どこに向かっているのだろうか。
「…それじゃ、私戻るね。ご飯ここに置いていくよ」
ご飯と言ってもただの肉塊だ。それも、巨大な肉の塊。
「また来るね!おやすみ、マリア」
ジェシカが背を向けて歩いていく。金の髪がふわりと靡いた。
たった一言、挨拶すら出来ない。
私は実験で言葉を失ったのだ。
ジェシカがドアを開け、外へ出たのを確かめてから私は床に降りた。
大皿に乗せられた肉塊が鎮座している。 これは果たして何の肉だろう。
『スティーブ』や『マリリン』で無ければいいが。
彼のことだ。死んだ実験体に興味は無いだろう。私達の"餌"として再利用するだけだ。
食べたくない。こんな得体の知れぬ肉など食べたくない。
しかし、本能には勝てない。食べてしまうのだ。
私は肉に手をかけ、口を開く。
忌々しい大顎が、肉を掴んで引きちぎる。
ブチブチと、筋の切れる音が。
ギチギチと、顎が軋む音が。
あぁ。本当に最悪な気分だ。
それでも私は肉を貪る。
つうっと涙が頬を伝った。