16歳
「邪魔だ、退け。これから実験がある」
相変わらず私の顔すら見ずに、お父さんは冷たく良い放って実験室のドアを閉めた。
十六歳の誕生日を迎えた私は、今年こそ人体実験の対象として見てもらえると思っていた。
しかし結果は去年と何一つ変わらず、私は例年通り、ルーシーに愚痴を溢している。
「私も早く実験されたいなぁ…」
もはや口癖になった言葉。ルーシー曰く『一日に十回は聞いてる』らしい。
「普通の人間が一番幸せなのさ。アンタもそのうち分かるよ」
部屋の中央にある木の上から私に言葉を返し、背伸びをしてからルーシーは飛び降りた。
結構な高さではあるが、彼女は平然と着地して私の前に来た。
鉄格子を挟んで、私とルーシーはお互いの姿を見る。
ルーシーはいつも全裸だ。だが、地肌はほとんど見えない。全身は黄色に黒い斑点がある毛並みに覆われていて、手足の爪は鋭く尖っている。
服を着ない理由を訊ねると、爪で破けるだとか、毛のせいで暑いだとか。聞くたびに異なる返事をする。多分ルーシー自身もあまり意識していなくて、必要無いから着ない、というのが一番大きいと思う。
「悪いね、疲れるから座るよ」
一言私に断って、ルーシーは床に座る。 座ると言っても、胡座でも正座でもない。分かりやすく言うなら、四つん這いに近い。ほとんど寝そべるように手足をぺたんと付ける。
楽になったからか、尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「ねぇルーシー」
私も床に座る。とは言っても、私はお尻を地面に付けて、足を前に伸ばして。
私の言葉を聞いて、ルーシーは鉄格子の隙間から手をこちらに差し出す。開かれた掌には、肌色の丸い膨らみがいくつかある。
「これ、私も欲しいなぁ…」
肉球、というらしい。ぷにぷにしていて非常に気持ちが良い。いつまでも触っていたくなる。私はいつも触らせてもらっている。
「そんなもんのために人間やめること無いよ。触りたきゃこれで我慢しな」
「これだけのためじゃないよ!その耳とか、尻尾とか。いいなぁ、かわいいなぁ」
ルーシーの耳は頭の上の方にある。柔らかな三角形で、たまにヒクヒクと動くことがある。
私の耳とは違う。私の耳はただ、左右に二つあるだけ。小さいし、つまらない。
前にそう言ったら、面白くても意味無いだろうと返された。
「こんな猫人間、かわいいなんて言うのはアンタぐらいさ」
私の言葉に答えながら、右手で顔の側面を撫で、そのまま口元に持っていって舐める。後ろ足を持ち上げて、頭の後ろを掻く。
ルーシーは見ていて憧れる。ルーシーの真似をしようとしても、私には出来ない。
「ネコじゃなくて、チーター…?って言うんでしょ?」
「先生はそう言ってたけど、私はそうは思わないね。猫科の遺伝子適当に混ぜ込んでるだけだよ」
小さく笑い、背伸びをしながらルーシーが答える。身体を起こして、木に向かって歩いていった。今度は四足で歩いている。
歩きやすいのはこっちだと、前に言っていた。
「どうしてそう思うの?」
私の質問に、ルーシーは木に手を掛けたまま言った。
「私の知っているチーターってのは、こんな風に木登りが得意じゃないんだよ」
ルーシーはあっという間に木の上まで登ると、いつもと同じ枝に凭れるように寝そべった。
「それじゃあね。また明日も来るから」
私の言葉に、ルーシーは右手をゆっくりと振って返した。